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5日目 死神さんが恋愛漫画を読んだ結果

 学校から帰ってきて、家の扉を開ける。そのすぐ先には、キッチンが見えてくるはずだった。

 しかし、今日も黒いローブで全身を覆った人影が視界を遮っている。人影はいつものように背の丈以上の鎌を背負っていた。

 このシチュエーションには既視感がある。つい最近、というか昨日の出来事だ。


「少年……」


 地獄の底から恨み節でも吐き出しそうな低い声が聞こえる。これは何があったのだろうか。

 今日はまだ何もしていないはずである。緊張で心拍数が上昇して、手足が震えてくる。これから何かがあると、つい身構えてしまう。

「先ほど、漫画を読ませてもらいました……」

「う、うん」


 そいえば、昨日、恋愛漫画を勧めたんだった。もしかして、それが逆鱗に触れてしまったのだろうか。別に悪いことをしたとは思っていないが、少々怖い。


「何ですか、これ、滅茶苦茶おもしろいじゃないですか! なんでこんなものを隠していたんですか!?」


 ローブから顔が露出している事に気づいていないのか、いつもより目を輝かせてこちらに詰め寄ってくる。いつもは恥ずかしくて顔を隠すところなのだが、テンションが上がり過ぎて、そんなことは気にならないようだ。

 そんな彼女を前にこちらはいろんな意味でドキドキが止まらない。


「続きは? 続きはないのですか?」

「それが最新巻で、まだ完結していないんだ」

「そうなのですか……」


 死神さんの目から輝きが失われ肩が下がる。テンションが目に見えて下がってしまった。ここはちょっとテンションを再燃してもらおう。


「どうでした? この『ラズベリーキス』甘い中にもちょっとすっぱいところがあって、胸がときめいたでしょう?」

「はい、とてもときめきました。最初の出会いはちょっとときめいたものの、すぐに仲たがいして微妙になってきて、でも、ちょっとずつ二人の心が近づいていくんですけど、照れくさくて二人とも気持ちを表にだせないんですよ。そこの機微が本当に絶妙でまた心の距離が離れてしまうんです。そこに主人公に好意を持った女性が現れて三角関係かと思いきや、ヒロインに寄りつくクソゴキブリ野郎が現れて弱みをみぎられてしまって、そこで辛い思いをするヒロインに主人公がゲス野郎との間に割り込んできて、いい雰囲気になると思ったら、また主人公に好意を持っている女性が二人の仲を引き裂いてくるんですよ。それにですね……」


 再び目の輝きを取り戻した彼女は滅茶苦茶早口でまくし立ててくる。あまりに語りが早すぎて、この間3秒も経っていない。そこまで、彼女はこの漫画が気に入ったらしい。


「恋したいんじゃないですか?」

「ものすごく、恋したいです。私もこんな素敵な恋をして結ばれたいです! どうすれば、この気持ちが叶うのでしょうか?」


 目を輝かせる彼女に向けて視線を送る。その相手はここにいると、立てた親指を自分に向けて知らしめる。そこで、視線が合った。


「えぇ……」


 何か微妙な反応された。自分で言ったことだけど、やっぱり、人間は見た目が一〇割だった。この世に神も仏もいないのか。


「ふふふ、冗談です。少年は私と同じステージにいますよ」


 ここに仏はいなかったが、死神さんはいた。これからは、死神さんを崇めよう。

 目つきが悪くていつも機嫌悪そうにしていた死神さんがこちらと目を合わせて微笑んでくれた。見方によってはガンをつけられているような気もするけど、間違いなくこちらに好意を寄せている。


「じゃ、じゃあ、僕たちは恋人ってことで」

「それはダメです。もっと運命的な出会いがいいです。あんな訳のわからない出会いなんて無効にきまってます。やり直しを要求します」


 死の宣告からはじまった出会い。これも結構インパクトあるはずなのだが、彼女はお気に召さないご様子。


「そうか? あの出会いは結構貴重なものだと思うけど。特に死神さんがパニック状態になって恥ずかしくて狼狽えるところなんか、そうあるものじゃないだろ」

「それです! あの時、私が一方的に無様を晒していたじゃないですか。もっと、年上らしく格好いいところ見せたかったです」


 彼女は手入れの行き届いていない髪をさらにかき乱している。それが面白くてつい吹き出してしまった。彼女には悪いと思うが、我慢できない。


「酷いです。人の醜態を笑うなんて最低です」


 自分で醜態と認めてしまっている。そこも可愛いところだ。


「格好いいところって、どんなところなんだ? 教えてくれよ」


 オホンと、彼女はひとつ咳払いをする。


「わが名は死神。お前は三〇日後に死ぬ。もし、望むのであれば、お前と付き合ってやらんこともない……」


 言っている間に両手で顔を隠してうずくまってしまった。その気持ちよくわかる。やり直しとは意外と難しいもので、自分の思い通りにはいかないものだ。


「やっぱ、無し……。このままでいいです」


 蚊の鳴くような声が聞こえてきた。

 うずくまっている死神さんの手をとると、引っ張り上げて立ち上がらせる。そして、ぎゅっと抱きしめてやる。


「僕は死神さんのことが好きだよ」

「わ、わ、わ、わたし……も……」


 勇気を振り絞ったであろう声が耳に届く。その様子が心をくすぐってきて、この先をしたくなってきてしまう。抱きしめる力を強くして、顔を近づけて……。


「だ、ダメです! こ、これ以上は恋愛偏差値が高すぎます!」


 さすがに突き放されてしまう。今回はここまでで満足しておこう。死神さんにも心の準備が必要だろう。


「きょ、今日はこの辺で勘弁してあげましょう。ま、また明日……会いましょう」


 そう言い残して、死神さんは逃げるように消えてしまった。

 やはり、一方的に逃げるのはずるい。消えて逃げることを禁止してやりたい。

 また明日と言われたのだ、もう少し時間をかけて仲良くなろう。死神さんに恋心を知ってもらうことができたのは、大きな前進であるはずなのだから。

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