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21 マウントの取り方




「奥様……お待たせしました」


 マンチェストル侯爵家の執事、ニルベジョージ・スティング子爵令息を案内して執務室へと入ったスチュワートが一瞬だけ眉間にしわを寄せてから、真顔に戻りました。その一瞬で現状を把握する能力がスチュワートの魅力ですわね。


 案内されたスティング子爵令息は執務机の前に進み出ます。


「マンチェストル侯爵家の執事、ニルベジョージにございます。マンチェストル侯爵家が寄子、ライスマル子爵について、マンチェストル侯爵家の意向をお伝えします」

「……私にそのようなことを言われましても、困ります」

「今回のライスマル子爵家の夜会での不手際について、フォレスター子爵家よりマンチェストル侯爵家へ抗議の手紙が届きました。こちらへ申し上げるのが筋かと」

「私に言われましても困ります」

「お困りであろうと、聞いて頂きます。マンチェストル侯爵家としては、現ライスマル子爵には引退して頂き、マンチェストル侯爵家の縁戚より後継を指名します。前子爵夫人がその死をもってこちらへの謝意を示したことも、お伝えします。これをもって、ライスマル子爵家とフォレスター子爵家との問題を終わらせたいと考えております」


 ……あらあら。ずいぶんとマンチェストル侯爵家に都合のいい解決策ですこと。こちらの抗議を利用しての乗っ取りではありませんか。


「私に言われても困ります」

「そちらがお困りでも一向に構いません。新たなライスマル子爵のお披露目をもって、今、各商会へそちらがかけている圧力は、なかったことにしてもらいます」


 ……本当に、上からの発言ですわね。恥ずかしくないのかしら? ご自分が侯爵なのではないでしょうに。前世でいうところの、マウントを取りにきておりますわね。


「私に言われても困ります」

「あなたが出した手紙の返答です。困ります、としかおっしゃらないのでは話になりませんよ、フォレスター子爵夫人」


 ふん、と馬鹿にしたようにスティング子爵令息が鼻息を出しました。


 ……さて、準備完了ですわね。私は、椅子に座っている侍女のアリーの背に軽く触れます。これが合図です。

 アリーはその合図に合わせて、後ろに立っている私を振り返ります。


「……奥様。面白がってらっしゃらないで、どうにかしてくださいませ。本当に、私にあんなことを言われても困るのです」

「あら、アリー、ごめんなさいね。でも、あまりにも面白かったのですもの」

「は……?」


 前世で言うところの目がテン、という感じでしょうか。スティング子爵令息が大変間抜けな顔になっていますわ。狙い通りですけれど。では、エカテリーナ、行きます。


「ど、どういうこ……」

「ずいぶんと偉そうに、私の侍女に向かって話しかけるどこかの侯爵家の執事とやらが面白くて。ついつい、見守り続けてしまいましたわ」

「へ……侍女……?」


 執務机に向かって座っているアリーとその後ろに立っている私を交互に見て、混乱の度合いを深めるスティング子爵令息が、ますます変な顔になっていますわね。面白いですわ。マウントを取ったつもりでしたのね? 今からひっくり返して差し上げます。


「奥様、私、本当に困っておりましたのに……」

「私は楽しんでおりましたわ」

「……あ、あなたが、フォレスター子爵夫人?」

「ええ、そうですわ、エカテリーナ・フォレスターにございます。マンチェストル侯爵家の執事というのは、ずいぶんと教育がなっていないようですわね。おまけに無能とは。お話になりませんわ」

「な、なぜ、侍女が執務机で執務を……」

「あら? どこかの侯爵家では違うのかしら? この子、私の侍女でしょう? いずれ、ウェリントンの寄子のどこかに嫁ぐ可能性が高いの。ですから、女主人としての執務について指導している最中でしたのよ。ほら、どこかの侯爵家の執事は教育が十分ではないから、面会予約の仕方も知らずに、突然の無礼な訪問でしたでしょう? 執務室で侍女を指導するこちらの予定は変える必要もないと思いましたの。ウェリントンでは侍女の将来への教育も大切にしていますもの。ああ、どこかの侯爵家はろくに執事の教育もできないので、こういうことは考えたこともないのかしらね?」

「な、無礼な……」


 まあ、礼とは何かもよくわかっていないというのに、人に向かって無礼などと、まさに失礼ですわね。おかしな方。


「無礼はどちらですか、恥を知りなさい。訪問先の女主人の顔も知らぬような執事を、面会予約もなく遣いに出して、用件を女主人の侍女に向かって説明させたのはどこの侯爵家ですか? 寄子の不始末に対して誠実な対応をするつもりもなく、まともな面会予約すら行わず、たかだか執事ごときを寄こしておいて、その執事は交渉相手の顔もまともに覚えていないではないですか。無礼に無礼を重ねているのはどちらか、このような簡単なこともどこやらの侯爵家の執事では理解できないのかしら?」

「ぐ……」


 ……理解できたみたいですわね。良かったですわ。

 まあ、大夜会以外の夜会には出ずに、お茶会もごく一部の友人たちとだけ、という私の顔を正しく認識しているのは、ここ最近のあの3つの夜会に参加していなければ、ものすごく優秀な方か、ごくごく親しい方くらいでしょうけれどね? あとは王立図書館の司書の方とか、それくらいかしら?


 ウェリントンの嫁として出て目立つことが明らかな今年の大夜会の前だからこそ使える、一度限りのこの罠、しっかりと嵌まって最後までもがきなさいませ。


「あら、それとも、マンチェストルはウェリントンとの全面戦争をお望みなのかしら? 私、マンチェストルに抗議の手紙をしたためた後、ウェリントンのお義母さまからこの一件での全権を預かりましたのよ? ですから、今、はっきりと、マンチェストルの執事を名乗るあなたに申し上げますわ」


 私はにっこりとスティング子爵令息に微笑みかけます。


「無礼に無礼を重ねるような真似をしておいて、一方的な手打ちができるなどと勘違いなさらぬように。私、次期侯爵夫人ですのよ? そのような傲慢な要求を飲むほど、このエカテリーナ・フォレスターは安くはございませんの。あなたは面会予約の取り方から学び直して、出直してらっしゃい。ああ、それと、あなた、今回の自分の失態はきちんと報告できるのかしら? 私の顔がわからず、侍女と交渉して笑われました、と。心配だわ。それができないと、マンチェストルとウェリントンのどちらかが潰れるまで、この争いは続きますわよ? あなたにその覚悟はあって? 自分の責任でマンチェストルがすり潰されていくことを背負う覚悟はございますの?」

「………………」


 あら、何も言い返せないようですわね? 本当に大丈夫かしら? さすがに今のウェリントンとやり合えばマンチェストルに勝ち目はありませんことよ? 同格の爵位だからといって、手にしている力が同じではありませんもの。


「スチュワート、手紙を」

「はい」


 スチュワートは執務机の上に用意してある、フォレスター子爵家ではなく、ウェリントン侯爵家の紋章が入った封筒をスティング子爵令息の目の前に差し出します。


「これは、改めてウェリントン侯爵家からマンチェストル侯爵家への抗議と、大夜会での別室での会談を求める手紙です。この場でのあなたの失態とともに、侯爵様へと確実に届けて頂戴」

「…………か、かしこまり、ました」

「この失態で、あなたの家がライスマル子爵家のようにならなければいいわね、スティング子爵令息」

「う……」


 ……こちらはあなたがどこの家の人間か、把握していますわよ、というアピールですわ。最初から最後まで傲慢な姿を保てないのであれば、丁寧で真摯な対応を日頃から心がけるべきですわね。


 まあ、面会予約なしでの訪問はフォレスター子爵家の上に立ちたいマンチェストル侯爵家からの指示でしょうし、あの高圧的な態度も指示されていたのでしょうから、そこはマンチェストル侯爵家で問題にされないとしても、交渉相手の私の顔を知らずに、私ではなく、私の侍女に交渉内容を話しかけたというところは、どう判断されるのでしょうね?

 スティング子爵令息がこちらの罠に嵌められたことはすぐにわかるでしょうけれど、だからといってこれが大失態であることは間違いありません。罠に嵌められるような間抜けな執事にマンチェストル侯爵家での未来はありますかしら?


 でも、これで、マンチェストル侯爵家との交渉は楽になります。ライスマルの大奥様の最後のお願いを叶えられるかもしれませんわね……。


「スチュワート、お客様がお帰りよ。では、アリー、続きをしますわよ」

「はい、奥様」


 私とアリー、そして他の侍女たちも、もうスティング子爵令息を見ておりません。


 スチュワートに促されてスティング子爵令息は執務室から出て行き、スチュワートが扉を閉めます。


「…………アリー。セリフが棒読み過ぎよ」

「だって、奥様。演技なんてしたこと、ございませんのに」

「確かに棒読みでしたね」

「そんなこと言うならユフィがやればよろしかったのに」

「そこは、奥様のご指名でしたもの」

「あなたたちも、奥様も、おふざけはここまでに致しましょう」


 オルタニア夫人が私たちを止めます。そういう立場で、そういう役割ですものね。


「………………奥様は、どうしてこのようなことを思いつかれるのでしょう?」


 クリステルがまるで独り言のようにそうつぶやきました。


 ……自分が目立たない貧乏伯爵令嬢だったと自覚しているからかしらね? 相手が私の顔をきちんと把握している可能性は低いと思えましたもの。


「つい最近、似たようなことをスチュワートに言われたわ」

「……アレと一緒にされるのは嬉しくありませんけれど、アレにとってでさえ、奥様は何というか……想定外なのですね」


 実はスチュワートとクリステルは幼馴染らしいです。でも、恋とか一切ないそうです。そもそも子どもの頃から、クリステルの方が強くて、スチュワートは泣かされ続けていたそうなので。でも、お勉強はスチュワートの一人勝ちだったらしいですわ。


「クリステル。奥様のことはどれだけ考えても答えは出ません。それに、護衛にはあまり関係はないでしょう? 気にしないようになさい」


 ……オルタニア夫人、その、私のことは考えるだけ無駄、みたいなその意見はどうなのかしら?


「さすがはお嬢さまです」

「奥様、です。タバサ、もう、本当にいい加減になさいませ」


 そこで、あははとみんなが笑って、この日の事件は終わりました。






 この日もまた旦那様はお帰りになりました。……きちんと家に帰ってくるとは、これも成長ですわね。小さな子どもレベルですけれど。

 今夕は宝石プレゼントがありませんでした。ようやく、意味不明な行動がなくなったので、私もひと安心です。


 しかし、夕食では、いろいろと話しかけてきて、正直な気持ちを言えば、かなりうざかったですわ。私との関係をなんとかしようと努力してらっしゃるのでしょうけれど、とりあえずこの前から申し上げている2000ドラクマの支払から始めてほしいですわね。


 食後は私室でゆっくりと寛ぎます。タバサのマッサージがとても気持ちがいいのです。夜の私室は、外に護衛騎士が二人、付きますので、室内にクリステルはいません。クリステルはこの時しか休めないのでしょう。

 アリーとユフィは交代でどちらか、タバサが夜は必ずいてくれます。もっともプライベートな時間ですから、一番慣れたタバサが一緒にいてくれるのです。

 今日はアリーの日です。昼に執務室で私の身代わりをさせてしまったので、ちょっとだけ今もプリプリしています。ほんのちょっとですけれど。

 夜のお世話をする侍女は、この私室の中にある扉で繋がっている侍女用の控えで休みます。基本、タバサはここで休むことになります。もちろん、タバサの私室はその控えとは別にあります。お金持ちのお屋敷はすごいですわ……。


 こんこんこんと扉がノックされて、アリーが確認に向かいます。


 扉が開いて、オルタニア夫人が入室してきました。


「奥様。お手紙でございます」

「そう。ありがとう、オルタニア夫人」


 オルタニア夫人から手渡されたのは、王家の紋章が入った封筒に、王妃さまの印章で封緘された手紙でした。


「これが、奥様の切り札でございますか?」

「オルタニア夫人は、私と王妃さまの関係を知っているのかしら?」

「……奥様のお父上、ケンブリッジ伯爵が王妃さまの従兄にあたるというのは存じております。王妃さまから見て、奥様は従兄の娘、でございますね」


 アリーが目を見開いて驚いていますわね。男爵令嬢ではこのような血縁関係については知らなくても不思議ではないけれど。私も特にそういう話をこれまで話してきませんでしたし。


「そうね。近いとも言えるし、遠いとも言える、その程度の血の繋がりね」

「……このように私信が届くぐらいには、親しい関係にあるのですね」

「女には誰にでも秘密があるものよ、オルタニア夫人」

「……大奥様はおそらく表情を変えないとは思いますけれど、内心ではきっと驚かれることでしょう」

「オルタニア夫人も驚いたのかしら?」

「ええ、驚きました。これが届くとおわかりでしたから、あの話でしたか」

「どうかしらね……」

「……次期侯爵夫人である奥様と王妃さまが親しい関係にあるというのは、確かに、ウェリントン侯爵家にとっては、悪い話ではございません。もう、奥様のお好きなようになさいませ」

「あら、見捨てないでくださいませ、オルタニア夫人。私の教育係でしょう?」

「……奥様は私どもの手には負えません」


 そう言い残して、オルタニア夫人は私の私室を後にしました。


 私と王妃さまの本当の関係は、大夜会でお義母さまに、最高の形でお知らせするつもりですわ。それを同時に、お義母さまを通じて、間抜けなマンチェストル侯爵家にも突き刺すのです。


 ……大夜会が楽しみに思えるなんて、初めてじゃないかしら?


 セレブのみなさんって、こんな気持ちだったのですね。お金がたくさんあるってすごいですわ。


「さすがはお嬢さまです」

「奥様、です。タバサ。また叱られますよ?」


 さっきまで少しだけプリプリしていたことを忘れたかのようにアリーがとても穏やかにタバサを注意しました。


 今夜も、私の周りは平和なようです。







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