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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

みかんと猿と男の子

作者: 小宮治子

 

 ある冬の寒い夜の事でした。


 みかんちゃんは、お父さんとお母さんの間の布団で、スヤスヤと眠っていました。


 すると、どこからか小さな男の子が泣いている声が聞こえて来ました。


「助けて。助けて」


 そう言っている様でした。


 みかんちゃんはゆっくりと目を覚まし、起き上がりました。


「誰が泣いてるのかな? 何が悲しいのかな?」


 みかんちゃんは布団を剥がし、寝室の襖を開け、廊下に出ました。

 すると、縁側を向いている引き戸の向こうが、ボンヤリと光っていました。

 みかんちゃんは引き戸をゆっくりと開きました。

 すると――


「わぁ!」


 引き戸の向こうには、見た事もない原っぱが月明かりに照らされていました。

 みかんちゃんは寝巻きの上に上着も着ないで、裸足で外に出ました。


 男の子の声は、大きくなったり、小さくなったりします。

 どこか遠い所から聞こえて来る様な気がしました。


「どこで泣いてるのかな?」


 みかんちゃんは、早く男の子を見つけてあげないといけない、と思いました。


 声がする方へしばらく歩き続けると、一匹の竜がいました。


「ここから先は、通さんぞ!」


 竜はそう言いました。

 すると、みかんちゃんは目を丸くして言いました。


「わぁ、本物の竜だ! 私、初めて見た!」


 竜は少しびっくりした様子でした。


「ねぇ、さっきから男の子が泣いてる声が聞こえて来るの。それ、誰か知ってる?」


 竜は戸惑いながらも答えてくれました。


「そ、そいつは、悪王が捕らえた人間の子だ」

「その子は、どこにいるの?」

「ここを真っ直ぐ進んだ所に囚われている」

「そうだったんだ。龍さん、教えてくれて、ありがとう!」


 みかんちゃんは、目を白黒する竜を後に、前へ進みました。


 しばらく歩き続けると、一匹の蛇がいました。


「ここを通りたければ、先ずは俺を倒すんだな!」


 蛇はそう言いました。

 みかんちゃんは、両手で自分の頬を挟みました。


「わぁ、蛇さん! なんてきれいなの!」


 蛇は少々ずっこけた様でした。


「ねぇ、悪王に囚われた男の子はこっち?」


 蛇は、しどろもどろしながらも答えてくれました。


「そ、そうだ。今ならまだ生きてるだろうよ」

「え? 時間が経ったら、生きていられないの?」

「さぁな」

「だったら、早く行かなきゃ!」


 みかんちゃんは、少し足を早めました。


 しばらく歩き続けると、一頭の馬がいました。


「私とやり合おうなんて、千年早いよ!」


 馬はそう言いました。

 みかんちゃんは、馬を見上げました。


「わぁ、馬さんって、やっぱり大きいんだね!」


 馬はみかんちゃんを見下ろしながら、固まってしまいました。


「あ、でも、足を怪我してる」


 馬は足を隠す様に後ろに下がりました。


「さ、触るんじゃないよ!」

「駄目だよ、ちゃんと手当しなきゃ」

「ほっといおてくれ!」

「じゃあ、せめて座って休んでいてね」


 みかんちゃんは、また進み始めました。


 しばらく歩き続けると、一匹の羊がいました。


「お前には、ここで止まってもらおう」


 羊はそう言いました。

 みかんちゃんはびっくりしました。


「え? 羊さんも喧嘩するの?」


 羊は顔を赤らめました。


「ねぇ、もしかしたら、本当は喧嘩なんてしたくないんじゃないの?」


 羊は今度は怒った様に前に出ました。


「う、うるさい! どうだっていいだろ!」

「え、でも、喧嘩したくないのにするのは、変じゃないの?」

「そんな事、悪王には言えないんだよ!」

「だったら、私がその悪王と話してあげるよ」


 みかんちゃんは、そう言って羊と別れました。


 どんどん歩いた先には、大きな洞窟がありました。

 その中から、男の子の泣き声もします。

 みかんちゃんは洞窟に入ろうとしました。


 すると、奥からのっそり、のっそりと誰かが歩いて来ました。

 みかんちゃんは立ち止まって、耳を澄ませました。


 やがて月明かりの中に現れたのは、一匹の大きな、大きな猿でした。


「わぁ!」


 みかんちゃんはその大きな猿を見上げました。


「あなたが悪王さん?! 随分と大きいんだね!」


 猿はみかんちゃんを見下ろしました。


「そうだ。我が悪王。お前は誰だ」

「私は男の子を助けに来たの」

「何故だ」

「何故って……」


 みかんちゃんは考えました。


「助けて、って言われたら、助けようと思ってもいいんじゃないかな?」


 悪王の猿は、目を細めて言いました。


「お前は、あの子供が誰かも知らぬのか」

「うーん、知らないよ」


 すると猿は言いました。


「我はあの子供の家族を憎んでいる。だからあの子供を捕らえたのだ。逃がしてはやらん」


 みかんちゃんは首を傾げました。


「どうしてあの子の家族を憎んでるの?」


「それは……」


 猿は教えてくれました。



 昔々、猿がまだ小さい時、猿は自分の母親と一緒に人里へ降りて行きました。

 すると、村の子供達に捕まり、酷い仕打ちを受けました。

 ですが、そこに通りかかった一人のお爺さんに助けられました。

 その次の日の夜、猿の親子はお爺さんが住む家に、お礼を届けに行きました。


 それから、猿の子はそのお爺さんと親しくなりました。

 そして、もっと人の事を知りたいと思いました。

 全ての人が悪い者ではない、と学ぶ為に――


 お爺さんには子供も孫もいて、そして孫の一人には娘が三人いました。

 ちょうど歳も、この若い猿と同じ位です。

 お爺さんは、その三人の曾孫娘の内の一人と猿が結婚できないか、と考えました。


 猿はお爺さんの話を聞き、お爺さんの孫に会いに行きました。

 その孫は、畑を耕していました。

 孫が疲れて休もうとした所、猿はその孫に言いました。


「後の仕事は私がします。その代わりに、一つ私の願いを聞いてくれませんか?」


 元々畑仕事が嫌いだった孫は、猿の話を聞いて、頷きました。


「いいぞ、何だって聞いてやる」


 猿は畑仕事を終わらせると、こう言いました。


「では、貴方の娘さんをお嫁さんに下さい」


 孫はびっくりしましたが、約束は約束。

 家に帰って、娘達に話しました。

 長女も次女も、猿との結婚は嫌がりました。

 ですが、三女は、父がそう言うのなら、とその結婚を受け入れました。


 ですが、嫁入りの日、その娘は猿を騙し、死なせたのです。


 そしてその猿の怨霊が、この悪王となったのでした――



 話を聞き終えたみかんちゃんは、悲しい気持ちになりました。

 それでも、猿に一つ質問をしました。


「じゃあ、あなたは男の子の家族が嫌いだから、男の子をいじめるの? それって変じゃない?」

「変、だと?」

「だって、男の子の家族が嫌いなら、男の子の家族と話せばいいんじゃないの?」

「は?」

「だって、家族は家族だけど、他の人がした事で自分が怒られるのは、不公平じゃない?」


 猿は、少し考えました。


「だが、あの娘の家族とは、もう話が出来ぬ」

「そうなのか……」


 みかんちゃんも、少し考えました。


「じゃあ、男の子とお話をして、謝ってもらおう!」

「あの子供に、か?」

「だって、謝る位はしてくれるでしょう」


 そうやって、みかんちゃんは猿と洞窟の中に入って行き、男の子に事情を説明しました。

 男の子は泣くのをやめ、怖がりながらも、誠意を持って猿に謝りました。

 そして、男の子はみかんちゃんと一緒に洞窟を出られる事になったのです。


「ごめんなさい、猿さん。思う様に行かなくて。でも、男の子を逃してくれてありがとう。それと、これから良い事があるといいね」

「あぁ」


 猿が言いました。


「いつか我も、またお前の様な人間に会えると良いな」

「会えるよ、きっと」


 みかんちゃんは笑って答えました。

 そして、みかんちゃんと男の子は、みかんちゃんが来た道を戻って行きました。


 原っぱの端に着くと、もうすっかり泣き止んだ男の子は言いました。


「助けてくれて、ありがとう。お礼に、僕と結婚してくれないか」

「え? 嫌です」

「へ?」


 みかんちゃんは家に向かって歩き出しました。


「お父さんとお母さんが待ってるし。それに、私はまだ子供だし。あと、大した事はしてないから!」

「ま、待って……!」


 男の子はびっくりして、みかんちゃんの後を追いかけようとしました。

 でも、みかんちゃんは手を振りながら言いました。


「じゃあね! また会えたら、一緒に遊ぼうね!」


 そう言って、みかんちゃんは走り出しました。


「そうだね。また君に会えると良いな」


 原っぱに一人取り残された男の子は、そう呟きました。


 ある冬の、寒い夜――

 みかんちゃんは家に帰って、お父さんとお母さんの間の布団に潜り込みました。

 そして、また眠りに落ちました。


 スヤスヤ、スヤスヤ。


 みかんちゃんは、夢の中。

 また、お猿さんと男の子には、会えるのかな?


 

「会えるよ、きっと」



 お終い

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] プロポーズをズバッと断ったみかんちゃん^_^ [一言] いつかまた会えるかな?
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