【短編版】ドドドド不幸令嬢の結婚 ~嫁ぎ先はバキバキの童貞でしたが、愛があれば問題ございませんわ~
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公爵令嬢ニーナ・アリーシャの不幸は、17年前の誕生の瞬間にまで、さかのぼる。
「なんということだ…」
「な、何かございましたの…⁉」
上等なシルクの毛布にくるまれ、おぎゃあおぎゃあと泣くニーナ。長年の悲願の末 授かったいのちを前に、涙を携えながらほほ笑む母・ミリエッタ。彼女の手を握り、額に接吻を添える父・アレルゴ。そんな主人たちの姿に思わず もらい泣きをする使用人たち――。
誰が見ても幸せなその空間に、水を差すように眉間にしわを寄せた人間がいた。
「おい、今日は何日であったか」
祈禱師として名高いその老婆は、赤ん坊に手を伸ばした。
「は、はあ 草木芽吹く月の17日であったと…」
「時刻は!!」
「茜の刻 4ツ半でございます」
「キエェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!」
突然の金切り声に驚いた一同は、いっせいに老婆の方を向いた。
「なんということだ…。この子は不幸の星のもとに…生まれてしまった」
言葉を失いポカンとするアリーシャ一家をおいて、老婆は続ける。
「600年前…東西の緩衝地を陥落し、大陸を統一したベルメゾン帝国があったという。色とりどりの農作物が取れる豊かな大地、魚類に溢れた温かい海、鉱山は金銀の宝石に満ち、北の凍土には油田が眠っていたという、その大国は!」
「一代にして栄華を極め!!!一夜にして没落したのだ!!!!」
ここまでをオペラの一幕のように一気にまくし立て、ヘッヘッと息を荒くする老婆に対し、アレルゴは問いかける。
「…それが一体、ウチの娘とどんな関係があるのかね?」
「ゴホン。ベルメゾンは とある男の裏切りによって滅びたわけなのだが、その男の名前というのがサンジーーこれに数字をあててみるとだな、3と4になる」
「そして!この数字を合わせて(※足すのではなく単純に十の位と一の位として合わせて)半分に割ると……17になるのだ……!」
恐らく、老婆以外のここにいるすべての人間――もとい生きとし生けるもの――は、まったく同じことを考えただろう。しかし、あまりの剣幕に誰も一言も発することが出来ずにいた。
「茜の刻というのはだな、もうそれはもう、やばい」
「やばい…」ミリエッタは思わず繰り返した。
「赤が血の色を現すのは、おぬしらも知っていると思うが、それだけじゃない。この時刻になると、カップルが海岸線に沈む天輪を見ながら腰に手を回し!ささやくわけだ!『これからも一緒に この景色を見ようね…』と!!!!そして もうすぐ一日が終わる時刻なのをいいことに!自然な流れで『じゃあ、これから俺んち来る?』と誘い!夕飯はそこそこに意味もなく男の部屋を見たがり!リビングでみればよいものを、わざわざベッドの上でふたり、Netflixを見るのが!!茜の刻4ツ半なのだ…ッ!」
「Netflix…」
「で、ですが老婆よ、やはり それらのことが私の娘に関係するとは思えないのだが…」
「草木が芽吹く、というのはだな、単に豊穣を現しているのではないのだよ」
「青く茂る草木は、本来初々しい いのちを意味する。つまり!!!茜の刻4ツ半で愛を育んだあやつらが…あの後 新たないのちを授かるのだ」
「…いいことでは…」
「けしからん!!!!!不浄・不純・不善!言語道断である。とかく、おぬしらの娘ニーナは…」
「天文学レベルに、超!ドドドドドドドドド不幸な星のもとに生まれたのだ!!!!」
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うさん臭いこと甚だしい点は、認めざるを得ない。だが それからの人生の話をすると、確かに私は、不幸のもとに生まれついてしまったようだ。
まだ乳飲み子だった時分。私が不幸になることを恐れた母は、食あたりを起こさないように、毒を盛られないようにと、屋敷に最先端技術を用いた室内農場設備を作りあげた。
モニターによる厳格な管理のもと作られた野菜は確かにおいしかったが、以来そこから採れる野菜のみを摂取するよう義務付けられた私は、強制的ベジタリアン生活を送らされている。
ひとりで歩けるような頃になると、他の貴族のご子息との交流がはじまった。子どもの遊戯の定番と言えば、かけっこやボール遊び…。
ただ、生まれてから いつ誰に襲われるかわからない不幸な私は、この時すでに師範代レベルまで護身術を身につけていた。
「よーいドン」で走りだせば、銘家のご子息のプライドをずたずたに引き裂き。
「あらよッ」とボールを投げれば、王家ご嫡男の睾丸を 物理的にはち切った。
最初こそ面白がって遊びに誘ってくれた男の子たちも、半年もする頃には誰も私に近づかなくなった。
「やべえ!チンだ!チンを隠せ!」
私の名前はニーナだのに、失礼なこと。
不幸続きの私だが、意外なことにご令嬢たちとは…何もトラブルはないのだ。
「いいことニーナ。女の一生を狂わす一番の敵は、女です。もっと言えば、同性のコミュニティにおけるポジショニングが、人生ではとても重要ということなのだけど…。
とにかく、他人の幸せを認められるほど子どもは成熟していません。妬み嫉みの けなしあい…美しいあなたはきっと標的にされるに違いないわ。」
他の女の子にいじめられて不幸になることを恐れた母から、成人の儀を迎えるまでは、使用人以外と関わってはいけないと、言いつけられていたのだ。
だから学院でもどこでも、お友達は全くできなかった…。
けど 私の幸せを何よりに思う、父と母、そして使用人のみんなのおかげで、不幸の中でも ささやかな幸せを見出すことが出来いていた。
しかし、17歳の誕生日に、新たなる不幸がやってきた。
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「これで何通目かね、断りの手紙は…」
「もう10通目ですわ、あなた」
豪奢な絨毯が敷かれた書斎で、アレルゴとミリエッタは顔を見合わせた。
この国では17歳になると成人を迎える。高等教育機関を卒業したのちは、男の子なら騎士団に所属したり、親の家業を継いだり、官僚育成学校に通ったりするが、名のある家の女の子であれば多くが――――結婚をする。
学業に秀でた才女も、運動神経に優れた鬼才も、決して表舞台に立つことはなく 家同士の繋がりを強める橋渡しの役目を背負って、嫁入りをするのだ。
アリーシャ家のひとり娘であるニーナも、もちろんその宿命を背負っている。
だが。
「あの老婆、本当にやってくれたよ」
「ええ、ニーナが王国に不幸を呼ぶ悪魔の子だなんて…。魔女狩りも甚だしいですわ!!」
うさん臭い老婆ではあったが、それを信じる「信者」はそれなりにいたようだ。まず彼女の予言を聞いた人間が、「これはいかん」と新聞に寄稿した。それを見た読者が、真剣なのか面白がってなのかは わからないが、あることないことを誇張して周りに広めた。
その噂は瞬く間に広がり…今や「ニーナ・アリーシャ」の名を知らないものは この国にいないくらいだ。
どのくらいの人間がこの噂を真剣に取り扱っているかは、定かではない。だが…
「高位の貴族にとって、面子や外聞は何より重要な外交資産…。いくら公爵令嬢といえども、不安要素のある娘を取り入る真似は、しないというわけか」
娘の評判はかねてから知っていたが、公爵の称号を持つアレルゴの名をもってすれば、見合いの場など難なく用意できると考えていた。
ニーナがこのまま、独り身で嫁ぐことができなければ、公爵家の存続のためには養子をとらなければならない。そうなれば彼女は相当 肩身の狭い思いをするだろうし、何よりここまで噂が立ってしまった家に、優秀な子息を迎えることができるだろうか…。
「あなた!これ…!」
一家存続の危機にアレルゴが頭を抱えていると、ミリエッタが一通の手紙を引っ張り出してきた。
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私はやはり、不幸なのでしょうか。
イラスカレー城に向かう馬車に揺られながら、ニーナは己の半生に思いを馳せていた。
あの日、両親が見つけた手紙は一通の「結婚願い」だった。
西の丘陵に領地を持つ、イラスカレー家には、もうすぐ30代を迎えるにも関わらず、まだ決まった相手のいない嫡男がいるのだという。
その年の差から、当初こそ父も母も反対していたようだが、相手が伯爵家であるということ、他の「婚約願い」を待っていたら私の適齢期が過ぎてしまうということ、そして
「西のイラスカレーなら、アリーシャ城から そう遠くないわ…」
「もしも嫌になったら、すぐに帰ってきてなさい」
ふたりはそう言って、私を送り出してくれた。
顔も知らない殿方との結婚だなんて、本当は気が乗らない。ましてや、10以上も年の差があって、20の後半になるまでお相手が見つからないなんて、きっと重大な問題を抱えているに違いない…。
不審な点はそれだけじゃない。
先方は「結婚前に会うことはできない」と、見合いの場を設けることなく、私とご子息を結婚することを求めてきたのだ。
「せめて、まずはお会いして…その人を知る時間が欲しかったわ…」
小さい頃、使用人のエリザが読み聞かせてくれたお話に「魔法にかけられて不幸なお姫様を、王子様が誓いのキスで救い、ふたりは結ばれる」というものがあった。
この年になるまで、男の子はおろか、女の子ともまともに関わったことのない私だが、何となく私を見つけて、すくいあげてくれる「王子さま」がこの世界にどこかに いるものだと信じ込んでいた。
優しい、優しい王子さまが、自分を迎えに来てくれると…。
馬車のドアに目線を向けながら、優しい父と母と過ごしたアリーシャ城での17年間を思い起こした。
過保護で、ちょっと親バカなところはあったけれど、愛のある日々であった――
「今ならまだ、この扉を押せば戻れるのかしら…」
抑えきれない郷愁をグッと抑えて、ニーナは目を閉じた。
何も考えないように、何も起こらないようにと…。
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麦穂がたゆたう なだらかな丘に、イラスカレー城は構えていた。
玄関に着くと、イラスカレー伯爵とご婦人が直々に出迎えてくれた。
「この度は、突然の不躾なる手紙を大変失礼いたしました。
本来まずはお会いして…然るべき手順を踏むべきだったと存じているのですが、どうしても、それが出来ない事情がございまして…」
予想だにしていなかった丁重で切実な物腰に、かえってこちらが恐縮してしまった。
「まずは、中へどうぞ。しっかりとご説明させていただきますゆえ…」
居間は全体的にブラウンで統一された、シックで上品な色調だった。
手紙の内容は、少々常識外れではあったものの、普段はいたって正常な価値観を持っていることが、この部屋のセンスからわかる。
「それでは息子ガレンについて、少しお話させていただければと思います。」
イラスカレー伯爵は神妙な面持ちで、一言一言をゆっくりとつむぎ始めた。
「実は、ガレンはあなた様のように幼少期にとある祈祷師から予言を受けました。
その内容というのが…ありとあらゆる女性から拒絶される『バキバキなる童貞』の予言だったのです」
「バキバキ…童貞?」
言葉はすべて聞き取れたはずなのに、まったく内容が入ってこない。
「はい、ガレンは『木枯らしの月の1日 子泣きの刻1ツ時』に生まれました。祈禱師に言わせれば――」
『何たる孤独な運命…!!!!1という数字は、この愛に溢れた世界で 一生を独り身で過ごすことを意味し、木枯らしという暦はいのちの終わり、つまり子を生さない人生を指す。そして子泣きの刻の1ツ時とは何たる悲惨な…、いいか?赤子というのはだな、すべての生き物の中で一番尊い、愛を象徴する生き物なのだ…そんな赤子が泣く時分に生まれた こやつは…!!!
天文学レベルに、超!ドドドドドドドドド童貞な星のもとに生まれた、生涯女性から愛されることのない、バキバキなる童貞なのだ!!!!!』
やはり言葉はすべて聞き取れたはずなのに、まったく内容が入ってこなかった。
「愛されない子、を産んでしまった私たちは悩みました。一生、存在だけで女性を不快にさせてしまうというガレンが、不憫で。」
「アアッ!!」
伯爵の言葉で辛い記憶を思い出してしまったのか、婦人は泣き出してしまった。
泣かないでください、私も泣くのを堪えているので。
「誰からも愛されなくても、代わりにたくさんの愛を与えてあげようと、私たちはガレンを大切に大切に育てました。嫌われて友達が出来ないくらいなら、最初から学校に通わせずに家庭教師に教えさせればよい。友達が欲しい?それなら犬を飼ってやろう」
「そうやって、パーティーといった社交の場に出さず、ひっそりと家族だけのささやかな幸せの日々を送っておりました…ですが」
「なるほど、社交の場に出ないうちに噂が飛躍し、ますます周りから嫌厭され、素性の知れないガレンさまからの婚約を受け入れてくれる令嬢はいなかったと――」
まるで我が家ではないか。自分の家にいる時は気づかなかったが、他人からこう話を聞くと、ちょっと…滑稽に思える。
「まさしくその通りでございます。そんな中、あなた様の「超ド不幸」なお噂を聞き、もしやすれば、この方ならガレンの噂を気にせず婚約をむすんでくださるかもと…
婚約前にお見合いを設けられなかったのは、『女性から嫌われる』という醜悪な外見を理由に断られてしまうのが恐ろしく…」
「…。わかりました、とにかくもう結婚したのですから、お会いしても構いませんね?」
「え、ええ」
伯爵と夫人は不安そうに眉を下げながらも、ガレンさまの部屋の前まで案内してくれた。
「ここで結構です。ふたりきりに、していただけますか?」
トントン。ドアをたたく…も、反応はない。
「ドアが開かないようですので、こちらから失礼いたします。私はアリーシャ公爵家の長女、ニーナ・アリーシャと申します」
…やはり、反応はない。
「予言のことを気にしてらっしゃるのでしょうか?…ご安心ください、私もですから」
…。
「私は、生まれた時分に『不幸になること』を予言されました。以来、私の両親は私の幸せのために、本当にいろいろなことをしてくれました。冬の寒さで死んでしまうかもと熊を狩って毛皮の布団を作ってくれたり。パーティーで出されたお菓子を食べようとしたら、毒入りかもしれないと止めてくれたり。フォークが刺さって傷になるかもしれないと、家のカトラリーをすべてスプーンに変えてくれたり…。」
私は本当に家族に愛されている。私も家族を愛している。
「でも、私はあの時マカロンを食べたかったんです」
「重くて危なくても、トランペットを吹いてみたかったんです」
「ちょっと危ない小説だって、読んでみたかったんです」
「お家の庭で、薔薇を育てたかったんです」
「ひとりでマフィンを作ってみたかったんです」
ああ、ダメだ。考えないようにしていたことが止まらない。
不幸にならないため、幸せになるために我慢していたことがいっぱいあったこと…本当はずっと知っていた。
「あと、あと…」
「ドッジボールがしたかった」
ドアがゆっくりと開き、黒髪を無造作にかき上げた男の人が顔を出した。
「…ガレンさま……」
「学校に行きたかった」
「剣を持って、騎士になりたかった」
「強くなって、誰かを助けたかった…」
「そして、たまに、カフェにでも行って……」
言葉に詰まったのか、ガレンさまが少しうつむいた。
「好きな人とパフェでも食べてみたかった」
赤くなってそう、打ち明けるガレンさまに、思わず笑いが止まらなくなってしまった。
「あはははははは!いいですね、パフェおいしそう…本当に、本当に…」
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何年かの月日が経って、私は今でもちょっと…不幸だ。
「すまん!遅れた!」
「もう、お腹ペコペコなんですよ」
赤と水色のストライプで彩られたパラソルの下、私はガレンさまの騎士団の訓練が終わるのを待っていた。
長年イラスカレー城に引きこもっていた彼だが、今や王城でも名を轟かせる剣豪だというのだから、人生は何があるかわからない。
「私をこんなに待たせるなんて。許せません」
「そう怒るなって、おりゃ」
ふくれっ面をしていると、ガレンさまがほっぺをつねってきた。意地悪な人だ。
「はあ、これだから『女性に嫌われる星』のもとに生まれた方は…」
「それは言わない約束だろ!」
じゃれあっていると店員が注文を聞きにくる。
「何を頼もうか」
「決まっているでしょ」
目線が合うと、ガレンさまはニヤリと笑った。
これが私のちょっと不幸で、とてつもなく幸せな人生――。
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