第13話 籠から飛び出せお嬢さま
ハベリーム教会の最奥、”祈りの間”
そこは五十人程が入れる広間であり教会の最も重要な場所である。
入り口の扉から部屋を左右に分かつように
通路となる敷物が敷かれ、通路の両脇には腰掛けがいくつかある
そして扉の対局に位置するのは神々を祀る祭壇だ。
その祭壇の奥、壁面をくり抜いた場所に五つの神面が祀られている。
来訪者は通路脇の腰掛けに座り神官の説法を聞くのだ。
そして今まさにその光景がティクバの前にある。
祭壇前に立つ上位神官が来訪者達に
これから”説法”をはじめる所だった。
ティクバは後方の適当な席に腰掛けた。
そして”説法”を聞きながらアーヴ達を待つことにした。
上位神官が語る”説法”、それは教典に書かれた
天地創造とヒトの歴史、そして慎ましやかにあれと言う教訓だった。
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まだ世界に天地の区分けもない頃
一つの大いなる存在が居た、大いなる存在は
何も無い世界を憂いて五柱の神々を生み出す。
そして五柱の神々に”世界をより良くするように”と告げて
消えてた。主である”大いなる存在”の言葉を受けた五柱は
天地を分かち、そこに暮らす動植物を作りヒトを生み出した。
五柱は最も知恵のあるヒトをこの世界の担い手として
様々な知恵や知識を与えて育んだ。
やがて国を作る程になったヒト達は神々の知恵を独占するべく
戦争を始めた、戦火は長引き世界中の国に飛び火した頃
ヒトは神々の知識、ひいては神々が戦争の火種だと論ずるようになる。
神々は悲しんだ。そしてヒトを生み出したのは
失敗だったと考えるようになる、しかし
ヒトの中には神々を信じる者達もまだ居た。
神々は話しあい、彼ら信じる者以外のヒトを滅ぼした。
幾星霜、長い年月が経ち、信じる者はツァディクと言う国を作り
五柱を崇めた、信じる者達は他にもいくつかの国を作り
大陸中に広まりかつての繁栄の頃までヒトは至る。
しかし歴史は繰り返す。
大陸のいくつかの国がツァディクに対し、戦争をしかけた。
神々の知恵を独占する悪しき国だと言うのだ。
その頃には神々は以前のような争いにならないようにと
ヒトに知恵は与えていなかった。
それでもツァディクは軍勢に襲われた。
神々は大いに悲しんだが、そして手を貸すかどうか悩む。
四柱はもうヒトに手を貸すべきではないと
静観するとしたが、一柱が手を貸すべきと訴えた。
そしてその一柱、反対する四柱を押し切り
ツァディクに押し寄せる軍勢を滅ぼした、そして軍勢だけではなく
ツァディクに仇なす国もヒトも全て滅ぼした。
男も女も大人も子供も分け隔てる事なく全て滅ぼした。
あまりの光景に他の四柱が止めに入るが戦火は七日間続いた。
その戦火は大陸の三分の一を焼き、
三つの国とその民を大地から消し去った。
神々はこの出来事からヒト達に相争う事なかれと伝えた。
後にこの戦は【ツァディクの戦い】と呼ばれる。
やがて長い年月が経ち
ツァディクは神々の代弁者と言われるようになり
ツァディク助けた一柱は反逆神と呼ばれ”悪神”とされた。
そして愚かなヒト達の住む国々は戦の機運に包まれた。
四柱の神々は大陸が戦火に包まれるのを危惧する。
そこで戦を祭祀として神々の御前で行うべしとする
”戦理の神勅”を発する。そしてそれを守らぬ者は
神敵であるとツァディクを通して国々に伝えた。
国々は神勅を恐れて以降は大戦なく今に至る。
それ故にヒトは忘れてはならない。
神威を忘れ、神勅を守らぬ者には国にもヒトにも限らず
神々の罰が下るであるという事を。
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口調や言い回しは少し違うがティクバには
祖母から何度も聞かされた話しだった。
絵本より祖母の教典の話しの方が好きだった幼いティクバ。
教典の話しが好きなティクバは変わっていると
よく言われたが、今思えばただ祖母が好きなだけだったから
教典の話しを覚えたのだろうと思う。
幼い頃の自分と祖母を思い出していると不意に名前を呼ばれる。
『あれ…シャムラール君?』
ヤーフェ・シャロームだった。
しかしいつも学院で見るような服装ではなく。
貴人のような身なりだった。
あまりの違いに反応が一瞬遅れるティクバ。
そして思わず疑問系の言葉になった。
『シャローム…さん…?』
『こんにちはっ! お隣良いですか?』
こちらの返事に軽くうなずき
ティクバの隣に座るヤーフェ、
身なりも相まってとても優雅に感じる。
『ちょうど良かったです。
お父さまのお話しが長くて退屈していましたので』
ヤーフェは祭壇前で”説法”をする
上位神官を見て少し溜息をついた。
ティクバは思う、上位神官の娘ならこの身なりも
優雅な所作や言葉遣いも納得できると。
『なるほど、シャロームさんのお父上は
上位神官様でありましたか…』
上位神官と言えば最早それは貴人と同じ。
ティクバはなるべく丁寧な言葉で答える。
父も兄も武官でそれなり地位にいる、
なるべく自分も恥ずかしくないような言葉を使わないと…と考える。
『シャムラールくん…あの…
話し方は普通にして…ほしいなっ
父さまは教会の偉いヒトかも知れないけど私は私だから…』
少し寂しそうに言うヤーフェ。そして先程までの口調とは違い
砕けた雰囲気で言葉を続ける。
『私、ツァディクではお友達が居なくてね…
勉強とかも父さまや、父様のお友達が教えてくれていたの
それに外にはほとんど出たことがなくて…』
ゆっくり語るヤーフェの言葉に耳を傾けるティクバ。
『…だからずっと家の中で本を読んでたの
小さい頃は絵本、今は剣士の冒険譚とか…
…でもね本当は、お友達と外で遊んでみたかった。
だから父さまが仕事でハベリームに行くって聞いた時
お願いして付いてきたの、だから皆とは普通のお友達になりたいなっ』
ティクバも友達は多くはないが、ガル達が居る。それに兄妹だって。
それに比べヤーフェはまるで籠の鳥だとティクバは思った。
『大丈夫です…普通のお友達になりましょう 』
『シャムラールくんっ!? そういう所だよっ』
返事をしたティクバの言葉が
気に入らなかったのか、ヤーフェは
即座に突っ込む。そして少し考え提案をする。
『あのね…私の事はヤーフェって呼んでほしい
私もティクバ君って呼ぶからさっ!
友達なんだから家名呼びって変だもんねっ
当然、言葉遣いはガル君とかと同じにしてねっ?』
『…わかったよ…ヤーフェ。』
『うん、うん、それで良しっ 』
満足そうなヤーフェを見てティクバは
籠から出たお嬢さまはお転婆娘なのかも知れないと思った。
『あらぁ〜、ティク様…お待たせしていたかと思いましたが
そうでもなさそうですねぇ…』
何やらネットリとした気配を感じる言葉が後ろから投げかけられる。
顔は笑顔のはずなのに何故か笑顔に見えないミトバフだった。
『…ティクバ君…そのヒトはどなたです…か?』
威圧感を感じたのかヤーフェの言葉がオカシイ。
ヤーフェの問いを聞いたミトバフは
その威圧感と顔をヤーフェに向ける。
(ヒィッ)と小さな悲鳴の様な声をあげるヤーフェに
優しく答えるミトバフ。
『私ですか…私は………母ですっ!』
普段だったら絶対自分からは言わないような
単語を言い放つミトバフ、そして放つ威圧感はまだ消えていない。
ヤーフェは蛇に睨まれた蛙状態だ。
ちなみにミトバフの表情は一応は笑顔だ。
『ティクバ君の…お母さま…なんですね…』
『ハイ…家の子がお世話になっているようで…
さて、用事も済みましたし行きましょうか?』
有無を言わさない威圧感を感じるミトバフの
言葉に対してティクバが今できる返事はただひとつだった。
『…ハイ…ハハウエ…』
――――――教会からの帰り、アーヴは大爆笑をしている。
ミトバフは恥ずかしそうに何度もティクバに頭を下げる。
謝罪する件、それは先程ヤーフェとの間に割って入り
恐怖の母親を演出して上位神官の娘たるヤーフェを威圧した事だった。
ミトバフ曰く(家の大切な子に知らない小娘が声をかけてるっ)
と思ってしゃしゃり出たらしい。
心外だったが普通はティクバが女の子に
声をかけるものだとアーヴ言う。
実際ティクバも普通はそっちだと思う。
しかし、これから母親として家や家族を守ろうと
意気込んでいたミトバフは空回りし勘違いしたとの事だった。
帰り際のヤーフェの顔を思い出すティクバ。
恐怖のあまり半ベソ一歩手前だった、
これは一度しっかり詫びねばならないと思うのだった
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