第20話 「芭蕉に謝れ」
文化祭が迫ったある日のLHR。
教室に入ってきた担任の夏原先生は、すがすがしい顔で言い切った。
「松尾芭蕉はこんな句を残している。『夏草や メイド喫茶は 夢の国』」
だから残してねえよ。
何なの? あんた、芭蕉のこと好きなの? 嫌いなの?
どうでもいいからとにかく芭蕉に謝れ。
「というわけで、今年の文化祭のクラス企画はメイド喫茶に決定した」
教室中から大ブーイング。
もちろん決定などしていない。
単なる夏原先生の独断……というより願望である。
まあ、あくまでも冗談だし、みんなもそれは分かり切っているんだけど。
「さて、冗談はこれくらいにして。クラス企画をみんなで話し合ってもらうぞ。えーっと、文化祭実行委員は誰だっけか?」
「はーい」
「はい」
竜弥、そして日南さんが手を挙げる。
新学期早々に実行委員関連は全て決めてしまったのだが、男女1名ずつという条件だった文化祭実行委員には見事にこの2人が納まったのだ。
「2人は文化祭自体の運営が仕事だからな。クラス企画に関しては、別途でリーダーを立てた方が上手くまわると思う。それでもいいか?」
「オッケーです」
「それでお願いします」
「じゃあとりあえず、クラス企画担当を決めるかぁ」
夏原先生は首を振って教室全体を見回す。
文化祭は楽しみだけどリーダーはやりたくないというワガママな連中は、ぐっとうつむいて机とにらめっこを始めた。
「ひとりは……クラス委員だし神奈月。できるか?」
「分かりました。やります」
さすが神奈月さん。
机とあっぷっぷすることなく、しっかり背筋を伸ばして座っていた。
「もう1人くらい欲しいんだが……」
「平坂は?」
「あ、それでよくね」
教室中から声が上がる。
一応、俺と神奈月さんは付き合っていないということで通している。
とはいえそこは高校生。
隙あらばいじってくる生き物である。
「んーじゃあ平坂、やってくれるか?」
「……分かりました」
教室に拍手が巻き起こった。
うざ。
神奈月さんの方を見ると、嬉しそうに微笑んでこちらを見ている。
かわいい。
この笑顔を見ると、もう何でもいいかと思えてくる。
「じゃあこっからの進行は2人に任せる」
「はい」
「え、あ、はい」
夏原先生はさっさと教室の後方へ。
代わって俺と神奈月さんが黒板の前に立った。
おい竜弥、にやにやしながらこっちを見るな。
日南さんも必死に笑いをこらえてるしな。
はっきり言って、俺は人前で話すなんぞそんなに得意じゃない。
逆に神奈月さんは、上手く司会進行するタイプだ。
俺は進んで書記を引き受けようと、さっさかチョークを持つ。
神奈月さんは特に気にする様子もなく、みんなの前で話し始めた。
「まずはアイデアを募集したいと思います。去年の文化祭なども踏まえて、話し合ってみてください。何かアイデアが出たら、前に来て伝えていただければ黒板に書いていきます」
にわかに教室が騒がしくなる。
みんな一斉に、あれがやりたいこれが楽しいと話し始めたのだ。
神奈月さんが振り返って言う。
「私たちも何か考えようか」
「だな」
高校2年生の文化祭が動き始める。




