学年一の秀才美人が何故か落ちこぼれの俺に勉強を教えてもらいに来た
「桑田君、お願いがあるんだけど」
「俺に?」
ある日の放課後、先生に頼まれた用事を終えて教室に戻った俺に岡本さんが話しかけて来た。
岡本さんは同じクラスの女子で学年一の秀才だ。
しかも美人であり面倒見も良いため人気がある。
青春より勉強優先といったタイプで、高校生になっても彼氏を作るどころか友達と遊ぶこともほとんどないらしい。
その岡本さんのお願いは、にわかには信じられないものだった。
「私に勉強を教えて貰えないかしら」
はっきり言おう。
俺は赤点及び補習の常連だ。
いわゆる落ちこぼれで、テストの度に毎回見るに堪えない成績を取り親に怒られ続けている。
そんな俺に勉強を教えて欲しい?
学年トップの成績をキープしている岡本さんが?
おちょくられていると思っても仕方ないだろう。
だが相手は岡本さんだ。
生真面目が服を着ているとすら言われている彼女がそんな酷い事をするだろうか。
「冗談だよな。それとも誰かに言わされているのか?」
彼女の成績や人気を妬んだ女子が仕組んだ事ではないか。
そのくらいの理由しか思いつかなかった。
「冗談でも、他の人に言われた訳でもないわ。本気で桑田君に教えて貰いたいと思っているの」
「マジで?」
「マジよ」
「俺の成績知ってるのか?」
「知ってるわ」
「それなのに俺に勉強を教えて貰いたいのか?」
「ええ」
意味分からん。
でも嘘を言っているような感じも、揶揄っているような感じも無い。
むしろそうだったら納得出来るのに。
本気でこんなこと言われても困るぞ、おい。
「桑田君が戸惑うのも分かるわ。でも私にとってはとても重要な事なの。お願い、代わりに私も勉強を教えてあげるから」
「マジで!?」
そうとなると話は別だ。
学年一の秀才から勉強を教えて貰えるとなれば、真っ赤な成績がピンクくらいにはなるかもしれない。
勉強はあまり好きではないけれど、これ以上親に怒られたくなかったんだよな。
このままだとまともな大学に行けるかどうかも怪しかったし。
「分かった。期待に添えるか分からないがやってみよう」
「ありがとう」
こうして俺と岡田さんの奇妙な勉強会が始まった。
――――――――
「だからこうなるわけだ」
「良く分かったわ」
分かったも何も、とっくに知っている事だろうに。
やっぱりどうにも馬鹿にされている感が否めない。
「本当にこんなんで良いのか?」
「もちろんよ。やっぱり桑田君は私が思った通りの人だったわ」
「?」
教えている内容なんて基礎中の基礎だぞ。
中には中学で習う内容だって含まれている。
だってその程度しか教えられないから。
それなのに何故か岡田さんは大満足。
俺が教える度に目に見えて分かる程に喜んでいる。
分からん。
マジで分からん。
「それじゃあ今度は私の番ね。何を教えて欲しい?」
俺と岡田さんが交互に教え合う。
勉強会はこの形を取り定期的に行われていた。
当初は岡田さんの考えが分からず気になっていたが、段々とどうでも良くなってきた。
見た目麗しい岡田さんと二人っきりでいられること。
秀才に勉強を教えて貰えること。
この二点のメリットがあまりにも大きかったからそれ以外のことは気にならなくなっていたのだ。
だがそんな幸せな時間も長くは続かない。
「もうこれ以上教えられることがねーよ」
俺が馬鹿であるがゆえに、教えられる範囲が限られていたからだ。
「そう……ね」
岡田さんは残念そうにつぶやいた。
俺も残念だ。
綺麗な顔を間近で見られるのも今日が最後だなんて。
そういえば結局なんで俺に勉強を教えて貰いたかったのか分からなかったな。
最後だし聞いてみるか。
と思ったら先手を取られて先に質問されてしまった。
「ねぇ桑田君。私の教え方、どうだったかしら」
「え?」
「ちゃんと理解出来たかしら」
「それは……」
理解出来たかどうかと言われると、答えはNOだ。
次のテストで良い点数を取る事しか考えてなかったから、最近の授業の内容について教えて貰っていたのだが、内容が難しすぎだったのかもしれない。
「正直なところあまり理解出来てなかったんだけど、俺が馬鹿だからしょうがないよ。欲かかないでもっと基礎から教えて貰えば良かったな」
理解したなんて嘘をついても次のテストの結果でバレてしまうから正直に告白した。
せっかく教えて貰ったのに申し訳なかったな。
全ては俺が馬鹿すぎるのが悪かったんだ。
しかし岡田さんはそう思ってはいなかった。
「ううん、違うの。悪いのは私」
「え?」
「私の教え方が下手だから……」
そんなことはない!
なんてフォローは出来なかった。
実際に俺は理解出来ていなかったのだから。
あまりにも馬鹿すぎて、そもそも教え方が上手かったのか下手だったのかすら分からないのだから。
俺が戸惑っていると、岡田さんは唐突に全く別の話を切り出した。
「少し前に桑田君を桜公園で見かけたことがあるの」
桜公園は俺の家の近くにある緑豊かな大きめの公園だ。
夕方や土日は両親に連れられて子供達が元気に走り回っている。
「その時の桑田君は、小さな子供と一緒にベンチに座っていたわ」
そんなことあったか。
それに俺はあの公園に行くことなんか滅多に……ああ、そういえば親戚の子供を遊びに連れてったことがあったな。
「そこで桑田君は子供に九九の覚え方を説明していたの」
覚えてる覚えてる。
あの子が宿題やりたくないって愚痴を言って俺が賛同して、その話の流れで九九が特に苦手だって聞いたから俺が覚えるコツを教えてあげたんだ。
俺も小さい頃は九九を覚えるのに苦労してたから、覚えるためのノウハウがあった。
「それがとても分かりやすくて驚いたの」
まさかその時に岡本さんが近くに居たなんて全然気が付かなかったな。
しかも教え方を褒められるだなんて。
「私って人に教えるのが凄い苦手で、桑田君に教え方を教わりたかったのよ」
「だから俺に教えて欲しいって……」
「ええ、やっぱり桑田君の教え方はとても分かりやすかったわ」
「ああ、うん、その、なんていうか、ありがとう」
こんな風に褒められたこと無かったから動揺しちまったぜ。
というか褒められること自体がずっと無かったからな。
嬉しすぎて顔がにやけてしまいそうだ。
「それでお願いなんだけど、もう少しだけ勉強を教えてくれないかしら」
「でももう教えられること無いぞ」
「私が頑張って桑田君に教えるから、その内容をまた私に教え返して欲しいの」
「なるほど、それなら岡田さんも教える練習になるってことか」
「ええ」
返事なんて決まっている。
岡田さんとの逢瀬が続くことが嫌なわけがないのだから。
彼女は俺の答えを聞くと満面の笑みを浮かべて喜んでくれた。
などと綺麗に終わるかと思っていたら話にはまだ続きがあった。
それもとんでもない話が。
「もう一つだけお願いがあるんだけど……」
「もう一つ?」
「その、凄く厚かましい事だとは分かってるんだけど、どうしても嫌だったら断ってくれて構わないんだけど、むしろ絶対に嫌なことだと思うから遠慮なく断って欲しいとは思うんだけど、でもそれでも諦めたくないって言うか、聞くくらいは良いかなって言うか」
「ちょっと、ちょっと待って!」
岡田さんは何故か突然顔が真っ赤になって早口になり、お願いを言う前から言い訳を連呼し出した。
こんなパニクっている岡田さん初めて見た。
「落ち着いて」
「あ、ええ、突然ごめんなさい」
彼女は目を閉じ、胸に手を当てて深呼吸して気持ちを落ち着かせている。
いつも冷静沈着で大人びているように見えていた岡田さんが、今だけは同い年の普通の少女のように見える。
「さっきの公園の話につながるんだけど…………」
岡田さんはそう切り出したがすぐに口をつぐんだ。
一分か、二分か、それとも十分か。
いつまで経っても続きを言葉にしないけれどひたすら待った。
ここはそうするのが正解だと本能が告げていたからだ。
彼女はふぅと一息吐く。
「子供と一緒の桑田君の表情がとても穏やかで優しそうで、その、いいなって……」
最後の方は尻すぼみになってしまい良く聞こえない。
でも『いいな』の部分まではしっかりと聞き取れた。
俺は馬鹿だが、その意味が分からない愚か者では無い。
つまり岡田さんは俺の事を。
「だから、その、勉強だけじゃなくて、こ、ここ、恋も教えて欲しい……です」
誰だよ岡田さんが青春より勉強優先なんて言った奴は。
こんなにも真っすぐに青春しているじゃないか。
だがどうしよう。
教えるも何も、俺だって分からない。
女の子と付き合った事なんか無いから。
分からないことは教えられない。
勉強と同じだ。
だから恋も勉強と同じように進めよう。
「分かった教えるよ。いや、教えさせてほしい」
「!?」
「でも、俺も岡田さんから教わりたい。不器用でも分かりにくくても良いから一緒に教え合いたいな」
「あ…………ええ!」