第10話 大人への第一歩
設定&伏線回です、あとオマケも少々
――――――では次の明日の講義までにこの宿題をやっておくように。
そう言って算学担当の先生は講義終了の鐘が
鳴る少し前に講義室を出ていった。そして鳴る鐘を聞くと
学生達はガヤガヤと騒ぎ出す。昼休みに入るのだ。
ティクバはヤレアハとガルに声をかける
今日の昼食の何にしようかと考えながら食堂へ向かう。
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皇立ハベリーム学術院――――――
二十年と少し前に、郷の個人と国の助成、さらに教会も
出資と言う珍しい経緯で出来た学院。
ハベリーム一帯のヒト達の識字率を引き上げ。
学士など数人を排出して皇国の発展に大きく寄与。
その後も続く国からの助成や住民達の寄付などで
増築などを行い、現在では皇国の中でも
十本の指に入る学院となった。
…………と郷土史などは書かれているが
この学院が皇国屈指となった理由は
排出した学士の数でも、創立時の珍しい経緯でもない。
それは、学生食堂である。
元々、ハベリームにも簡単な読み書き、
簡単な算学は教会が週に数回程、ヒトを集め教えていた。
始めは読み書きなどで数回通わすが
働き手となれる年頃になった子供には
家の為に働いてもらった方が良いというのが
当時の一般的な考えだった為それ程ヒトも集まらなかった。
しかし学院の創始者の一人は
学習する事の重要性を説き、学院に来る理由を考えた。
学院で学ぶ子供には昼食を無料提供したのである。
はじめは懐疑的だった住民達だったが
元来、学ぶ事の重要性を感じていたのか
徐々に入学者は増えて今では近隣の村からも子供が来る。
そんな学生食堂は現在では学院の別棟となり
二百人を収容できる程の二階建てとなった。
さすがに今は無料提供とはいかないが
”銅銭貨一枚〜二枚”と言う安価な値段で昼食が食べられる。
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そんな学院食堂の誕生の経緯を思い出しながら
ティクバは食堂の魚の煮付けに箸をつけていた。
『そう言えばティクバ〜、お兄さんに稽古で勝ったんだって?』
ガルは食堂の焼き肉定食を頬張りながら話題をふってきた。
『さすが警ら隊隊長の息子にして剣聖の弟だなぁ〜』
ヤレアハは家のお手伝いさんが作ったであろう
弁当を食べながら「すごいなぁ」と呟く。
『なぁ…それどこで聞いたんだ?』
なんとなく話しの出処はわかっているが
一応、確認の為にティクバはガルに尋ねる。
『バルゼル先生が稽古立ち会いの時に見たって
教員室の前で喋ってたぜ? うちの子が〜って』
ニヤニヤしながら答えるガル。
「それ聞いたかも〜」と相槌を打つヤレアハ。
どこかで喋るであろう事は想像していたが
予想よりも早く、そして面倒なところで喋っていた
未来の義姉。ティクバは溜息をつく。
『そんなの嘘に決まっているだろ…
剣聖が十一歳の弟相手に本気で稽古するわけないでしょっ』
『でも先生がそんな話しをするんだから
それなりの事はあったんでしょ?』
ヤレアハは鋭かった、そしてガルもカンが良い。
やはり男子とは勝負の話しが好きなのだろう興味津々な二人。
渋々、〈卑怯三昧の稽古〉の話しを語るティクバ。
聞いた後の二人は「まぁ…それでも凄いじゃないか」等と
苦笑いをしている、思っていたのと違ったようだった。
『でも先生の話し方じゃ…こんなのとは思わないなぁ』
一体どんな話し方をしていたのか心配になり。
思わず頭を抱えそうになるティクバ。
だがこれでさっきからときおり感じる変な視線の理由の答えが出た。
『さっきから上の年次のヒト達がこっちを見たりするのって…?』
『たぶん先生が原因じゃないか?』
まだ苦笑いをしているヤレアハとガル。
面倒になる前にあの義姉は黙らせるしかないと思うティクバだった。
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午後の講義は”生物”だった。
ガルは言う。算学や読み書き等の座学の中では一番マシだと。
しかし以前に魚の話しが出た時は
「学院に来てまで魚は見たくない」とボヤいていた。
それを聞いたティクバとヤレアハは苦笑いをしたものである。
しかし今日の講義は少し変わっていた。
男子・女子の講義室を分けたのである。そしてそれぞれ
別々の先生が担当すると言う。
第三級になると体術や剣術の訓練を
男女で分けるのは知っていたが第二級である
自分達でもそのような事があるとは知らなかったティクバ。
他の男子学生達の多くも怪訝な顔をしている。
別の講義室へ移動したティクバ達。
そして全員が席につく。講師である学院長先生が話す。
『では諸君、本日は君達が大人になるにあたり重要な事を教えます。』
用意していたであろう冊子を院長は学生達に配る。
学生達が既に持っている教本は使わないらしい。
学生全員に冊子が渡るの見ると院長先生は続ける。
パラリとめくると冊子には人体の構造が書かれている。
しかし下半身の構造がほとんどだった。ティクバは少し恥ずかしくなる。
『さて、諸君らの年齢になると心身の構造が少しづつ変化していきます。
例えば女子の友人がやたら気になる方も居るのではないでしょうか
それは子供だった諸君らの心が大人になる段階に入っているのです。』
『すでに諸君らの内にも経験した方が居るかも知れませんが
朝、幼い時とは違う粗相をした事がありませんか?。
ご兄弟の居る方は聞いた事があるかも知れませんが
それは諸君らの体が大人のとしての機能を備えた証拠であります。』
『本日は今言った事柄の説明や
我々、男性と女性の違い、そして子供がどのように
出来るのかなどを説明していきます、重要な事なのでしっかり聞くようにっ!』
そう言って院長先生は講義を開始した。
そして長い講義が終わった後に
本来の講義室へ戻ると合流した一部の女子生徒の目が
何やら汚物を見るような目になっていた。
一体どんな教えを受けたのだろう。
この視線も大人への階段に必要な過程なのだろうか
こんな仕打ちを受けるなら
大人にはなりたくはないと思うティクバだった。
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今日の講義を全て終えて帰途へ就くティクバ。
いつも通り、その横にはガルとヤレアハが居る。
三人で今日の講義の話しを色々するが
三人の中で印象に残ったのはやはり生物の講義だった。
思い出すとなんとも言えない気持ちになるティクバ。
『いやぁ…生物とはよく言ったものだったねぇ』
ヤレアハが楽しそうに話題をふる。
『でも講義終わった後の女子共の顔は
キツかったなぁ…ありゃ…男子は獣だ〜っとか
むしろ怪ノ者だぁっ!! とか習ったんだろ?』
飄々と答えるガルに対して
『女子達がどう教わったかは解らないけど
子供を確実に授かるには教会で請願が必要ってのだけは
同じ様に習ったんじゃないかな?』
苦笑いしながら返すティクバ。
ヤレアハも楽しそうに頷いて相槌を打つ。
『でもガル君…ルアハちゃんは嫌な顔はしてなかったから良かったねっ』
サラッとヤレアハが言った言葉にたじろぐガル。
ルアハこと、ルアハ・ダヤギーム。
父親は狩人兼漁師、ガルの従姉妹にあたる女の子だ。
歳も一緒で住んでる場所も同じ沿岸方面なのでよく遊ぶらしい。
一言で言えば幼馴染だ。
ティクバとヤレアハは知っている。
学院の帰りに自分達二人と別れた後。
ガルはルアハと一緒に毎日帰っている事に。
『何でルアハの話しになるんだよっ!? カンケーねぇだろっ!』
少し頬を赤くして、語気を強めて否定するガル。
ティクバとヤレアハは知っている。
二人が居ない時はガルはルアハと一緒に居る事を。
『ガルくぅん…素直になりたまえ〜』
ヤレアハはさらにガルへと絡む。こうなったヤレアハは少し面倒臭い。
『お前らこそ、どうなんだよっ!?』
ガルは話題を変えたつもりなのだろうが
〈お前らこそ〉と言っているところは自分で気づいていない。
しかしそれに気づいているヤレアハは少し笑いながら一応答える。
『僕は三男とは言え地頭の子供だからねぇ…
それに家にはキレイなお手伝いさんも居るしね〜』
最後はなにやら不誠実な匂いも感じたが
ヤレアハはハッキリと答えなかった。
ティクバは想像できた。〈彼には選択権がないのだと〉
ヤレアハは"しっかりしている"
と言うよりもまるで"諦めている"と言う様な発言をする事がある。
本当に自分と同い年なのか? そうティクバは思う事があった。
『さてっ! お前だけ何も言ってないのはズルいなっ!』
『そうだねぇ…ティクバ君はどうなのかなぁ?
でもティクバ君の家にはミトさんが居るからねぇ〜』
矛先が一気にこちらへ向く。
『オレはそういうのまだわからないよっ!』
『ふ〜ん ホントかなぁ…』
とっさに返した言葉だった。
きっとこういう奴らが大人になって絡み酒をするのだろう。
ガルとヤレアハはニヤニヤしながらティクバの方を見ている。
ティクバは言えなかった。
風呂上がりのミトバフを見た時、急に胸が鼓動が早くなった事を。
そしてその翌日に院長先生が言っていた謎の粗相をして、
それを隠そうと洗濯をしていたら父に大笑いされた事を。
〈院長先生、この様な気持ちになるなら、
やはり大人にはなりたくないです。〉
悪友二人に迫られながらティクバはそう思ったのだった。
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