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第17話 「パートナーだからな」

 時計の長針がカチッと音を立てて午後5時ちょうど。

 俺の部屋でテーブルを挟んで向かいに、しょぼんとした顔の神奈月さんが正座している。


「この度は大変申し訳ありませんでした……あたっ!」


 丁寧に床に手をつき、きれいな土下座を披露しようとする神奈月さん。

 しかしおでこを机の角にぶつけ、涙目になった。


「大丈夫?」

「大丈夫です……私などのことは心配しないでください……」


 こりゃ、相当へこんでるな。

 めんどくせえ。

 それに、あんまりしんみりされるのはかわいくない。


 神奈月さんによる教室が吹っ飛ぶレベルの爆弾発言により、我らが2年6組はにわかに騒然とした。

 女子たちは予想外のところから降って湧いた恋バナの気配に色めき立ち、主に現在独り身の男子どもは血の涙を流し……とまでは言い過ぎだけど、それに近い状況になったことは確かだ。

 最後には“神奈月さんがひとり暮らしを始めた部屋がたまたま俺の部屋の隣だった”という苦し紛れの嘘と、とっさに機転を利かせてくれた日南さんのフォローによって、何とか場を収束させることができた。

 でも多分あの様子だと、日南さんには決して偶然なんかじゃないとバレてるんだろうな……。


「どうか晩ごはん抜きだけは……! それだけは許してください……!」

「どこで必死になってるんだよ。まあ、もう起きてしまったことはしょうがないし。ひとまず何とかなったわけで、俺も別に怒ってはいないから」

「本当……? 本当に怒ってない……?」


 神奈月さんは目にちょっぴり涙を溜めて、低姿勢からおずおずと俺を見上げた。

 これはちょっとかわいい。


「日南さんがフォローしてくれたしな。変な方向に話が行かなかったんだから、もう気にしなくていいよ」

「ありがとう……。本当にごめんなさい」

「はい。でも、夜ごはんは抜きね」

「ひえっ! そ、それだけは……っ!」

「じょーだん。何が食べたい?」

「お詫びに私が作る」

「……じゃあ、一緒に作ろうか」

「あうっ! 私は1人では何もできないダメ人間です……」


 神奈月さんは部屋の隅っこへ移動すると、真っ白な灰となった。

 そこへちょうど西日が射し込み、かつて神奈月楓怜だったものはさらさらと崩れていく。

 午後5時10分。事故物件になってしまったな。

 念のために塩でも盛っておくか。

 あ、今日の夕食は魚の塩焼きにしよう。


「はいはい。ほら、申し訳ないと思ってるなら手伝って」


 俺がパンッと手を打ち鳴らすと、どこからともなく灰がやってきて神奈月さんが再生していく。

 最後に色がついて、お嬢様は完全復活した。


「はーい。何すればいい?」

「お米を洗って炊いて。2合でいいかな」

「分かりました!」


 元気になった神奈月さんは、俺の部屋のキッチンに立ち米を洗い始める。

 その間に、俺は洗濯物を取り込んで畳んだ。

 そしてキッチンで彼女の横に並んで立つ。


「私たち、夫婦だって思われたかな?」

「だから飛躍しすぎな。でもカップルくらいには思った奴いるんじゃないかな……」


 実際、竜弥だって最初は裏切られたの何のとわめいていた。

 説明して一応は分かってもらったけど、まだ少し疑われているような気もする。


「カップルかぁ……」


 神奈月さんの頬が赤い。

 ちょっとまんざらでもなさそうなのは、何なんだろうか。


「まあ、俺たちはパートナーだからな」

「う、うん。パートナーだからね」


 土曜日に神奈月さんが突然やってきて、今日で3日目が終わる。

 あっという間と言われればそんな気もするし、もう1か月くらい一緒に過ごしたような気もする。

 ただ確かなのは、ひとり暮らしパートナーという不思議な単語に基づいたこの不思議な半同棲生活が、決してつまらないものではないということだった。

 むしろ楽しい。そしてかわいい。


 神奈月さんはお米を炊飯器にセットすると、手際よく米とぎボウルを洗って拭き上げ、片付けるところまで終わらせた。


「手際、良くなってるな」

「ふふ~ん、でしょ~?」


 褒められて嬉しいのか、神奈月さんが胸を張って自慢げに笑う。

 いつか彼女が1人でも生きていけるようになったら、俺たちの関係はどうなるんだろうか。

 そんなことを考え、どういうわけかふと寂しくなった。

 そんな俺の気持ちに気が付かない神奈月さんは、無邪気に笑いながら俺の顔を覗き込んでくる。


「ねえねえ、次は何をすればいい?」




 ※ ※ ※ ※




 始まりあれば 終わりあり。

 迫る迫るは 祭りの影。

 青く燃ゆるは 文化祭。

 動き出すのは 恋心。

 歩き出すのは 恋の道。


 高校2年生としての1年は、春から夏へとまっすぐに突き進んでいく。

 一大イベントである文化祭が、もうすぐそこまで迫っていた。

 この時の俺たちは知る由もない。

 後夜祭の終わりに交わされるこんな会話を。


「ひとり暮らしパートナーは解消だね」

「そうだな」




 ――『第1章 始まりはコロッケパン編』終わり。

 ――『第2章 恋するフェスティバル編』へと続く。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一章お疲れさまです。 もっとかわいいが観たいです。 応援してます。
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