のんびりできる温泉付きの山荘は最高、の、はず……。
「奥様。本当によろしかったのでしょうか? 公女殿下からのお誘いを断るためとはいえ、サンハイムへ向かうなどと……」
「いいわよ、別に。タイラントからも別荘の新館が完成間近という手紙は届いていたし、今ならまだ雪もそこまで積もっていないもの」
向こうに着いてしまえばむしろ雪が積もってほしいくらいですわ!
タイラントおにいさまからの手紙で、建設中の別荘の新館がもうすぐできるということを知りましたので行かない理由がないのです。
設計にもしっかりと口出しした温泉宿ですから、完成するのであれば一番に見たいと思うのは当然ではありませんか!
もちろん名目上は視察ということになりますわ。
これで堂々とサンハイムの山荘へと行くことができます。
それにあの公女殿下も流石にサンハイムの山荘までは追ってこないと思います。
王都のフォレスター子爵家の屋敷に届いた手紙は受け取らずに不在だと伝えて追い返せばいいのですから簡単に処理できます。
……それでも受け取るようにと言われてしまえば、サンハイムの山荘まで誰かが届けることになるかもしれませんけれど。
その時にはスチュワートがうまく処理するでしょう。彼はとても優秀な家令ですもの!
「オルタニア夫人もあそこの温泉は気に入っているのでしょう?」
「それはまあ、そうですけれど……」
「お義母さまに後で何か言われそうですわね。まあ、そこは聞き流しておきましょう。別に今は温泉が流行している訳でもありませんし、お義母さまがお望みなら別にあそこの山荘をお使いになるのは構いませんから」
かつては王都での社交もそこそこに、高位貴族たちはサンハイムへと出かけたそうです。温泉ブームだった頃には。
私のお祖母さまがまだお若い頃の話ですわね。
むしろサンハイムでの社交もあったとか聞きました。
温泉地までやってきて社交とか、貴族というものは本当に残念ですわね……。
流行が去ってからはサンハイムの別荘をまともに管理している貴族の方が少なくなっているそうですから、サンハイムの山荘に行けばのんびりできることは間違いありません。
素敵な温泉三昧の日々が待っていますわ!
大富豪であるウェリントン侯爵家はかなり特殊なのです。
サンハイムに建てた別荘を管理できなくなったような貴族家とは違いますから。
サンハイムの山荘は王都から数日かかる場所ですけれども、その途中の町に……ひとつひとつ家を用意しているのですわ。これはサンハイム以外の別荘でも同じです。
もちろん、豪華な屋敷ではなく、道中で一泊するためだけの小さな屋敷です。屋敷という言葉を当てはめることもおかしいのかもしれませんわね。
領地で新規雇用とした少年少女のうち、何人かはこのような屋敷やサンハイムの山荘へと配置しています。王都屋敷よりも給金はほんの少し高めに設定して。
いずれは少しずつ配置箇所を移動させつつ交代させていくことで、道中の屋敷も、サンハイムの山荘も、全てを経験した使用人にしていくつもりです。特に、道中の屋敷の場合、その町の市場などにも詳しくなっておかなければいけませんので。
3カ月か4カ月くらいで交代させたいところですわね。
そして、実は……サンハイムの山荘でのお勤めはある意味で使用人にとっての休暇にもなる訳です。
普通なら移動する中にこういった屋敷での世話をする下級使用人も含むのですけれど、今回は既に配置している使用人がいます。だから、同行する護衛騎士を増やしました。
雪中行となる可能性も考えて、力仕事ができる人材を確保するという意味もあります。
……護衛騎士もサンハイムで少しはゆっくりできるでしょうし。護衛騎士たちにとってもちょっとした休暇ですわ。
オルタニア夫人も含めて、女性陣の表情は穏やかですから……皆様、温泉が楽しみなのでしょう。前回もゆったりと楽しんでおりましたし。
もちろん、私も楽しみです。
「……奥様。本当に新しい山荘を建ててしまわれたのですね……」
「予備費が使えましたからね。ありがたく建てさせて頂きましたわ」
「流石はお嬢さまです」
「奥様、です。タバサ。あなた、わざとやっているでしょう?」
オルタニア夫人が旧館――元々あったサンハイムの山荘から少し離れたところに建つ新館を見上げてそう言いました。
残念ながら建物は私個人の所有にはなりませんでしたけれど。
ここの土地は既に私の物ですから、いずれ建物の方も買い取る予定ですわ。
スチュワートとは既にそういう話を済ませています。そういう話にしなければ予備費を使わせてはもらえませんでしたし。
驚くのは中を見てからですわ!
私たちは完成したばかりという新館の中へと入ります。
靴のままという部分はこちらに根付いた風習ですからあきらめましたけれど……。
「……これは」
「ずいぶんと大きいお風呂でございますね……」
「ラホース式の大浴場の形とよく似ておりますが、少し違う形が違うようです」
私の図書館仲間で、デビュタントを終えてフォレスター子爵家の新たな侍女となったアリステア――ステアは流石に詳しいですわ。
本当は日本の大浴場をイメージしたかったのですけれど……うまく伝わりませんでしたから。
図書館の資料で簡単に説明できるのがラホース式でした。図鑑に絵もありますので。
エカテリーナは大浴場を手に入れた! やったね!
ただ、この大浴場は大きな湯舟の中が二段階に分かれています。
ここは私のオリジナルですわ。
腰を下ろせば肩までゆっくりと浸かることができる深さのところと、寝湯と呼ばれるとても浅いところがございます。
この寝湯の方ではちょうど頭のところに洗い場も用意してありますから、温泉に浸かったままで髪をゆっくりと洗ってもらえるようになっているのですわ。もちろん洗髪しても湯舟のお湯を汚さない設計ですから安心です。
二人同時にごろりとできるところもいい感じですわ。
温泉の湯はサンハイムの山からひたすら溢れ出ているので、ここはいわゆる源泉かけ流しという状態になっております。
旧館のような猫足のバスタブとは違って、使用人の筋トレのような作業は不要なのですわ!
女湯と男湯も分けております。はっきり申し上げますと、女湯から溢れ出た湯がそのまま男湯へと流れる仕組みになっています。
湯舟の下の方の石壁に何カ所か小さな隙間がありまして、そこから男湯へと繋がっているのです。
女湯よりも男湯の方が一段低い造りとなっておりますわ。もちろん、のぞきなどはできません。
本当は露天風呂を作りたかったのです……でも、そういう文化はこの国では到底受け入れられないということで泣く泣くあきらめましたわ……。
「あとでみんなで入りましょうね」
「いえ、奥様。まずは奥様がお入りなってから、私どもは何人か交代で入らせて頂きます」
「そう? みんなと一緒が楽しそうなのだけれど……」
護衛も兼ねる侍女であるクリステルなんかはタイミングが難しいというのは分かります。
それに主人と仕える者の違いというものも……重要なのでしょうね。残念ですわ。
これならどなたか『古着ドレス組』のお友達を誘っておけば良かった……。
私はそんな感じで、ほんの少しさみしい思いをしたのです。
その思いがどこかの神様に間違って伝わったのでしょうか。
サンハイムの山荘の新館で数日のんびりと過ごしていたある日のこと。
「……奥様。先触れが届きました」
「先触れ?」
「はい。明日には公女殿下がこちらの山荘を訪れたいとのことです」
「え……?」
「伝言に『これで3度目よ』と、ございましたけれど、奥様は何かご存知でしょうか?」
あの公女!?
こんなところまでやってきやがりましたわ! 公女の自覚はございませんの!?
私がいつものメンバーでのんびりできる時間はどうやら終わったようです……。




