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17 答え合わせとお願い




 朝、近衛騎士のお仕事のため王宮へと向かう旦那様のお見送りです。あら、そういえばこのお見送りも久しぶりですわ。


 ……そもそもほとんど帰宅なさらなかったものね。


 玄関ホールに侍女たちを引き連れて私が姿を見せると、旦那様の口の端がピクリと引きつるのが見えました。あら、引きつった真顔のイケメンフェイスは効果半減ですわね?

 政略結婚とはいえ、妻の姿を見て口元を引きつらせるなんて、紳士としてあるまじき態度ですわよ、旦那様?


「近衛騎士のお仕事、頑張ってくださいませ、旦那様」

「あ、ああ……」

「久しぶりに、こうして旦那様の朝のお見送りができて良かったですわ」


 旦那様が口元をピクリ、ピクリ、と2回、引きつらせましたわ? あら、口元が引きつると本当にイケメンフェイスの効果が半減ですわ。ほどよく視界に入れられるイケメンで助かりますわね。アゴに視線を集中させようとすると目が疲れますもの。


「で、では、い、いってくる……」

「はい。どうか、お気をつけていってらっしゃいませ」

「う、うむ……」

「あ、旦那様」

「な、なんだ?」

「伝え忘れておりましたことが……」

「ま、まだ、何か、あるのか?」


 ……おかしいわ? あの神々しいまでのイケメンフェイスが激しく崩れていますわね? まるで獣に怯えながらもなんとか虚勢を張っているような、そのような感じがしますわ?


 とりあえず、近付いて小声で旦那様に話しかけます。傍から見れば、夫婦、仲睦まじく、内緒話をしているように見えるでしょう。では、エカテリーナ、行きます。


「早急に、2000ドラクマのご用意を、旦那様」

「は?」

「私と夜会で最初にダンスを踊らなかったのです。それでも女主人として尊重していると主張なさるおつもりですか?」

「わ、わかった、早急に準備する……」


 うふふ。お小遣いが増えますわね。

 ……あら、私もフォレスター子爵家に染まってきたようですわ。2000ドラクマをお小遣いのように感じてしまうとは。


「いってらっしゃいませ、旦那様」


 私は微笑みで旦那様をお見送り致します。

 旦那様からは引きつった真顔が返ってきましたわ……あれが社交界一、モテる紳士だとは、世も末ですわね……みなさん、あの方のどこがいいのかしらね……。






 旦那様をお見送りした後は執務室へスチュワートを呼び出します。家令とはいえ、男性と二人きりにはなれないので、オルタニア夫人とタバサに同席してもらいます。

 資料に目を通しながら、スチュワートには視線を向けずに執務を進めておりました。


「旦那様は、あなたの話を聞いたかしら?」

「……はい。これまでにないほど、真剣に話を聞いて頂けました」

「そう。良かったわ」


 ……昨夜の旦那様は、呆然自失という感じもありましたから、本当に話を聞いていたのか、疑わしくはあります。けれど、スチュワートがそう言うのなら、そうなのでしょう。


「……あの、奥様は、いつも、書類を読むのがとても速いのですが、それは、本当に読んでらっしゃいますか?」

「あら、私の仕事を疑うのかしら、スチュワート?」

「いいえ。執務の処理について、疑問を抱いたことはございません。奥様の優秀さは、おそらく、この世の誰よりも感じております」

「……あなた、お世辞も言えるのね。これは斜め読みですわ。ざっと全体に目を通して、大まかな内容を把握しているの。それで、気になったところを確認して、そこはしっかりと読むのよ」

「はあ」

「スチュワート。あなたたちだって、いろいろなところで噂を耳にしても、その全部が気になる訳ではないでしょう?」

「ええ、そうですね」

「でも、気になる噂は、しっかりと確認して、情報を精査するでしょう?」

「はい、もちろんです」

「それと同じようなものよ」

「……奥様にとって執務の書類は噂と同じ扱いですか」


 ……なんとなく、棘が含まれている気がしますわ。


「ああ、そうそう。噂といえば……」

「何でございましょうか」

「スチュワート、あなた、私の噂について調べたのでしょう? 私に関する噂と、私と旦那様との婚約の経緯を説明してもらえる? 自分のことが世間でどう思われているのか、知っていた方がいいと思うの」

「……あれは、苦い失敗でしたね。時間がなかったとはいえ」


 あら、これだけ優秀なスチュワートにも失敗はありますのね。


 スチュワートによると、私の噂は二種類、流れていたらしいですわ。

 ひとつは、図書館で静かに本を読む、とても大人しくて、侍女や侍従と接する様子から、優しいとわかる令嬢。

 もうひとつは、王立図書館の司書が驚くほど、難読書をすらすらと読む、とても優秀な令嬢。


 ……まるで別人の話ですわね。同じ人間の噂とは思えませんわ。


 そもそもの話。

 スチュワートは、公爵令嬢からの婚約破棄で、旦那様に「つなぎ」の婚約者となる令嬢を探すようにお義母さまから命じられていたそうです。

 要するに、婚約破棄の醜聞を消せたら、穏便に婚約解消ができるような相手で、それでいて、家格は侯爵家に相応しい令嬢を探せ、と。ある意味では無理難題ですわね……婚約相手を傷物にする前提ですもの……。


「……お怒りにならないのですか?」

「どこに怒る必要がありますの? 侯爵家のような高位貴族なら、そのくらいのことは当然、考えていなければおかしいでしょう?」

「……そういうところですよ。そういうところと、さらには講師となったみなさんが誉める優秀さを大奥様が認められて、次の婚約者は探さなくてよいとおっしゃったのですよ。奥様が婚約者としてウェリントン侯爵家で学ぶようになってから、かなり早い段階で。リーゼンバーグス公爵令嬢への慰謝料に充てたミンスクの港に関しても、奥様の言葉に助けられたと大奥様から聞いてます」


 ……ミンスクは渡せないけれど、渡さなければ婚約破棄の一件について片が付かないと、お義母さまが困ってらっしゃったわよね。

 私は前世の記憶で、ホンコンやマカオのことを知っていたから、ミンスクの港は期限を決めて渡して、期限が過ぎたら取り戻せるようにすればよいのではありませんか、と言ってみただけですけれど。

 その結果、30年間という、長いとも短いとも言えない、少なくとも公爵令嬢が生きていそうな期間は譲り渡して、死んだ後か、死ぬ直前には取り戻せる年数でミンスクを公爵家に渡したのです。

 お義母さまは満足なさっていたように見えましたわ。けれど……どうかしらね……。


「問題は、解消予定の相手、ということで、大奥様がこの婚約については旦那様……当時は若様ですね……旦那様を成長させるために、旦那様に一任なさっていたので……」

「……侯爵家が介入する前に、私と旦那様との間で、あの契約を結んでしまっていた、と?」

「はい……若様の……旦那様の後ろで私もなんとかあの契約を止めようとしたのですが、奥様の勢いに抗えない旦那様をお止めする術もなく……もちろん、結果として、ウェリントン侯爵家が奥様を得られたことは、旦那様の最大の成果と言えます。あくまでも結果論ですが……」


 ……私にとっても、幸運でしたわね。10万ドラクマですもの。うふふ。それに、ウェリントン侯爵家ではなく、旦那様を相手とした交渉なんて、幼子を騙すよりも容易いかもしれませんもの。でも、そのような状況だったとは。


「……でも、そうすると、スチュワートは、私のことを、『王立図書館の司書が驚くほど、難読書をすらすらと読む、とても優秀な令嬢』ではなく、『図書館で静かに本を読む、とても大人しくて、侍女や侍従と接する様子から、優しいとわかる令嬢』だと判断していたということになるわね? 穏便に婚約解消に持ち込むつもりだったのだもの。まあ、私の実家はあの借金が消えるのなら、婚約解消に否はなかったでしょうし」

「そこは、我々の調査の手落ちでした。時間が足りない中での調査、という理由はありましたが」

「優秀なウェリントン侯爵家の使用人にしては珍しいわね。何があったの?」

「……図書館令嬢の噂はふたつ、そして、図書館令嬢は二人、いたのです。奥様のご友人の」

「ああ、アリステラさまね」

「そうです。調査に当たった者は、もちろん王立図書館の中にも入りました。しかし、奥様には侍女と侍従、タバサとドットですね。この二人がしっかりと侍っていて、なかなか近づくことができません。対して、もう一人は男爵令嬢で、旦那様の婚約者候補からは外れておりますが、その侍女は平民で、こちらの方は接触も容易く、『そちらのお嬢さまと親しくなりたいのだが、何という本を読んでいるのか、教えてもらえないだろうか』と言って小銭を渡せば、すぐに情報が入りました」


 ……タバサ、ドット。ケンブリッジ伯爵家はあんなに薄給だったというのに、誠実に仕える最高の使用人でしたのね、あなたたちって。嬉しいですわ。というか、アリステラさまの侍女、大丈夫かしら? 心配になりますわね?


「それで?」

「男爵令嬢が読んでいた本は『ヒョロドロスの『歴史』に関する多面的な考察の意義と成果』という本でした。平民の侍女から正確に聞き出すことが難しい書名だったと愚痴っていましたよ」

「ああ、あれ。私がアリステラさまにお薦めしたのよ。著者のセドリバック氏は多重人格者ではないかしらと思うほど、多面的な考察が素晴らしいの」

「……その情報は、その時に頂きたかったです」

「つまり、書名を知って、アリステラさまが『王立図書館の司書が驚くほど、難読書をすらすらと読む、とても優秀な令嬢』だと判断して、さらには調べる時間が足りない状況だから、残った私の方が『図書館で静かに本を読む、とても大人しくて、侍女や侍従と接する様子から、優しいとわかる令嬢』だと判断したということね?」

「はい……まさか、どちらの令嬢も、難読書を読んでいるとは思わないでしょう、普通?」

「調査時間の不足だけでなく、調査に当たった者と、調査結果を確認したあなたの、女性蔑視も原因よね……」

「……申し訳ございません」


 ……なるほど。それで、あの時の、初対面の時の旦那様のような対応になった訳ですわね。話に聞いていた令嬢とは全く違うぞ、という感じが言葉の端々から溢れ出ていましたものね。


「つまり、あなたの話から考えると、ウェリントンのお義母さまは、私のことを、かなり気に入ってくださっていると、そう思ってもいいのかしら?」

「間違いありません、奥様。その点に関しては自信を持ってください」

「そのせいで、私をいろいろと試して、次期侯爵夫人として成長させようとしているのね?」

「はい、そうです」

「なら、答え合わせがしたいわ、スチュワート」

「私が正解を得ている訳ではありませんが、それでもよろしければ」


 ……敵ではありませんけれども、お義母さまとの対決はどうしても避けられませんわね。エカテリーナ、行きます。


「ライスマル子爵家、ヨハネスバルク伯爵家、そして明日のモザンビーク子爵家は、旦那様との友人関係を利用して、ウェリントン侯爵家からの援助を手に入れようとする蝿みたいな存在ですわね?」

「……奥様、言葉をお選びください」

「そういう家だから、圧力をかけて潰しても構わないと考えて、旦那様に次期侯爵としての自覚を持たせるための教材にしようとしたのね、お義母さまは」

「はい。それは、そうでしょう」

「だから、旦那様と私との結婚の契約に反するけれども、真面目で正論好きなボードレーリル子爵夫人をよく知る人物が旦那様のためだと彼女を唆して、そこの夜会に私が旦那様と一緒に出席しなければならないように仕向けて、同時にボードレーリル子爵夫人を処罰しなければならない状況も作り出した、ということね」


 そう言って私はオルタニア夫人を見つめます。それに釣られて、スチュワートもオルタニア夫人の方を見ました。

 オルタニア夫人は穏やかに微笑みました。


 ……正解、ということかしら。オルタニア夫人はなかなか読めないわ。


 お義母さまがボードレーリル子爵夫人を切り捨てられる役にしたのは、正論だけではやっていけない高位貴族の在り方を私に教えるためだったのかもしれませんわね……。


「その時に、ボードレーリル子爵夫人を切り捨てられるかどうかも試されていたわね。これはお義母さまから直接、答えを頂いているから、別にいいわ。私は、その時には切り捨てられなかったけれど」

「……それどころか、そのことを利用して、サンハイムの山荘、チェスター湖の別荘、マークスの谷の農園をご自分の物となさいましたし、私に契約を更改させて違約金を高くして、旦那様がミセス・ボードレーリルを自分から止めるように仕向けましたよね?」

「さあ、どうかしらね? そして、次は、旦那様の高位貴族としての自覚のなさを叩き直すために、潰しても構わない、旦那様のご友人の家を使えと、それぞれの家の詳細な資料を用意していたわね。かなり前もって、お義母さまは準備してらしたのでしょうね」

「そうだと思います。旦那様の友人ということで、その3つの家はずいぶんと前から調査対象でした」

「しかも、三つの家から、婚約破棄で手放したミンスクの港に匹敵する何かを奪い取ることを、お義母さまはお望みなのでしょう?」

「おそらくは」


 ……スチュワートも同じように考えていましたわ。

 旦那様の意識改革だけなら、3つも潰す必要はありませんものね。

 これは、お義母さまの、旦那様への……息子への当てつけなのかもしれませんわね。婚約破棄の慰謝料分、息子の友達の家から奪い取って、息子を反省させようという……高位貴族って、なんて困った存在なのかしら……。


「……それなら、圧力をかける家をライスマル子爵家だけに絞っている私は、お義母さまからしてみれば既に不合格ね。それでも、スチュワートはそう行動した私を止めなかったわよね? それどころか、お義母さまに、私を試すのはもう止めるべきだと進言しているわ。どうしてかしら?」

「三つの家から、それぞれ何かを奪わなくとも、奥様ならば、そのうちミンスクの港と同じくらいの収入を稼いでしまうだろうと考えましたので。それに、旦那様にとっても、ご友人の家を三つも追い詰めるのは逆効果かと」

「さすがにミンスクの港と同じくらいの収入を稼ぐのは難しいわよ……」


 ……もちろん、できるだけたくさん、稼ぐつもりではありますけれど。


「それだけでなく、ライスマル子爵家の一件で、旦那様をうまく操って、今後、旦那様と奥様がダンスを踊らないという、侯爵家としては望まない、奥様だけが望む結果が生まれています。それもこれも、大奥様が奥様を試すことをお止めにならないからです。ミセス・ボードレーリルの時に、奥様が不動産を手に入れた時も同じですよ」

「私、ダンス、そんなに好きではないのですもの。あと、サンハイムの山荘は、絶対に欲しいと思いましたし」

「やっぱり! わざとですね! こうやって大奥様が奥様を試す度に、奥様はその期待に応えながらも少し大奥様の意図からずらして、ご自分の利益を得てしまいます! だから試さないでほしいとあれほど私は!」

「……つまり、お義母さまを何とかしないと、スチュワートとしては、私の行動で、フォレスター子爵家やウェリントン侯爵家にとって、よくないことになる可能性もある、と考えているのよね?」


 スチュワートが目をすっと細めて私を見ましたわ。これは前世でジト目と言われる視線ですわね。


「……奥様がご自分の利益を得ようとなさらなければよろしいのでは?」

「私が自分の利益を求めない訳がないでしょう?」

「……はぁ。そうですよね、知っております。あの、ケンブリッジ伯爵家の応接室で初めてお会いした時から、奥様はそういう方でした」


 さあ、ここからが勝負所ですわね。集中するのよ、エカテリーナ……。では、エカテリーナ、行きます。


「……私、自分の利益は確保するつもりですけれど、それでもウェリントン侯爵家にとって、悪い結果にはならないように最善は尽くします。だから、スチュワート、それに、オルタニア夫人。私に、協力してほしいの。お義母さまがもう私を試さないように。お願いできるかしら?」


 ……お義母さまを止めるためには、二人の協力があるとずいぶんと楽になりますの。


「別に私の味方にならなくてもいいのよ。お義母さまはウェリントン侯爵夫人で、私は次期侯爵夫人なのだから、どちらもウェリントン侯爵家に身を捧げているのだもの。だから、二人には、せめて中立であってほしいわ。今は、お義母さまにかなり有利なのですもの」

「大奥様の方が奥様よりも立場が強く、有利であることは確かです。それでも奥様は、そこから自分の利益を得てしまうではありませんか?」

「……ちょっとくらいやり返しておかないと、お義母さまは、延々と、私を試してきそうだもの。あれは、ちょっとした意趣返しでもあるのよ」

「あれで、ちょっとした、ですか……」


 スチュワートが呆れた、と言わんばかりの視線を私に向けてきますわ。これ、ジト目よりも心がえぐられますわね……。


「……………………奥様。具体的には、何をお望みですか?」


 それまで沈黙していたオルタニア夫人が、ついに口を開きましたわ。これを待っていましたの。

 ……今は、お義母さまが侯爵夫人ですけれど、オルタニア夫人が侯爵家の家政婦になるのは私が侯爵夫人になる時ですものね。味方になってほしい、と言えば躊躇しても、中立でいいから、と言えば乗ってくると思いましたわ。


「あと数日で大夜会ですけれど、その数日間だけでいいのです。お義母さまへの報告を遅らせて、私の動きを知られないようにしてほしいの」

「奥様は大夜会で、何か、仕掛けるのですか? それは本当にウェリントン侯爵家にとって不利益となりませんか? 大夜会は王家主催の場です。問題は困ります」

「お義母さまにとっては私への手出しや口出しが難しくなりますけれど、ウェリントン侯爵家にとっては間違いなく大きな利益があると言えますわ、オルタニア夫人」


 はぁ、とスチュワートが息を吐きました。ため息は幸せを追いやりますわよ?


「……オルタニア夫人が協力なさらないのでしたら、私だけで奥様に協力しても意味がありません。私としては、これ以上、大奥様が奥様を試すことはウェリントン侯爵家のためにならないと考えます。旦那様が婚約破棄された時の慰謝料で侯爵家に損害が出ていますが、それは奥様がまだ婚約者であった頃におっしゃった一言で、かなり抑えられました。もう、奥様は十分に、次期侯爵夫人としての力を示されたはずです。それに……」


 スチュワートは一度、私を見てから、オルタニア夫人へと視線を戻します。

 スチュワートの言葉から、本来、使用人の最上位である家令のスチュワートよりも、私の筆頭侍女であるオルタニア夫人の方が実際の立場は上だということがわかりますわね……。


「……私やオルタニア夫人が協力しなくとも、奥様は大奥様へ釘を刺すように動きます。その場合、奥様がどこかから毟り取る奥様の利益は大きくなり、大奥様が受ける、何らかの被害も大きくなると思われます。結果として、私たちが奥様に協力することが、奥様に対する歯止めとなりますし、大奥様の被害を減らすことにもつながるはずです。奥様を一番間近でご覧になってきたオルタニア夫人には、今、私が言ったことは誰よりも理解できるのではないかと。オルタニア夫人、どうか、お願いします」


 ……オルタニア夫人に頭を下げたスチュワートの言葉に含まれている、私に向けてのいくつもの棘は聞き流すとしましょう。一応、オルタニア夫人を説得してくれているのですものね。


 私、スチュワート、そしてそわそわしているタバサの、3人の視線がオルタニア夫人に集まります。


 オルタニア夫人は一度目を閉じて、軽くうつむき、それからすっと背筋を伸ばすと、目を見開きました。その微笑みからはどことなく温かさを感じます。


「奥様。今日の午後はマクベ商会との面会、明日の夜はモザンビーク子爵家での夜会がございます。このことについて大奥様に報告しない訳には参りません」

「……そうね」

「ですから、明後日から大夜会までの3日間。その間だけ、大奥様への報告を遅らせましょう。大夜会の準備で大変だという言い訳もできます。私にできる協力はそれだけでございます。それでは足りませんでしょうか?」

「十分だわ、オルタニア夫人。うふふ……大夜会でお義母さまとマンチェストル侯爵家、二つの侯爵家をまとめて、面倒事はばっさりと片付けてみせますわ」

「……そのようなことは口に出さずに隠しておいてくださいませ、奥様」


 面倒なことはまとめて終わらせて、そこから先はいっぱい稼ぎますわ!


「さすがはお嬢さまです」

「……だから、奥様、です。タバサ、あなたは本当に……奥様が大好きなのね」


 タバサを叱るオルタニア夫人の声は、どことなく、いつもよりも優しいものでしたわ。


 エカテリーナは、強い味方を、手に入れた! やったね!







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― 新着の感想 ―
[一言] まさか御しやすいと思って抱え込んだ嫁が、ここまで能力があるだなんて旦那どころか侯爵家含めて誰も思ってなかっただろうな。 義母からしてみれば、侯爵家にいる限りは自分達がいなくなっても大丈夫だか…
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