9日目 死神さんは一緒に作りたい
学校から帰ってきて、家の扉を開ける。そのすぐ先には、キッチンが見えてくるはずだった。しかし、今日は黒いローブで全身を覆った人が視界を遮っていた。
いつぞやに見た光景だったが、今回は黒一色ではない。手入れの行き届いてないよれよれの白髪、病的な白い肌はもちろん、黒のローブの上に白いエプロンが身につけられている。
「少年、ようやく帰ってきましたね」
少し胸を張る死神さんを見ると、心の奥底が震えてきた。
「わざわざエプロンを着てくれたんですね!」
心躍りつい彼女に詰め寄ってしまう。前にエプロン姿を見たいと言ったことを覚えてくれていたのだ。こんな日が来ようとは思いもしなかった。次はどんな服をリクエストしようか。
「しょ、少年、近い、近いです」
死神さんが胸を押して引き離してきた。拒絶しているというより、ただ恥ずかしいだけのようだ。自分も興奮し過ぎていたのがわかり、彼女から体を離した。
「ごめん。死神さんのエプロン姿がとっても可愛らしかったからつい」
「あ、あうあう……」
風邪をひいたときのように顔を真っ赤にして恥ずかしさを堪えているようだ。その様子を見て抱きつきたくなったが、そこはぐっと我慢した。
「それよりも少年、こっちに来てください」
まだダメージがあるのか死神さんはふらついた足取りでキッチンへ向かう。
その先には一つのボウルが置かれていた。彼女はそれを手にしてこちらに見せつけてきた。
「今日の晩ご飯はお好み焼きです。一緒に焼きましょう」
死神さんは一緒にお好み焼きを食べようというのだが、ホットプレートも大きな鉄板もない。コンロで焼いて、一個ずつ作るしか方法はないはずだ。それではいつも通りで、いまいち盛り上がりに欠けるのではないだろうか。
「少年、このフライパンとフライ返し持って食卓に行きますよ」
言われるがまま、食卓へと移動する。その上にはもちろん何も置かれていない。どうやってお好み焼きを焼くつもりなのだろうか、と小首を傾げた。
「フライパンをかざしてください」
言われるままに、フライパンをテーブルに水平に構える。すると、どこからともなく火がついた。その火は漆黒で、ただの火でないことは一目瞭然だった。
「驚きましたか? 死神である私は地獄の業火を自在に操ることができるのです、エッヘン」
お好み焼きを焼くだけに呼ばれた地獄の業火に、それでいいのかと疑問を投げかけたくなった。
死神さんは業火で熱されたフライパンに生地をべっとりと垂らす。すると、すぐに小麦が焼けるいい香りが漂ってきた。
「早くひっくり返してください。地獄の業火は熱いですから」
「そういうものなの!?」
急いでフライ返しでお好み焼きをひっくり返す。適度に焦げ目がついて見ただけで美味しいとわかる。さすがは地獄の業火だ。
「ここでソースをかけます」
死神さんがチューブから勢いよくソースを噴出させる。ほとんどは生地の上に載ったが、端から少しソースがプライパンにこぼれる。じゅーという音と共に香ばしいソースの匂いが部屋中に充満した。これ、もう絶対美味しいやつだ。
「どうです少年。このソース、実に死神的じゃないですか」
死神さんの中の死神的判断は黒っぽい色なら何でもいいように思える。
彼女は舌なめずりしながら、ほぼ出来上がったお好み焼きをお皿に移す。そして、次の生地をフライパンに落としていく。
「それでは、さっそくいただきましょう」
死神さんは皿に載ったお好み焼きを箸で切り分けていく。こっちはフライパンとフライ返しで両手が埋まっていて食べることができない。彼女の食べる姿をじっと見ていることしかできない。これでは生殺しだ。
「ほら、少年、あーんしてください」
一口サイズに切り分けられたお好み焼きを箸で摘まんでこちらに押しつけてくる。
こんなやり取りをした記憶が鮮明に残っている。あのときはこちらからしたものだったが、してもらうのは少し気恥ずかしいものがあった。
「あーん」
大きく口を開けると、死神さんの箸が口の中に入っていく。お好み焼きが口の中に入ると、ソースの香ばしい濃厚な匂いと甘酸っぱい味。あーんが、こんなに甘いものだったとは――
「熱っつ! アッツ! あちちちちち!」
地獄の業火は間違いなく強火だった。アツアツのお好み焼きは美味しさを超える熱さで口の中を焼いてくる。まともに噛むことができずに、はふはふとしながら、熱を冷ましていく。
「少年は猫舌だったんですね」
いや、業火で焼かれたお好み焼きだったら誰もが猫舌だ、と心の中で叫んだ。
「今度はちゃんと、ふーふーしてあげます」
切り分けたお好み焼きの破片に、死神さんは口先をとがらせてふーふーしてくれる。息を吐くたびに、ダメージが多い白髪がわずかに揺れる。その様に、頬が緩んでいくのがわかる。
「ほら、まだたくさんありますから、もっと食べてください。大きくなれませんよ」
いつもは近眼の人のように悪い目つきをしている彼女だが、今だけは笑って細くなっているように見えた。口の火傷の代償なら安いものだと、心の中で微笑んだ。
まだまだお好み焼きは残っている。すべてを食べ尽くすまで死神さんと楽しい時間を堪能しよう。