雪山別荘で暖炉気分
紳士は暖炉を満足そうに眺めた。
パチパチと音を立ててゆらぐ炎に心が休まる。
しかしこの暖炉は本物ではない。薪が燃える音も炎も、よく出来た作りものだ。
紳士の住む地域は雪が降らない。本物の暖炉など必要としなかった。
だからこそ、雪山別荘の暖炉に憧れを抱いていたのだ。
暖炉以外もだ。壁に掛けた鹿の頭の剥製も雰囲気を味わうだけの作り物だ。
「願いがかなったけど、しょせん雰囲気だけだもんなあ」
カウチソファーにもたれてぼやくと、隣にいる妻が笑った。
「良いじゃありませんか。雰囲気だけでも。私は幸せだわ。あの子たちも喜んでいるし」
暖炉前に敷いたラグの上で、腹ばいに寝そべった娘が愛犬と遊んでいる。
「そうだな。幸せだな……」
これが本物なら。
紳士はかけていたゴーグルを外した。そのとたん妻も娘も愛犬も消えた。
殺風景なマンションの一室で、カウチソファーに座る紳士だけがいた。