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20 大切なものは




 今日から、3日間、スチュワートとオルタニア夫人がお義母さまへの報告を止めて、遅らせてくれる期間です。

 今日からですので、昨日のモザンビーク子爵との交渉……商談ですわね……については、既に報告されているのでしょう。あれをお義母さまがどう考えるのか、少し楽しみですわ。


 朝は旦那様のお見送りから。これも毎日となると、面倒ですわね……。いっそ、帰ってこなけれ……いいえ、それは言ってはいけませんわね……。


 旦那様の次は、サラたち、針子ガールズをお見送りです。


「大変でしょうけれど、お願いね」

「はい、奥様。お任せください」


 サラたちは、フォレスター子爵家の衣装室にある古いドレスから回収した扇襟のレースの羽を手に、今日はヨハネスバルク伯爵家、明日はモザンビーク子爵家へと向かい、ご令嬢のドレスの色と同系色の扇襟を縫い付けるのです。

 大夜会での三つ羽扇の襟のドレスを増員しますわ。これで、私の侍女3人、お友達4人、おまけでモザンビーク子爵令嬢が追加されて、8人です。大夜会での宣伝効果がアップしますわ。

 まあ、これはサラに任せておけば問題ないでしょう。


 私は家政と執務をこなしながら、午後からの男爵令息との面会に備えます。ライスマル子爵家で、ダンスの時に、旦那様を止めようとしたけれど、身分差で結局動けなかった彼、ウェンディー男爵家の次男です。

 スチュワートの調査の結果、彼はいわゆる部屋住み……言い方は悪いですけれど、かつての私と同じ、不良債権ですわね。

 跡継ぎのスペアですけれど、跡継ぎが健康に育てば、家を出て働かないのなら、邪魔者に早変わりですわ。

 五爵位では最下位の男爵家出身、その男爵家も大して力がないのでは、王宮やどこかの領地での役職に潜り込めるようなコネはなく……しかし、人格、能力に申し分なし、とのことでした。

 今のところ、ナナラブ商会で雇って、タイラントおにいさまの下に付けて、ランドリネン商会のサポートを任せようかと考えています。


「それでね、エルマ。あなたにはランドリネン商会の会頭になってほしいの」

「あ、あの、奥様……?」


 エルマはランドリーメイドのメイド長です。下級使用人ではありますけれど、今はソファに座らせてお茶を出しています。そのせいか、緊張していますわね。


「ほら、エルマはあと2年と少しで年季明けでしょう? その後の仕事に丁度いいんじゃないかと思って」


 フォレスター子爵家は……というか、ウェリントン侯爵家では、下級使用人の奉公期間は30年です。だいたい12歳くらいから見習いとして働き始めるので、42、3歳くらいが年季明けです。

 エルマは今40歳なので、あと2年でこのお屋敷を出ます。


「あ、あの、商会の、会頭というのは……」

「大丈夫よ、大丈夫。細かいことは別の人がやってくれるの。お仕事は洗濯。そこは何も変わらないから、大丈夫よ、エルマ」

「で、ですが、奥様。会頭なんて、そんな……」

「ランドリーメイドのメイド長に加えて、会頭としての給金を上乗せするわ」

「やります。何をすればいいのでしょうか?」


 ……あら。この人、私の仲間かもしれませんわ。


「そうね。しばらくはこのお屋敷で、ベッドシーツと枕カバーの洗濯が増えるわね。商会の場所が決まったら、このお屋敷で洗濯室のメイド長として働きながら、部下を商会の方へ行かせたり、自分が出向いたりして、ベッドシーツと枕カバーの洗濯よ。とりあえずは、とにかく洗濯よ」

「洗濯ならお任せくださいませ」

「年季が明けたら、商会の方で住むところを用意するわ。そうね、50まで、頑張れるかしら?」

「はい、奥様。うちの母は今年62ですが、元気に畑を耕していると聞いてます。きっと私も大丈夫です。年季が明けても、居場所が頂けるのは嬉しいです。50と言わず、ずっとでも働かせてください」

「そうしてあげたいけれど、ずっとはさすがに難しいわ。次の子たちに道は譲らないとね」

「ああ……そうでございますね……」


 ……そうね。その後も、考えてあげないと、そのまま死なせるようなものですわ。女性の下級使用人は結婚できない子が多いですから、将来的には独居老人ですものね。


「……とりあえず、50までにしっかりとお金が貯まるようにはするわ。その先はまた、考えましょう」

「ありがとうございます、奥様」


 フォレスター子爵家で年季が明けたら、フォレスター子爵家が出資する、もしくはナナラブ商会が出資する商会で働く、というのは言ってみれば天下りのようなものですわね。


「それでね、エルマ」

「はい、奥様」

「洗ったシーツとカバーは、持ってきたところへ届けるのよ」

「持ってきたところ、でございますか?」

「そう。どこかの貴族のお屋敷ね」

「はあ」

「そこに届ける時に、ベッドメイクを手伝うようにサービスするの」

「わたしゃ、洗濯以外は……」

「エルマは洗濯して、洗濯室から指示を出して、他の子に行かせればいいわ」

「……あの、奥様? 今、たくさんいる見習いが、専属とは違った育て方なのはひょっとして?」


 そう。ランドリネン商会の働き手の候補は、今、たったひとつの使用人の椅子を争う中で、ハウスメイド、キッチンメイド、ランドリーメイドとしての基本技能を磨いて、その上で使用人として選ばれなかった子たち。


「それよりも大事なのはね、エルマ」

「はい」

「噂話を集めることなの」

「噂話、ですか?」

「そう。シーツを届けた先、そこの使用人たちとベッドメイクをしながら仲良くなって、世間話をして、その家に誰が出入りしているか、どの商会、どの店で何を買っているか、とにかくなんでもいいから噂を集めるの」

「噂を、集める、ですか……」

「それと、時には、こっちから噂を流すことも必要よ」

「噂を流す……」

「難しいことを考えなければ、こっちのことは漏らさず、話さず、相手のことをしっかりと聞く、聞き役になることね」

「なるほど」

「まあ、洗濯して、ベッドメイクして、楽しくおしゃべりして、聞いた内容を報告するお仕事なの、ランドリネン商会は」


 ランドリネン商会はほんの少し、利益があればいいの。

 そこで集めた噂話はタイラントおにいさまか、その下に付く予定のウェンディー男爵令息がまとめて、スチュワートに報告。気になる噂についてはスチュワートがさらに精査する、と。

 ちょっとした諜報部隊ですわね。私、それぞれの家の下級使用人が握っている情報は侮れないと思うのです。


「それなら、私が会頭でもやれそうです」

「そう、よかったわ。今はモザンビーク子爵家ひとつだけで、来年1月から、1の付く日と6の付く日に子爵家へ行くようになります。増えたらすぐに知らせるわね。それじゃあ、見習いたちをしっかり鍛えておいてね」

「はい、奥様。マールにもよく言っておきます」


 マールはハウスメイドのメイド長です。ベッドメイクはマールの領分でしたね。


「お願いするわね」

「はい、奥様」


 エルマが執務室を出て行きました。引き受けてくれて良かったですわ。どう考えても給金の増加に反射的に答えてましたけれど。


「奥様」

「どうしたの、スチュワート?」

「……見習いたちに、諜報の基礎を叩き込んでおきたいと思いますが」


 ……スチュワートがランドリネン商会に食いつきましたわね!?


「そ、そう? ほどほどでお願いね?」

「始動まであと2か月あります。十分に効果はあるかと。いや、洗濯を事業化するなど、どういうことかと思いましたが、そういうことでしたか。やはり奥様は、ウェリントンに欠かせないお方です」


 なんだか、腹黒さを誉められているようで、納得できませんわね?


「それと、ランドリネン商会を売り込む相手は、どのようにお考えですか?」

「……できるだけ、派閥に関係なく、というよりも、他派閥の、どちらかと言えば貧しい貴族家、主に子爵家や男爵家かしらね」

「一部、伯爵家も候補に入れて、王都内を効率良く動ける移動ルートもこちらで考えさせてください。それと貧しさに関係なく、選定したい家もいくつかあります」

「裕福なところは、使用人をしっかりと鍛えていて、情報が入らないのではないかしら?」

「奥様がおっしゃっていた、噂を流すという面では、貧富に関係なく重要なので」

「ああ、そうね……」


 ……スチュワートは、自分から仕事を増やすタイプですわね。まあ、食いついたのなら、手伝ってもらいましょう。


 あと、人数が増えたら、メイキング商会とか、バスタクシー商会とかに分割して、洗濯、ベッドメイク、馬車輸送に分けても……あら? 結局、ランドリーメイド、ハウスメイド、御者と、専属のようになってしまうわね……まあ、いいけれど。


「それにしても、奥様はどうして、洗濯の事業化など、思いつかれたのですか?」

「……私の実家が貧しくて、嫁いだこちらが裕福だったから、かしらね」

「どういうことですか?」

「ケンブリッジ伯爵家にはランドリーメイドなんていなかったわ。侍女のタバサも、お嬢さまと呼ばれる娘の私でさえ、洗濯物を絞ったり、干したりするのを手伝いました」

「そうだったのですか……」

「こちらに嫁いできたら、ランドリーメイドが専属で雇われていて、他のメイドたちもハウスメイド、キッチンメイドと専属で、私の手荒れがどんどん治っていったのよ」

「何と申し上げたら……」

「洗濯を事業化して商会を作ったら、そういう、私のような令嬢の手荒れが少しはマシにならないかなって思っただけ」

「……しかし、貧しい男爵家や子爵家は、ランドリネン商会と契約できないのでは?」

「そういう家には、ナナラブ商会で借金の一本化と利子率の軽減でお金を浮かせて、ドレスや洗濯を売りつけていくの。ドレスはともかく、ランドリネン商会との契約がナナラブ商会での借り換えの条件にしたいわね」

「なぜです?」

「ドレスよりも、情報の方が大切だからよ」

「……一般的な女性と異なる魅力を奥様はお持ちのようで」


 ……最後は嫌味になるのはどうしてかしら?






「……それでは、この条件でよろしくて?」

「はい。部屋住みの身で、心苦しかったので、本当に助かります」


 ウェンディー男爵家の次男、ケイレノン・ウェンディーはナナラブ商会に年額40ドラクマで雇われることとなりました。今年は残り2か月ほどですので、お試し期間ということも含めて、5ドラクマとしています。

 商会関係の場合、領地から雇わなくても、スチュワートにはとやかく言わせませんわ。


 貴族令息の場合、中には商会で働くなんて、というような、意味のないプライドを持つ者もおりますけれど、ケイレノンはそういうこともなく、喜んで就職を決めました。


 隣に座っているタイラントおにいさまも嬉しそうです。少しずつ忙しくなってきたのに、今まで一人でしたものね。


「しばらくはこの屋敷の客間のひとつに住んでもらいますわ」

「え?」

「あら、嫌だったかしら?」

「あ、いえ、ここの客間だと、その、立派過ぎて気が引けるというか……」

「気にしないで。商会の建物がまだ手に入ってないのですもの。ここなら使用人もしっかりしていますわよ?」

「そ、それも、緊張しますね……」

「実はおれも未だに緊張してんだよな……」


 ……貧乏男爵家出身だと、そうかもしれませんね。タイラントおにいさまの場合は、どうなのでしょうね。話を合わせているだけかもしれません。


 そんなことを応接室で話していたら、スチュワートが入室を求めてきました。ケイレノンに一言、断わりを入れて、スチュワートを入室させます。


「……申し訳ございません、奥様。緊急でございまして」


 差し出されたメモを見ます。


 ……ようやく来ましたね。


「……ごめんなさい、急な来客みたいなの。タイラント、あとはケイレノンを任せても大丈夫かしら?」

「ああ、わかった」

「フォレスター子爵夫人のご用事をどうぞ、優先なさってください」

「ありがとう」


 私はソファから立ち上がり、同じく立ち上がろうとした二人を制します。


「大丈夫よ、執務室で対応しますから」


 そうして、スチュワートと一緒に応接室を出ました。


「……それで、家令くらいは寄こしたのかしら?」

「いいえ。執事の一人です。寄子ではあります。ニルベジョージ・スティング子爵令息、次男です」

「……跡継ぎとはいえ、今は子爵家と軽く見たのね。うふふ」

「……奥様、わざと、大奥様の許しを得る前に書いて準備しておいた手紙をマンチェストル侯爵家に出しましたよね? フォレスター子爵家の名で? あちらが軽く見てくるように嵌めておいて、それを笑いますか」

「とりあえず、しばらく待たせておいて、準備ができたら執務室へ通して」

「無視ですか……」


 ……それでは、これまでの私を最大限に活かして、格上気取りのマンチェストル侯爵家の遣いに対応しますわ!







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