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5 家政婦との戦い(戦いません)




「……ミセス・ボードレーリル? どうして欠席の予定が出席に?」

「先ほど、ご説明した通り、レスターさまのご親友でございますから」

「それは出席の理由になるの?」

「はい」


 ……意味は、わかります。社交というのは、要するに人付き合いなのですから、旦那様と親しくしている方とは妻である私もある程度は親しくするべきでしょう。


 でも、ね。

 よく考えてほしいですわ。


 相手はドクズの親友な訳ですよ?

 騎士見習いの頃からというのなら、ドクズの裏も表も、全部知ってるようなものでしょう?


 浮気上等のヤリチンドクズが真実の姿だとご存知の親友さんから見て、3日に一度しか家に帰ってきてもらえない新婚の新妻って、何に見えると思いますかね? わからないですかね?


 あー、これが形だけの奥さんかぁー、って感じですかね? もしかしたら、金で買われた嫁かぁー、ってのもあるかもしれませんわね。


 ふっ、とか鼻で笑われたり? 同情の視線とかならまだしも、蔑みの視線とか、見下す視線とか向けられたり、そういう感じのこと、ありえるでしょう?


 なんで、そんな、バカバカしい空間に自分から行かなきゃならないのかしらね?

 ありえないことですけれど?


 それに、下位貴族である子爵家としても、高位貴族の侯爵家がやってくることは、メリットと同時にデメリットも多いわ?

 まあ、招待状を送ってきたのだから、ライスマル子爵家はメリットが上回ると判断したのでしょうけれど、相手は、あの、高位貴族としての自覚がない、うちの旦那様よ?

 私が子爵家の者だったとしたら、そんな綱渡りみたいな招待状は出さないわね……。


 ……おそらく、ミセス・ボードレーリルは、私とドクズが白い結婚で契約しているとは知らないと思いますけれど。

 でも、実際、この屋敷にいたら、妻として、正しく蔑ろにされていることは理解できるはず。夜の生活がないのですからね。本当は蔑ろにされているのではなくて、そもそもの契約ですけれどね?


「勝手な真似をしないで、ミセス・ボードレーリル」

「勝手かもしれませんが、必要なことでございます」

「ミセス・ボードレーリル。高位貴族が、下位貴族の主催する夜会へ出席することは、相手にとって、よいこととは限らなくてよ?」

「招待状を頂いたのです。それはこちらが心配することではございません」

「いつから家政婦は女主人よりも上の立場になったのかしら?」

「立場の上下ではなく、道理、というものでございます」


 いや、正論かどうかで言えば、そっちが正しい部分もあるのでしょうね! そんなことはわかっておりますわ! 正論は嫌いではないですけれど……。


「……どうかしたのかい、リーナ?」


 私とミセス・ボードレーリルの間の冷たい空気の中に、着替えを済ませたドクズ……旦那様がやってきました。


「……いえ。とりあえず、食事にしましょう、旦那様」

「そうだね。食事を楽しもう、リーナ」


 今、そんなものを楽しめるとでも!? もう少し空気をお読みになって……?


 話は終わったと鍵束の音をさせて食堂を出て行くミセス・ボードレーリルの背中からは、どのような感情も読み取れません。私には。


 ……本当に嫌な感じがしますわ。何重にも。ですけれど、これは、もう、避けられませんわね。それなら、私は私の利を得ようと動くだけです。


 変な空気のままで、旦那様と二人での初の夕食。


 昨日もひとり、一昨日もひとりの夕食だったので、二人なら会話が……と言いたいところですけれど。


 直前の出来事で感じた苛立ちに、特に会話もなく食事が進んでいきました。まあ、苛立ちながらも、この後、どうするべきかは頭の中で整理しますけれど。


 サラダ、スープ、魚、肉、フルーツ……料理長さんには、全部少なめ、小さめでお願いしてありますわ。ドク……旦那様のお皿の上の魚とか肉とか、すっごく大きいのですよ。あんなの絶対に食べきれません、私は。


 デザートのフルーツ……今日は南部の方で取れたという早い時期の梨を、しゃりっと口に含んで。


 ちらり、と旦那様のアゴを見ます。


「……旦那様」

「……なんだい、リーナ?」

「食後、私の部屋でお話がございます」

「うん……」


 アゴしか見ておりませんけれど、たぶん嫌そうな顔してますね、コイツ……。






 私の部屋、というのは私の寝室の続きの、私室。私室の続きに寝室があると言うべきでしょうか。


 ちなみに私の寝室と夫婦共用の寝室の間の扉は固く閉ざされていて、私の私室から共用の寝室や旦那様の寝室及び私室へは入れません。


 もちろんその逆も無理。なぜなら、鍵をかけてドアノブを外した上に、本棚を置いて固定してあるからです。


 私室には文机と、ソファセットとローテーブル。肖像画が飾られる予定の壁。やれやれ。貴族ってやつは……。


 お話し合いには、まず、私と、タバサと、オルタニア夫人。

 そして、旦那様とスチュワート。

 旦那様の他の侍従さんたちには遠慮してもらって、家令のスチュワートのみで。

 私の方も、残り3人の侍女は、先に休むよう伝えましたわ。きっと、休まずに何か仕事しているのでしょうけれど。


 ドアの外、廊下には護衛の騎士が二人。

 夜は、私の寝室の外を守る。誰から? 旦那様からです。お義母さまが付けてくれました。白い結婚のために。


 タバサが、持ち込んだティーセットでお茶を準備してくれました。本来、侍女というよりは、メイドの仕事ですけれど、お茶については侍女がやることも多くて、タバサはよく練習してます。

 残念ながら、貧乏令嬢として育ったので、私も自分でお茶くらい準備はできます。貴族令嬢でも、お茶好きな人は結構自分でやるらしいですし。私の場合はもちろん、趣味ではありません。実用です。


「それで、話は何かな、リーナ?」


 夫婦だというのに、ソファの対面に座る私たち。まあ、そう望んだのは私ですけれど。横並びで座って触れられたら病気が怖いので……。


 ちなみにここのメンバーは、私たちの結婚における契約内容をはっきりと教えられているメンバーですわ。


「……ミセス・ボードレーリルが、欠席予定だったライスマル子爵家の夜会を、勝手に出席と返答しました。勝手に、です。ミセス・ボードレーリルが」


 大事なことなので、2回言いましたわ。勝手に、ですわ!


「……スラーのところの。出席するつもりはなかったのかい、リーナ?」


 だから、勝手に、と言ってるでしょうに。


「欠席の予定でした。結婚の、契約通りに……」


 じろり、と旦那様のアゴをにらみます。

 目を見つめられないのは残念ですけれど、そこは私が弱い。イケメンに。

 最近、イケボには慣れました。慣れたせいか、語尾に「リーナ」と付くことに対して感じていたウザさは少し薄れましたわね。今はさらっとスルーできます。この人、馬鹿なのかしら、ああ、馬鹿なのよね、きっと、とは思ってしまいますけれど。


「契約、か。そういう契約内容もあったね、リーナ」

「ええ。契約違反ですわ」

「私が出席させようとした訳では……」

「旦那様がどうとかは関係ございません。社交は最低限。爵位同格か、それ以下は欠席でよいはずですわ」

「それは、そういう契約だったけどね、リーナ。スラーは……ライスマル子爵令息は私の親友なんだよ、リーナ」

「旦那様。高位貴族が下位貴族の夜会に出席することは、下位貴族にとって大きな負担でもありますわ。ご友人に負担を感じさせてまで、出席することが本当に正しいのでしょうか?」

「私とスラーは、そういう爵位の差を超えたところで、友情を育んだよ。問題ないよ、リーナ」


 ……その表面的とすら言いたくない浅い考え方があまりにも傲慢ですわね。何かあればそのご友人とはもうご友人でいられなくなるというのに。


 もう知りませんわ。そもそも私の友人ではありませんし。とりあえず、このド……旦那様にもわかりやすそうなところで、ちくりと刺しておきましょう。


「……旦那様が親友と呼べる方は、ライスマル子爵令息だけでしょうか? 他にもいらっしゃるのではなくて?」

「それは、もちろん……」

「その中には、伯爵家の方や子爵家の方、ひょっとすると侯爵家の方もいらっしゃるのでは?」

「ああ、いるよ、リーナ」

「そうなると、ライスマル子爵家の夜会に私が出席したと知った方が、なぜうちの夜会には欠席なのか、と思われることになりますわね」

「それは……」

「旦那様が親友だと考えていらっしゃる方、親友とまではいかなくとも親しくしている友人、そういう方々から、『あいつのところには連れて行ったのに』と思われる覚悟はできていらっしゃいますか、旦那様?」

「リーナがそういう夜会やお茶会に参加してくれれば……」

「私は契約通り、社交は最低限で、できる限り、欠席致します。もう既に出席で返答されてしまったライスマル子爵家は、そうもいかないとは思いますけれど。ミセス・ボードレーリルの勝手な判断と行動で、旦那様には、ご友人との関係に、気を遣わせることになりますわね」

「……」


 ……嫌味は通じたかしら? 私は気を遣いませんよ、そんなことには。あと、沈黙したからって、こっちは追及の手を緩めませんけれどね?


「それと!」


 ちょっと語尾を強めてみました。旦那様のアゴがびくりと反応しましたわ。おもしろい。


「ミセス・ボードレーリルの態度は、私を女主人として尊重しているとは思えません」

「リーナ……」

「これも、契約違反ですわ」

「……」

「家政婦を変えてください、旦那様」

「それはダメだ、リーナ」


 コイツ、そこには即答ですか!?


「……本来、家政婦の交代は女主人である私が決めてよいことですわ、旦那様」


 旦那様、と言いながらも、視線は家令のスチュワートに。

 スチュワートは、ただ黙って目を閉じる。スチュワートもそこそこイケメンだけれど、これはまあ見ても平気な程度のイケメンです。


 ……あ、コレ。スチュワートのこの態度。ミセス・ボードレーリルを辞めさせることが正解、なのですわね。とすると、これはやはり、お義母さまですわね。ああ、もう。だから高位貴族は。


「だからといって、レティを辞めさせるなんてダメだ、リーナ」

「どうしてですか?」

「レティは……私の、大切な人、だから……」

「ミセス・ボードレーリルが旦那様の乳母を務めていたというのは聞いておりますし、旦那様にとって大切な方であるということはわかりました。ですが、フォレスター子爵家の家政婦として適切な人物とは思えません。女主人と対立する家政婦など問題でしかありません」


 私の言葉でド……旦那様のアゴが震える。


 ……あー、でも、ミセス・ボードレーリルの言ってることは正論で、間違ってる訳ではない、のでしょうね? うーん。悩みますわね。正論というのは、嫌いではないのです。嫌いでは。お義母さまにやられっぱなしというのも、楽しくはありませんし。


 おそらく、このド……旦那様を御せるかどうか、つまり尻に敷けるかどうかも含めて、お義母さまから私への課題ですわね。でも、妻が夫を躾けるのではなく、母が息子を躾けるものですわよ、お義母さま……?


「……どうしても家政婦を辞めさせたくないというのであれば、旦那様の責任において、私と旦那様の結婚に関する契約内容を伝えるか、もしくは、勝手なことをしないようにしっかりと言い含めて下さいませ。もちろん、私は私で、女主人としてはっきり、家政婦が女主人に逆らうな、ということを伝えます」

「リーナ、それは……」


 ……旦那様にはできないのでしょうね。契約内容を教えられる相手なら、ウェリントン侯爵家として既に彼女へ伝えているはず。伝えられているのなら、私の夜会の出欠を独断で決めたりはしない。

 それに、ミセス・ボードレーリルが誰かに唆されている可能性がありますわね? スチュワートか、オルタニア夫人あたりかしらね?

 つまり、ミセス・ボードレーリルは、侯爵家としてはどこか信頼できない、いえ、そうではなく……あの真面目さだと、私たちの結婚の契約内容を受け止められない、とか……ありそうですわね?


 いや、あの真面目そうな乳母に育てられて、なんでこんなドクズに……。


 ……ミセス・ボードレーリルが契約内容を知らないという事実から考えると、私の予想は当たっていますわね。フォレスター子爵家から外して、問題がない、ということですもの。


 やれやれ。これを高位貴族の嫌らしさと考えるか、それとも、だからこそこれだけの大貴族でいられるのだと受け入れるのか。


 ……ああ、私、お金のために、それを受け入れたのでしたわね。


 ライスマル子爵家の夜会の出欠についても、ごくごく一般的なことから考えれば、ミセス・ボードレーリルの方が正しい。浅い考えではあるけれど。


 そういう意味では、歪んでいるのは私たちの契約の方ですわね。


 可能な限り早く、真面目そうで、大人しそうな令嬢と結婚したいドクズに、ほぼ無理矢理強引に私が飲み込ませた契約ですもの。別に私は大人しい令嬢ではないけれど。


 でも、侯爵家はその歪んだ契約を受けた。

 それくらいの歪みはこれまでも飲み込んできたのでしょうね。侯爵家ですもの。

 まあ、それだけ、私が安く買い取れる都合のいい嫁だと考えたのでしょう。本当に都合がいい嫁かどうかは、私、責任を持つ気はございませんけれど……安い嫁と侮られるのは嬉しくないですわね……。


 ミセス・ボードレーリルが間違っているのは、女主人の意向に逆らっているという点と、勝手に出席で返答した点ですわね。

 契約内容を知らないのであれば、女主人の意向に逆らうというより、真面目な諫言のつもりでしょうし。


 まあ、いいですわ。

 たぶん、旦那様の個人的な、乳母に対する思いなのでしょうし……私が求めるのはあくまでも私の利益。

 お義母さまからの課題など、結婚してしまって資金も得た今となっては、婚約者だった期間のように、唯々諾々と従う必要はありませんわ! 姑への気遣いは必要ですけれどね!


 さて、それではここからが本番です! エカテリーナ、行きます!


「話はこれだけではありません」

「え?」

「結婚してまだ数日、この屋敷に移ってまだ3日でございます、旦那様」

「そ、そうだね、リーナ」

「結婚して数年が経ち、私と旦那様の関係が緩やかに変化していく中で、結婚当時の契約が現状に合わなくなって、契約が破られたり、守られなくなったりするというのは、考えられるかもしれません。ですが、ほんの数日で契約違反がふたつも起きるとはどういうことですか?」

「あー……」


 視線は旦那様というよりも、ちょっとスチュワート向きで。

 旦那様より意味がしっかりと伝わりそうな相手だから。仮想敵はスチュワートですわ。旦那様ごときではございませんことよ?


「旦那様に契約を守る気がないのであれば、違約金をもっと高額にするなど、契約の見直しが必要なのではないですか?」


 強めに発言するけど、そのつもりはそこまでないですわ。

 あくまでも、ほしいものを手にするための、布石としての発言です。もちろん、違約金を高額にできるのなら、してもらいますけれど。


 スチュワートがびくりとしたから、私の言ってることは的外れではなく、当然のことなのでしょう。


「それとも、結婚を急いだように、旦那様は私との離婚も急いでいるのでしょうか?」

「そ、そんなことはないよ、リーナ」

「そうですか? 結婚するために決めた契約を守ろうとしないのは、旦那様が離婚したいからでは?」

「ち、違う!」


 まあ、そりゃそうでしょう。

 婚約破棄で失った旦那様の名誉をなんとかするための結婚だったのです。それがスピード離婚となったらもう、ド……旦那様の名誉は地下何メートルに落ちることやら。


 離婚したくない訳ではなく、こんなに早く離婚はしたくない、というのが本音でしょうけれどね。3年ぐらいしたら、私と離婚してどっかの恋人と再婚なさるのではないかしら?


「その言葉、信じられると思いますか?」


 なんか、このド……旦那様は、イケメンフェイスでにっこり笑えば全てが許されるとでも思っているのでしょうか? ……思っているのでしょうね。私もイケメンに流されないように、アゴに視線を集中させているけれど。そのへんがもう高位貴族としての自覚が足りませんわね……。


 私は完全にスチュワートへと向き直ります。本丸はこっちですわ! 落としますわよ!


「スチュワート。100ドラクマの違約金は2000ドラクマに。20万ドラクマの違約金は400万ドラクマに。それと、違約金の支払いは旦那様の私費から、ということにすれば、旦那様に契約を守ってもらえるかしら?」

「……400万ドラクマを旦那様の私費からというのは無理ですね。侯爵家も、さすがに400万ドラクマの違約金は認めないと思います。100ドラクマを2000ドラクマにして、旦那様の私費で負担させるというのは妥当なところでしょう。今、契約違反が起きているのは100ドラクマの違約金で契約している内容のところですし」

「お、おい、スチュワート……」


 もはや交渉相手は信じられない旦那様ではございませんわ。

 信じられる有能な家令であるスチュワートとの間で話はまとめるべきでしょう。


 そうですわよね? まあ、始めからそのつもりでしたけれど。うん。旦那様が相手では話になりませんものね。


 予算上、旦那様の私費は3万ドラクマで、私の私費の3倍ですわね。ただし、服飾費は3万ドラクマだから私費と服飾費を合わせた金額は夫婦で同じ。女性のドレス代の方が高いものね。


 交際費は旦那様の方が私よりも2万ドラクマも多い。そこは私の社交は最低限という契約が影響しているのだと思います。でも、そのお金が浮気男を浮気男として支えている気がするのですけれど?


 ……まあ、それはともかく、3万ドラクマの私費から違約金2000ドラクマの支払いとなると、さすがにボンボン育ちの旦那様でも痛いはずですわ。


「でも、今みたいに簡単に契約違反をされる状況は不安だわ。せめて、20万ドラクマを100万ドラクマくらいにはしてもらわないと。そもそも、旦那様が、契約を、きちんと守れば、違約金は発生しないのよ? そう思わない? スチュワート?」

「……50万ドラクマ。それで私が侯爵家に話を通しますので」

「今回の契約違反については?」

「今回はまだ契約を更改しておりませんので、その金額では応じられません」

「それだと納得できないわ、スチュワート。やっぱり離婚も視野に入れましょうか?」


 私とスチュワートのやり取りで空気になっていた旦那様がびくりと揺れたのが視界の端に見えます。離婚でびくりとするのなら、ヤリチンドクズをやめればよろしいのでは?


「……離婚は、奥様にとっても不名誉なことかと?」

「そんなことを気にするのなら、そもそも旦那様とは結婚しないでしょう? 公爵令嬢との醜聞はどこまで広がっていたと思っていて? 私ですら知っていたのよ?」


 私が気にしているのはお金とか、お金とか、お金になりそうなものとか、ですから! 高位貴族の責任の重みは、お金と引き換えですわ!


「……今の契約にありますが、物納の方ではいかがでしょうか? それなら、実質、金額的には高くなっても大きく問題はないかと」


 さすがスチュワート!

 そこですわよ! そこなのよ!

 そこを出してくる有能さを信じていましたわ! 旦那様なんてきっと契約内容を正確には覚えてませんものね……。


 でもこれで夕食の間に考えていた流れの通り!


 今、契約違反がふたつあるけれど、結婚直後とも言えるこのタイミングでの契約違反で100ドラクマ×2の200ドラクマなんて納得できませんものね。そういう感情は本心ですから演技ではありませんわよ?

 そうは言っても、契約更改前だから2000ドラクマ×2で4000ドラクマは支払えないし、受け取れない。契約違反で文句を言うのなら、定めてある違約金にも従わないとね……。

 でも、この流れなら、4000ドラクマ――およそ4000万円に匹敵する物納を求めても問題ない。そういう流れですわ!


 狙い通りですわ! まあ、だからといって、狙い通りっぽく、すぐに食いつくのはダメよね。ちょっとタメてから言わないと。くくく……。あら、いけませんわ。品位を保たないと。


「…………………………それなら、私は、サンハイムの山荘がほしいわ。前に話したけれど、あそこは思い出がある場所なの」

「……ああ、元はケンブリッジ伯爵家の所有だったのでしたね。……旦那様、いかがでしょうか? ちょうどよい落としどころです。サンハイムの山荘は、今は子爵家も侯爵家もほとんど利用していない別荘です。金額的には4000ドラクマくらいでおさまる範囲かと」

「いや、リーナがそれで納得するのなら、そうしてくれればいい」


 スチュワートを信頼して受け入れるのはよろしいですけれど、そこに旦那様本人の考えが本当は必要ですのよ? そういうところが、自覚が足りないのですわ……。


 まあ、それはともかく。


 エカテリーナは、お・ん・せ・ん! を手に入れた! やったね! 狙い通り! 私、狙った獲物は逃がしませんわ!






 ……そんなこんなで話し合いを終えて、私の部屋から出て行く旦那様は、なんか前に見たことがあるような、肩を落とした感じがしましたわね。

 あ、あれですわ。ケンブリッジ伯爵家で最初に契約内容を決めた時と同じですわね。

 そういえば、あの時の旦那様の侍従はやっぱりスチュワートでしたわね。あの時はスチュワートだと知りませんでしたけれど。当時は筆頭侍従で、今は家令ですものね……。


「お嬢さま、さすがです!」


 扉が閉まると、タバサが嬉しそうにそう言った。


「……お嬢さまではありません、タバサ。奥様と呼びなさい」


 いつものように、オルタニア夫人がタバサを叱る。


「それにしても、奥様は……本当に、旦那様の笑顔に、少しも流されないのですね……」

「そうかしら……?」


 なんか、オルタニア夫人がしみじみとそんなこと言うけれど、そうでもないと思うわ。もし、あのイケメンフェイスを直視していたら……アレはヤバいわ、たぶん……。






 さて。

 そんなことがあってから、わずか5日後のこと。


 またしてもミセス・ボードレーリルがやってくれましたわ……。


 伯爵家と子爵家、ひとつずつ。どちらも旦那様の親友と言える方のおうちです。

 夜会の出席がふたつ追加されました!

 あれぇ? どうしてでしょうねぇ?


 ホント、勝手なことをしてくれるものですよ、まったく。やっぱり、誰かが裏で動いているわよね、これは……。再試験とか、追試とか、そういうつもりかしらね……?


 しかも、家令のスチュワートがまだウェリントン侯爵家と契約更改について話を詰めている最中でしたので、契約はまだ更改前のままの、安い違約金で……うふふ……いいタイミングですわ……。


 翌日、旦那様が帰宅し、夕食を済ませた後、この前と同じように話し合いまして。


 サンハイムの山荘に加えて、チェスター湖の別荘とマークスの谷の農園を頂きましたよ。これで離婚しても住むところには困りませんわね。ホントは別荘だけれど。


 なんか、そのせいでさらに慌てたスチュワートが契約更改を血走った目で押し進めて、真っ白な灰になっていたような気もしましたけれど。まあ、それはともかく。


 今度こそ旦那様はミセス・ボードレーリルに「リーナが決めた夜会やお茶会の出欠を勝手に出席にしてはいけない」と強く命じたそうです。


 それはそうですよね。スチュワートが急いで契約更改しましたから、次からは違約金が2000ドラクマですもの。「フォレスター子爵家の不動産が全て奥様の物になるかと思いましたよ……」とか、スチュワートがこぼしていたけれど、契約、更改してなかったら、本当にそうなっていたかもしれませんわね。


 ……これが演技でないのなら、スチュワートは白。

 ということは、オルタニア夫人ね。私の教育係でもある訳ですし。

 私がミセス・ボードレーリルを辞めさせる機会を二度、追加したのでしょうね。お陰で不動産が増えましたわ!


 情報を集めたところ、この二人は、元々、お義母さまの侍女として一緒にお仕えしていたというのですから、間違いないでしょうね。ミセス・ボードレーリル、操られ過ぎですわよ……?


 まあ、という感じで。


 エカテリーナは、不動産を、手に入れた! ……おや、もはや私、資産家なのでは?


 元貧乏伯爵令嬢、このまま成り上がっていきたいと思います!







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