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3 ほぼ人身売買契約、でもそれでもいいの




「第一条件……」


 なんだか、打ちのめされたかのように、タラシ子爵さまの色っぽい唇が動いて、つぶやきが漏れました。


「はい。そして、次に、我が家の借金について、ですが……」

「次に、借金……?」


 動揺してらっしゃるみたいですけれど、これはチャンスと捉えましょうね。うん、チャンスでしかないですわ。押し切ります! エカテリーナ、どんどん行きます!


「子爵さまは、どうやら事前にお調べになったようですね?」

「あ、ああ。伯爵家の借金はおよそ20万ドラクマだと聞いて……」

「そのうち10万ドラクマを援助して頂きたいと思います」


 我が伯爵家の借金はおよそ20万ドラクマ。私の前世的感覚でこの金額はだいたい20億円ぐらいですわね。1万ドラクマで1億円という感じ。テキトーですけれど、だいたいそんな感じでしょう。


「10万ドラクマ? 半分なのでは? それで伯爵は納得……」

「お父さまには納得して頂きますのでご安心を。元々、全額、援助なさるおつもりだったのでしょう? それならば残りの10万ドラクマは、私の個人資産として頂きたいのです」

「わ、私の、個人、資産……?」

「はい。この結婚において、子爵さまの妻という大役を引き受けるのは私でございます。借金が半分になるだけで我が家はずいぶん助かります。けれど、それでは私の利がございませんもの」

「私の、利……?」

「この身を差し出すのです。高位貴族の妻という大役は一言では言い表せない苦労がございますでしょう? ですから、私は私の利を求めます。まあ、身を差し出すといってもあくまでも白い結婚ですが。ここは譲れませんわ」

「白い、結婚……」


 ……あれ? また動揺されたような感じが? この方、白い結婚ってNGワードなのでしょうか? まあ、こっちとしては相手が動揺しているのは都合がいいのですけれど。どんどん押し切りますわよ!


「私は我が家を継ぐ訳ではございません。継ぐのは弟です。姉と弟、たった二人の姉弟です。姉が背負う我が家の借金は半分でよろしいと思いませんか?」

「何、その理論……」

「残りの10万ドラクマの借金は跡を継ぐ弟がどうにかすればよいと思うのです。それに、半分とはいえ、借金の元本が減るのですからずいぶん助かるはずです。これで姉としての責任は果たしたと私は考えます。身勝手ですが。続けて、他の条件を伝えても?」

「あ、はい。どうぞ……」

「白い結婚で、お飾りの妻ではございますが、子爵家で、いずれは侯爵家でも、女主人としてきちんと尊重して頂きたいと思います。当然のことかと思いますが、その当然のことがなかなか守られないこともございます。ですから、きっちり、お約束を。もちろん、その代わり、子爵さまの愛人、浮気、その他もろもろの不貞行為には目をつぶりますわ」

「目を、つぶる? 不貞、行為に?」

「ですけれど、私、先程子爵さまがおっしゃったように、ほとんど夜会にも顔を出したことがございません。社交は子爵夫人、また侯爵夫人として最低限でお願いしたいです。我が儘で申し訳ありませんけれど。夜会に出たければ愛人でも連れてどうぞ」

「社交は、最低限……? 愛人を連れて……?」


 ……どうしたのでしょうか? 交渉中だというのに、なんだかずっと動揺していらっしゃるようですわね。この方が次期侯爵などと、本当に大変ですわね。まあ、今は本当に都合がいいので、今のうちにもっともっと押し切りましょう! エカテリーナ、さらにガンガン行きます!






 ……という訳で、いろいろと取り決めました。

 もちろん、ドットが用意した紙とペンで正式に契約内容を通常3枚のところ、4枚分契約書を用意しまして、我が伯爵家、侯爵家、私、法務局でそれぞれ保管することに。ばっちりですわ。

 法務局保管まですればもうばっちりですわ。契約内容をそれぞれが偽ることができませんもの。


 まず、白い結婚。

 これは絶対に譲れないので盛り込みました。しかも、この点についての違約金は20万ドラクマと高額設定ですね! 我が伯爵家の現在の借金と同額です!

 別に私の貞操はお高いわよ、などと自信を持っているのではなくて、タラシ子爵さまの性病の危険性がお高いのです!

 なぜかタラシ子爵さまは、白い結婚にとても動揺してらっしゃいますわね。やっぱり自分でも性病に気づいてらっしゃるのかしら……。怖いですわ……。


 次に我が伯爵家への援助金として10万ドラクマ、私の個人資産として10万ドラクマ、合計20万ドラクマ、頂戴しますわ。

 うーん、金持ちって、すごいですわね。一気に資金が手に入りましたもの。びっくりですわ。何に使いましょうか……。

 そもそも我が伯爵家では私の結婚に持参金を用意できません。まあ、身売り同然の嫁入りです。言ってみれば、我が伯爵家が20万ドラクマの援助金をもらって、その半分の10万ドラクマを私の持参金として持って行かせるようなものです。10万ドラクマなど、きちんと領地経営で成功している伯爵家から侯爵家への嫁入りであれば当然の金額とも考えられる訳で。

 うん、そういうことでしょう! そういうことにしましょう!

 追加で、これ以上の伯爵家への援助はしないということも明記されています!

 金持ちの家に嫁いだからといって高位貴族の妻として大変な中、実家から頼られるのはごめんですわ! お父さまとか、頼ってくることが目に見えますもの! 弟ならまだしも、父が頼ってくるとか絶対に許せませんわ!

 タラシ子爵さまとすると、用意していた20万ドラクマが誰の手に渡っても関係ないでしょうし、特に問題はないはずです。

 ぐふふ……10万ドラクマ、何しようか……あら、いけませんわ。品位を保たなければ。

 結婚できない可能性も高かったのに、10万ドラクマも頂いて結婚できるとか、タラシ子爵さまは神かもしれませんわね。タラ神。あと、この10万ドラクマに関しては、婚約破棄した公爵令嬢にも感謝を捧げたいです。

 まあ、高位貴族の妻という重い責任を考えれば、10万ドラクマなんて安値しか付かない私の価値がその程度とも言えますわね……。


 とりあえず!


 エカテリーナは、資金を、手に入れた! やったね!


 他にも、女主人として尊重すること、社交は最低限でよいこと、どちらも受け入れてもらえました。はっきりと契約にあることが大切ですわ。

 ただし、社交については、もう少し具体的に設定されています。

 夜会は、王宮主催の大夜会は必ず出席。

 その他、ウェリントン侯爵家主催の夜会、お茶会などは基本的に出席。基本的にというのは、病欠を認めてもらうという点ですわね。あと、物理的な距離で無理な場合。旅行中とか、ね。あ、もちろん仮病はしませんよ?

 同格と考えられる他の侯爵家の夜会やお茶会は基本的に行かないでよい、と。格上の公爵家以上の場合は、状況次第で応相談。格下なんて不参加。もちろん不参加です。あ、数少ない友人との個人的なお茶会とかは別ですわよね。

 この点についての違約金は100ドラクマ、もしくはそれに値する何か。物納ありで。交渉は必要ですけれどね。

 私的には違約金が100万円も頂けるということに。ぐふふ……。行かなくてもよい、行きたくない夜会に、子爵さまの都合で参加すればそれだけで100万円……。2、3時間ほど壁の花になれば100万円とは最高のバイトですわ……まあ、侯爵家の嫁として参加する場合、そんな気楽なものではありませんけれどね。だからこそ、100ドラクマくらいは頂きますわ。

 子爵さまにとって100ドラクマなんて気にならないレベルらしいのはびっくりですわね。貧乏伯爵家とは感覚が違い過ぎて困ります。やはりこの方、高位貴族としての自覚が足りないわ。尻に敷かないと、尻拭いばかりさせられそうですわね……。


 まあ、他にも、タバサとドットを連れて行くこととか、認めてもらいましたわ。

 子爵さまは、え、二人だけなのか? みたいな感じで、5、6人はかまわないとかおっしゃるけれど、貧乏伯爵家にはそんなに上級使用人は存在しておりません。でも、新たに雇ってもいいらしい。うーん、考えどころですわね。

 結婚に関する諸費用は侯爵家が支払うとかも、当然という顔で子爵さまは認めてくれました。その時、お顔を直視してしまったけれど、本当にイケメンでしたわ……。あれはやばいです。危険です。誰も見てはならぬ……。


 契約書を4枚準備して、支援金で抵抗する父をかなり強引に納得させて、私の婚約は無事に成立。


 お帰りになるタラシ子爵さまをお見送りしたけど、なんだか、来た時と違って、すごく背中が疲れてらしたわね。どんまい。頑張ってくださいませ。侯爵家を継ぐのでしたら、この程度の交渉、平気で笑って済ませてほしいものですわ……。


 去り行く侯爵家の馬車を見ながら、タバサが「さすがはお嬢さまです。あの、とてつもなく美しいお顔に、これっぽっちもなびかないのですから」と言った。


 ……いや、そうでもないですわよ? 1回、直視しましたけれど、その時はやばかったですもの。






 そこから十日後には、我が身ひとつでウェリントン侯爵家にお部屋を頂いて、婚約者としての嫁さん教育がスタート。大変でしたわ。でも、頑張りました。

 その5日後には親戚関係への婚約者のお披露目。

 例の公爵令嬢よりも先に再婚約という課題もクリアして、侯爵家としては安心、だといいですわね。


 一方、私は、社交界に流れた婚約の噂で『古着ドレス組』の貧乏令嬢仲間のみなさんからどんどん真偽を確かめる手紙が届いたり、その中に借金の申し込みがあったり、お金は貸せないけど侍女の枠が空いてますわよと紹介してお友達を新たな侍女として雇ったりと、まあ、いろんなことがありました。


 ちなみに、婚約者として侯爵家で生活する私の侍女は、とりあえずタバサ。

 そのタバサが入浴の世話をしてくれながら「……お嬢さま、わたくし、まだこちらの侯爵家では侍女見習いの扱いなのですが、あの、給金は伯爵家の4倍になりまして……」とまあ驚きましたわ……。さすが金持ち侯爵家。

 そこで私は「いい、タバサ? 実家への仕送りは増やしてはダメ。いい? ダメよ? いくら貧乏伯爵家とはいえ、ケンブリッジ伯爵家にもプライドはあるの。だから、仕送りは今まで通り。いい? タバサのためではなく、伯爵家のために仕送りは今まで通りで。……その分、タバサが自分で使うお小遣いの金額がとても増えるのよ。たまに実家に帰る時にちょっといいお菓子でも買って帰れば十分よ。仕送りは今まで通りでお願いね」とくれぐれもタバサに、伯爵家に恥をかかせないように言い聞かせました。

 タバサも「わかりましたお嬢さま。仕送りは今まで通りでやっていきます!」とにこにこ笑顔。うん。それでヨシ! これぞウィンウィンな関係! ケンブリッジ伯爵家の名誉は守られ、タバサのお小遣いは増えるのですからね!


 お友達の『古着ドレス組』のアリー――アリーミレイ・レキシントン男爵令嬢とユフィ――ユフィリア・バステイン男爵令嬢の二人を、頼まれた借金を断る代わりに新たな侍女見習いとして雇い、タバサも含めた三人の指導役も兼ねて侯爵家から付けられたオルタニア夫人が私の筆頭侍女になりました。


 オルタニア夫人は子爵家の令嬢出身で、12歳から侯爵家の行儀見習いでお義母さまの侍女として務め、執事のひとりと結婚した人、らしい。オルタニア夫人は私の教育係兼相談役も兼ねています。まあ、もちろん、監視も、ですわね。


 もう一人、クリステル・オルブライト男爵令嬢も侍女。

 ただし、クリステルは侯爵家の寄子の男爵家出身でしかも武門の子。実は女騎士で、護衛だったりする訳です。

 ちゃんと男性の護衛騎士も、侯爵家の騎士団から派遣されていますけれど、女性で側にいる護衛として重要なポジションみたいですわ。騎士なのに髪を結うのも上手って、どういうこと? ちょっと他の侍女より力強いけれど。


 侍女だけで5人って侯爵家っておかしくないですかね? 護衛の騎士も交代で常に二人はいますし。いえ、おかしいのは没落寸前のケンブリッジ伯爵家の方ですわね……。


 まあ、そんなこんなで相変わらず見目麗しい婚約者さまはできるだけアゴしか見ないように接しつつ、結婚式での誓いのキスで性病がうつらないか、とてつもなく不安になってマリッジブルーになってしまったりしながら、結局、式での誓いのキスの瞬間、そっと顔を背けることで、眩しいイケメンから目をそらしつつ、唇が触れ合わないようにして乗り切ったりしまして。頬なら病原菌には感染しませんわよね……?


 とりあえず、あの契約の日からおよそ4か月という、通常の婚約からの結婚よりもかなり早いタイミングで、タラシ子爵さまのお嫁さんにスピード就職しましたので、ございます。怖いわ、高位貴族のゴリ押し……。


 そして、私の成り上がり物語は幕を開けるのですわ。


 ……と、都合よく、思ってみたり、しております。







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