7日目 死神さんの服装が気になってきた
今日は日曜日。
死神さんと出会って、そろそろ一週間が経とうとしていた。
学校に行かなくていいので、昼間からテレビをぼんやりと眺めている。その隣では死神さんもくつろいだ様子でテレビを見つめているようだ。その内容はワイドショーで今日も健康にいい食品についての会話で盛り上がっていた。特別面白いものではないが、だらだらと見続けてしまう。
こんなにも穏やかな時間を送れるとは、一週間前には思いもしなかった。
テレビを見るのも、食事をするのも、ひとりきりだった。それに、死神さんと出会った当初は、完全に避けられ、嫌がられていたようだった。それが、熟年夫婦のように何も喋ることもなく、同じ時間を共有している。とても貴重な体験だ。
横目でテレビを眺める死神さんの横顔を窺う。相変わらず病的な白さの肌に、手入れをしていないぼさぼさの白い髪。テレビを眺める隈のある目は、死んだ魚の目のように濁っている。いつもと変わらない、黒いローブに背の丈より大きなデスサイズ。出会った頃と何も変わっていない。
「なあ、黒ローブって動きにくくないか?」
ずっと気になっていた。今のご時世、ローブなんて着ている人間なんて見かけない。日本に限っての話ではあるが、テレビを眺めてくつろぐものではないはずだ。
「ずっと着ていますからね。不自由に感じたことはありません」
死神さんが顔をこちらに向けてそう言ってきた。
出会ったころは、顔も見せてくれなかったのに、今は平気な様子でこちら見てくれる。これは、とても嬉しいことだ。
「見てみたい」
「何をです?」
「死神さんの黒ローブ以外の姿」
「へえ、そうなんですか」
彼女はぼんやりとしたままの顔で、テレビに視線を戻した。
「――って、ええ! どういうことですか? 今、なんて言いましたか?」
何かに気付いて、むちうちになるほどの勢いで顔をこちらに向けてきた。実にいい反応だ。まるで、ギャグ漫画みたいだ。
「だから、黒ローブを脱いだ姿が見たい」
死神さんの口から、はわはわという声が聞こえてきた。何故そんな反応をしたのか、先ほどの発言を振り返ってみる。
「違うよ!? 黒ローブの下の話じゃないよ!? いや、そっちもみたいけど、今は服装の話だから! 黒ローブじゃない姿が見たいってこと!」
すっごい早口でそう言っていた。
「少年はスケベですね」
ぐうの音もでないほど的確な言葉。しかし、服の下にある果樹園に興味のない男子などいるだろうか、いいやいない。男子はすべからくそう思っているのだ。
「スケベでいいけど、黒ローブ以外の服装を見てみたいっていう意味だ。この前、料理を作ってくれた時も黒ローブだっただろ」
死神さんは身に纏っているローブを眺めていた。変なところがないか、身体を動かしながらすみずみまでチェックしていた。そして、ハッと何かに気付いたかのように、距離をとろうとこちらを両手で押してきた。
「まさか、裸エプロンを強要しようと――」
「いや、裸である必要はないよ!? ただ、普通のエプロン姿とか見てみたかったと思ってさ」
彼女は胸をなで下ろすと、姿勢を戻してこちらを見てきた。青白い肌が少し赤味を帯びている。
「その、少年は私が着替えた姿を見たいのですね」
「随分と遠回りになったけど、その通りだ。だけど、死神だから黒ローブを着続けないとダメとか規則があるのか?」
「規則はあることはあるのですが、勤務時間外なら大丈夫ですよ」
勤務時間とか聞こえたけど、死神にもオフの日とかあるのだろうか。死神と名乗る相手がギャル衣装だったら、絶対にからかわれていると疑うだろう。自分ならそう思う。
「……ということは、自宅にいるときは私服でだらだらしてるってことか」
「確かにそうですが、何か言い方に含みがありますね」
彼女の着替えた姿を想像してみる。
薄暗い部屋の中、緩いパーカーに長ズボンを身につけ、椅子の上に体育座りをしている様子が思い浮かぶ。目の前にはパソコンのディスプレイがあって、右手でマウスを動かしている。死んだような目でひたすら文字が流れるだけの動画を眺めている姿が見えた。
なんだか、あり得そうな気がしてきた。
「いま、とても不名誉な想像をされたような気がしましたが、まあ、いいでしょう。機会があれば近いうちに別の服を着た私を見せてあげましょう」
「本当に!? なら、約束だ」
「いいですよ。約束です。ちなみに、どんな服装がいいですか?」
服装。彼女に似合う服装はなんだろうかと考える。
疲れたOLっぽくスーツ姿、ちょっと若返った感じにリクルートスーツ。オーソドックスにどんな水着を着ているのかも見てみたいし、不健康そうなナース服というのも変わり種でいいかもしれない。借金のせいで会員制のクラブで働かされるバニー服もいいと思う。オムレツにケチャップでハート描くメイド喫茶風のメイド服なんてのもありかもしれない。意外なところで、中華料理屋でチャイナドレスを着て料理を運ぶというのも悪くない。
ちょっと嗜好が偏っているが、だいたいこんなところのような気がする。
「死神さんのチョイスでお願いします」
我ながらチキンなことに、彼女にお任せという案に落ち着いてしまった。こちらからオーダーするのもいいけど、初めは彼女がどんな格好をするのか、見ておきたいと思ったのだ。
「そうですか。なら、期待していてください」
黒ローブ以外の服装が見られるのかと思うと、わくわくしてきた。どんな姿を見せてもらえるのだろうか。その日が来るのを楽しみにしておこう。
こちらが笑ってみせると、照れたように、テレビに顔を向けてしまった。その姿がまた、愛おしかった。