第15話 「お縄どころか死刑だよな?(2回目)」
――おはよう。起きた?
――起きたよ~。おはよう!
そんなメッセージアプリでのやり取りで、一日が始まった。
今日は月曜日。新たな一週間の始まりでもある。
昨晩、寝る前にセットしておいた米が炊けていることを確認し、風呂場へ直行。
さくっと熱いシャワーを浴び、寝汗を流すとともにばっちり目を覚ました。
ここから洗濯機を回し、その間に弁当と朝食を作り、干して家を出るまでがモーニングルーティーン。
お洒落に言ってみたけど、ただ家事が連続するだけである。
最初の頃は手際が悪く、時間がかかって学校に何度か遅刻しかけたこともあったっけ。
「おっと」
ドライヤーで髪を乾かし、洗濯機に洗剤をぶち込もうとしたその時。
新着メッセージを知らせる通知音が鳴る。
――もし良かったらお洗濯物は私の部屋に持ってきて~
――お弁当と朝ごはん作ってもらうでしょ? お洗濯なら私できるから!
――とはいえ洗剤入れてスイッチ押すだけだけどね笑
「……笑じゃねえよ」
まあ、彼女なりの気遣いなのだろう。
昨日も言っていた通り、依存するのではなく助け合いたいと。
ただ何でよりによって洗濯に行くかなぁ……。
つい昨日、下着云々で顔を真っ赤にしたのを忘れたんだろうか。
今回は俺が触れることはないとはいえ、俺だってノーパンで生きてるわけじゃない。
おパンツを履いている。
俺のおパンツなんぞ神奈月さんに洗わせたら、それこそお縄どころか死刑だよな?
――大丈夫だよ~。
――遠慮しないで!
――いや、下着とかあるからさ……
やむをえず“下着”のワードを出す。
さすがにおパンツとは書かなかったが、そんなことはどうでもいい。
メッセージアプリには既読の2文字が表示されているものの、返信はやってこない。
おそらくは今、風呂場でスマホを握った神奈月さんが顔を真っ赤にして固まっていることだろう。
かわいい。見てないけど。
でも、何か仕事をしてもらった方が神奈月さんとしてもすっきりするだろうな。
俺が楽になることも間違いないだろうし。
――じゃあさ、洗濯の代わりにゴミ出しを頼める?
即、既読。
メッセージアプリを開いたまま、固まり続けているのかもしれない。
――分かった!
2分くらい空いて、元気の良い返事が返ってきた。
意外と切り替えが早いところも、彼女の良いところである。
※ ※ ※ ※
「洗い物は私がするね」
「じゃあ俺はお弁当を」
俺の部屋で朝食を食べた後。
神奈月さんが洗い物を買って出てくれたので、俺はお弁当を仕上げる。
熱々のおかずをはある程度冷ましてからいれないと、食中毒の原因にもなってしまうからな。
程よく熱が取れていることを確認して、2つの弁当箱に詰めていく。
1つは見慣れた俺の弁当箱に。
1つは少し小さな神奈月さんの弁当箱に。
「美味しそう。お昼が楽しみだね」
「それは良かった」
今日のメインおかずは生姜焼き。
それから定番の卵焼きと、茹でキャベツの塩昆布和え、彩りにミニトマトだ。
お米の方にはのりたまのふりかけをつけておく。
生姜焼きで食べても良し、ふりかけで食べても良しって感じだ。
「ただ注意事項な」
弁当の準備が終わったので、一緒に洗い物を拭きながら俺は言った。
「間違っても『平坂くんが作ってくれたんだ~』とか言わないでよ」
「え?」
「冷静に考えてみて。男女がお揃いの弁当。どう見える?」
「うーん、夫婦……?」
「飛躍しすぎな。さすがに夫婦はないとしても、カップルには十分に見える。でも俺たちは、あくまでもひとり暮らしパートナー。そうでしょ?」
「う、うん」
「だから余計な噂とかが立たないように、俺らの関係はまだ内緒ってことで」
「分かった。まだ、ね」
神奈月さんは深く頷く。
彼女としても、急に俺と変な噂が立ったら迷惑だろう。
分かってくれたならオッケーだ。
「はい、お弁当。バスの乗り方はもう大丈夫だよね?」
「うん! ありがとう!」
制服姿の神奈月さんにお弁当を手渡す。
彼女はバス、俺は自転車での通学だ。
ここから放課後まで、お互いに隠し事を秘めて過ごす時間が始まる。
「行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい。俺もすぐに行くけどな」
神奈月さんがバス停へ向かうのを見届けて、俺は玄関を閉めるのだった。
大事態まで、あと数時間。




