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10 嫁ぎ先の領地へ




「どうかしら? 王都よりずっと、涼しいでしょう?」

「そうですね、お義母さま」

「もちろん、領地の屋敷よりも、ずいぶんと涼しいのよ?」


 ここは、レンゲル高原ですわ。標高が高いので、王都よりも、ずいぶんと涼しいのです。お義母さまによると、王都だけでなく、ウェリントン侯爵領よりもずっと涼しいようですわね。


 ……商会を動かそうと思っていたのに、自分がものすごく遠くまで動いてますわね。おかしいですわ。


 いえ。仕方がなかったのです。

 ウェリントン侯爵家は、本来、この時期は領地にいるはずのところ、旦那様と私の結婚という急なイベントによって、王都に滞在していた訳です。予定外に。


 だから、結婚式と、フォレスター子爵家の屋敷のことが落ち着けば、旦那様に休みを取らせてウェリントン侯爵領へと戻る予定だったのです。調子に乗って勢いがついて、うっかりしておりましたわ。


 ただ、王都からウェリントン侯爵領は馬車で10日ほどの距離なのです。遠いですわね。しかも、ちょっとだけ遠回りをして、レンゲル高原に立ち寄っておりますの。

 実家であるケンブリッジ伯爵領は、王都から馬車で2日の距離ですもの。建国期からある古くからの家なので、王国がまだ小さかった頃からあるため、当然、領地は王都から近いのです。それに慣れていたので、10日の距離はとても遠く感じますわね。

 あ、資産にあったいろいろな町のお屋敷ですけれど、こういう移動時の宿代わりでしたわ……そこの宿屋を利用するのではなく、お屋敷をひとつ用意するって、どうなのでしょうね……。


 それで、ここ、レンゲル高原にはフォレスター子爵家所有の別荘がございまして。

 なんでも、義曾祖母さまが、夏の暑さが苦手な義曾々祖母さまのために建てた別荘だったとか。嫁が姑に気を遣うのは、いつの時代も同じですわね……。


 毎年、ウェリントン侯爵領からやってきて、夏の暑い時期に10日ほど避暑のために滞在するそうです。今回は、王都から領地へ戻る途中に立ち寄る形となりました。結婚イベントのせいですわ。


「ここは、毎年、こうして使うの。だから、エカテリーナ? わかっているわね?」

「はい、お義母さま。理解しましたわ」


 ……旦那様からこの別荘は巻き上げてはいけない、ということですわ! 気を付けます!

 ううう、最高級の避暑地の別荘。ほしかったですわ……。まあ、離婚しない限り、私も使えますけれど。


「それにしても、あの子と別の馬車だなんて……あなた、本当に、あの子に興味がないわね。母親としては、少し思うところがあるけれど、まあ、あの子があの調子では、ね……」

「……私、ウェリントン侯爵家とフォレスター子爵家に、しっかりとお仕え致しますので、そこは忘れてくださいませ、お義母さま」

「あなたが優秀な嫁だということは、たった数か月で、嫌というほど、思い知らされているわ……」


 え? そんな、異物を見るような目で?


 ……まあ、淑女の鑑のようなお義母さまが感情を表情に出して見せてくださるというのは、信頼を得た証とも言えますもの。どんな視線も受け止めますわ!


「孫を早く抱きたかったのよ?」

「……ご期待にそえず、申し訳ございません」

「ルティとケイトの成人を待つことになるのね。残念だわ」


 旦那様の弟、ロベルティアーノと、その婚約者であるサラスケイト・ロマネスク伯爵令嬢は来年15歳となり、デビューします。あら、そう言えば、うちの弟、ライオネルと同い年ですわね。

 お義母さまには、あと2年ほど、孫を抱くのはお待ち頂かなければなりませんわね。


 そう言えば弟から会いたいと手紙が来てましたわ。王都をしばらく離れるから無理だと返事をしましたけれど。


 ……伯爵家で、何かあったのかしらね?


「……レティは、元は私の侍女でしたのよ」

「そうでございましたか」


 突然の昔語り!

 いえ、姑の話には相槌のみ。余計なことは口にしません。とはいえ、情報をきちんと集めた今は、もう、そのことは知っておりましたけれど。


「レティをフォレスター子爵家の家政婦としたのは、あなたが女主人として、冷徹に、彼女から家政婦の地位を奪えるかどうか、辞めさせることができるかどうか。また、それに抵抗するであろう、夫であるあの子を御せるかどうか。そういう、女主人としての、侯爵家の嫁としての、あなたへの課題のつもりでした」

「……まあ。思いもよりませんでした。お義母さまのご期待にそえず、申し訳ございません」


 そんなことではないかとは、思ってはおりました。ミセス・ボードレーリルだけ、あのお屋敷では、異常でしたものね。わかりやすく試験問題を出して頂けたのも、新米の新妻だったからでしょう。


「期待していた結果とは違いましたけれど、あなたはそれ以上の結果を示したのよ? エカテリーナ?」

「あら、そうでございましたの? 私、旦那様がお嫌だとおっしゃるので、ミセス・ボードレーリルを辞めさせることはできませんでしたのに」


 家政婦は辞めさせられず、旦那様は御せず。

 完全に0点答案ですわね。私ったら、名前でも書き忘れたのかしら? 前世のテストで本当に名前を書き忘れて0点になった方は見たこと、ございませんけれど。


「……あの子の奔放な行動には子どもの頃からずっと平然と対応していたあのスチュワートが『大奥様、もう奥様を試そうとするのはお止めください……』って、あの、スチュワートが、懇願してきたのよ?」

「……そんなことがあったのですね。存じませんでした」


 ……スチュワートって、お義母さまから『あの』とか、付けられていますのね。しかも、2回も繰り返しておっしゃったわ。それに、2回目はどことなく、強調なさっていたわね。

 何事もほどほどにして気を付けないと辞めさせられるわよって、スチュワートに教えてあげた方がいいのかしら? 彼は優秀だから辞めさせられたら困るものね。


「……女主人として、毅然とレティを辞めさせること、それを期待していたの。ところが、あなたったら、レティを辞めさせずに、それを利用してフォレスター子爵家の資産の名義を次々と変更させて自分の物にした上で、あのスチュワートに結婚契約書の違約金をより高額なものへと契約更改させて、結果として、乳母だったレティには甘えるだけで何も言えなかったはずのあの子に、レティへと釘を刺させたのですものね。本当に驚いたのよ? 見事だったわ。あなたはどこでそんな政治的な手腕を磨いたのかしらね? あの子がレティに釘を刺しても、それだけでは足りないからとあのスチュワートが頭を下げて頼み込むものだから、私からも直接、レティに言い聞かせることになったのですもの。いいかしら、エカテリーナ? 嫁ならばもう少し、姑には気を遣いなさい?」


 ……あれぇ? どうしてそんなことになっているのでしょうか? 私、別荘や農園がもらえて嬉しいわね、とルンルン気分になっていただけですのに? なんて、ね。


 エカテリーナは、姑から予想外の高評価を、獲得した!


 ……え? これ、喜んでいいのかしら?






 さて、ウェリントン侯爵領では、嫡男の嫁としてのお披露目がありましたわ。

 面倒ですけれど、これは必要な社交ですわ。むむむ。


 まあ、寄子の貴族家のみなさんと、隣接領地の貴族家の方と、侯爵領の土豪とも言える商家の方などがお客様でしたので、どなたも好意的で、穏やかに過ごせましたわね。知り合いも増えましたし、どちらかと言えば成果の方が大きいですわ。


 お義母さまにきつくきつくきつく言い含められた旦那様と、ファースト・ダンス、セカンド・ダンスを踊って、あとはにこやかに微笑んでおきました。旦那様はその後もダンスを楽しんでらっしゃいましたわ。

 残念ながら、さすがに壁の近くへと逃げることは許されませんでしたわね……一応、主役のひとりですものね……。ああ、壁の花というポジションを死守したかったですわ……。


 そう言えば、旦那様と初めてダンスをしましたわね。さすがはチャラ男ドクズ、とても踊り慣れていました。触られたところから感染しないかしら? 病原菌って見えないから怖いわ……。寝る前にしっかり全身を洗わないと……。


 翌朝、お義母さまからはダンスもようやく認めて頂けたので、こちらも無事に合格ですわ。ふぅ。それでも、5日に一度は練習を続けるように言われましたの。

 侯爵家は、厳しいですわね。


 領地内の重要箇所も視察しましたし、有意義な時間を過ごせましたわ。


 それと、スチュワートが整えた使用人見習いの採用面接も無事に済みましたの。本当に希望者が多くて、前もってスチュワートが人数を絞っていなければ、大変だったでしょうね。

 面接でほとんど全員が「仕送りでお母さんを少しでも助けたい」って言うのです。

 12歳とか、13歳くらいですから、小学校の高学年か、中学生くらいでしょう?

 うう、親を思う気持ちにきゅんとしましたし、貧乏の辛さを思い出して、私、泣きそうになりましたわ!

 スチュワートに全員採用したいと言ったけれど、冷たく却下されましたの。

 こんな冷たい男は、いつかお義母さまにクビにされるといいわ……いえ、でも優秀なのよね。むむむ、辞められると困るわ。どうしたものかしら? 何かいたずらでもして報復しましょう……。


 面接の結果、泣く泣く人数を絞って、女性使用人見習いを9人と、男性使用人見習いを6人、あと針子見習いを2人、採用しました。

 これであの屋敷の使用人部屋は満室ですわ。狭くなってごめんなさいね。


 お義母さまから「ずいぶんたくさん雇うのね……?」と疑惑の視線を頂きましたけれど、必要なのです、どうしても。ええ、どうしても。


 男性使用人見習いは、騎士見習い、御者見習い、侍従見習いの全てを経験してから、どこに配属するか決めているようですので、そのままでお願いをしました。本採用はひとり、とあらかじめ伝えてありますの。


 女性使用人見習いは、どこの専属で働かせるかを決めて動かしていたそうですので、それは止めて、男性使用人見習いと同じように、ハウスメイド、ランドリーメイド、キッチンメイドをひと月ずつ交代で経験させて、最後は家政婦と各部のメイド長に本採用にしたい者の名を挙げさせる、と。そういうやり方を女主人として指示しました。

 本採用となるのはこちらもひとりですわね。あら、意見が割れたら奪い合いになるのかしら? 困ったわ。

 スチュワートが「ウェリントン侯爵家ではもちろん、言うまでもなく、そこに属するフォレスター子爵家では、オールワークスメイドは雇っておりません、奥様」と釘を刺してくるのよね。

 だから、最終的に本採用の子は専属になるの。そこは変えないわ。

 高位貴族のプライドみたいなものでしょう? おれたち、専属で雇える余裕があるんだぜ、的な感じですわね。くだらないプライドだわ……。


 針子見習いは針子たちのところ。

 こっちは専属が基本ですけれど、やっぱり本採用はひとりだけ。

 たった二人だと、ライバル心がすごいわ。今は領地の屋敷の裁縫室で二人ともひたすら刺繍をしているらしいわね。あれならすぐ上達するでしょう。


 この子たちは10日ほど、領地の屋敷で厳しく躾けられて、何台かの馬車に分乗して王都へと向かいました。躾って、体罰、当然のようにあるのよ。私も、子どもの頃は、やられたわね……。

 立派な馬車に乗れるって表情をわくわくさせて、落ち着きなさいと叱られて。まあ、可愛いこと。

 お屋敷のこと、頼むわね、と言ったら「はい、おくさまっ」って、ホント、可愛い……。

 手を振って見送りましたわ! 奥様らしく、小さく振りましたのよ?


 エカテリーナは、たくさんの使用人見習いを、雇い入れた! すごいわ、権力者みたい!


 ……高位貴族の一員だからもちろん権力者のひとりではありますけれど。


 労働力って大切よね。この世界、人権思想がまだまだ浸透していないから、人件費がとてもとてもお安いし……雇って衣食住を保障することが、あの子たちを生かす道なのよね……。お金より食べ物なのよ……。






 さて、旦那様の休暇も終わりになるとのことで、お義父さま、お義母さまよりも早く、私と旦那様は領地を離れることになりました。それでは、エカテリーナ、行きます!


「旦那様、私、女主人として、レンゲル高原以外の、他の別荘もしっかりと確認しておこうと思いますの。どうぞ、旦那様は近衛騎士のお仕事のため、先に王都へ戻ってくださいませ」

「いや、それは、どうなんだい、リーナ?」

「どう、とは?」

「私の妻なのだから、近衛騎士として王家に仕える私を支えるために、一緒に王都の屋敷へ帰ってほしいよ、そうするべきだろう? リーナ?」

「あら、旦那様、おもしろいことをおっしゃいますのね」


 うふふ、とあえて笑う顔をお見せしますわ!

 あら、旦那様よりも、スチュワートの方が、なんだか苦しそうな顔になってますわね? いたずらは成功かしら?

 山荘へ行く予定、スチュワートには秘密にしておりましたもの。でも、女性の笑顔を見て苦しむとは、紳士として、どうなのかしら?

 まあ、スチュワートはもうどうでもいいですわ。今は旦那様を片付けておかなければ。


「どういうことだい、リーナ?」

「ご自分は3日に一度しかお屋敷へお帰りになりませんのに、私にはお屋敷へ帰れとお求めなのでしょう? これが笑わずにいられますか?」

「私は、近衛として、王宮の夜勤が……」

「近衛騎士の夜勤は3日に一度、ですわ、旦那様。私がそのようなことも知らないとでも?」

「な……」


 ……え? この人、本当に気づかれていないと? そう思ってましたの? 侯爵家、大丈夫なのかしら?


 ……ああ、お義母さまがいれば大丈夫よね。


 まあ、旦那様の浮気そのものを咎める気はございませんわ。そういう契約ですもの。

 そもそも、それは本当に浮気と呼べるものなのかしらね? 私から見た場合に、ですけれど。形式上は、浮気でしょうね。でも、本質的には……。


「し、知っていたのかい、リーナ? なら、どうして何も言わ……」

「旦那様。それは全て許す、というお約束、ですわ」


 敵の弱みというものは、きっちりと握っておいて、ここぞという場面で一息に突くものですわ。

 旦那様は、本当に騎士なのかしら? これで近衛? まあ見た目重視なら王家のお役に立ててはいるのね。


「もちろん、これから先も、それを咎めるつもりはございませんの。ですけれども、だからこそ、私がどこかの別荘に立ち寄って、そのせいで、旦那様と同じように、王都のお屋敷へ帰らないとしても、それは快くお認め頂きたいと。このくらいのことは、当然の要望ではなくて? どうかしら?」

「……」

「ご理解頂けたようで何よりですわ。私の馬車はサンハイムの山荘へ向かいます。ああ、旦那様、ご心配なく。サンハイムの山荘への連絡は5日前に済ませておりますし、10月の終わりの大夜会には必ず間に合うように、お屋敷に帰りますわ。では、ごきげんよう、旦那様」


 うふふ! しばらくは温泉三昧ですわ!


 私は、呆然としている旦那様と頭が痛そうなスチュワートを残して自分の馬車に乗り込み、サンハイムの山荘を目指して出発したのでした。







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かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。
― 新着の感想 ―
臨時の使いやすい令嬢だと思い、侯爵家の嫁に招き入れてみたら、正体は令嬢ではなく、女郎蜘蛛だった…しかも、かなりの毒持ち
[一言] 温泉は大事ですよね…!!
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