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4日目 死神さんの憂鬱

 学校から帰ってきて、家の扉を開ける。そのすぐ先には、キッチンが見えてくるはずだった。

 しかし、今日は黒いローブで全身を覆った人影が視界を遮っている。人影はいつものように背の丈以上の鎌を背負っていた。

 彼女が来てくれたことは嬉しいが、何か様子がおかしい。じっと立ったままで、何も話してこない。動く様子もないので、つい眉をひそめてしまう。

 もしかしたら、一日一回会う約束を破棄されてしまうのではないか。そんな妙な胸騒ぎが不安をかきたてる。彼女は意を決しているように感じた。


「どうしたの? こんなところじゃなくて、キッチンに行こう。また、紅茶を淹れてあげるよ」


 彼女は動かない。

 もしかしたら、彼女は別の死神かもしれないと疑ってしまう。しかし、彼女の纏う疲れたような雰囲気は、今まで一緒にいた死神さんのものだ。

 こちらのアプローチを無視されてしまうと、どう反応すればいいのわからずに戸惑ってしまう。


「少年は……どう思いますか?」


 話が見えなかった。肝心な部分が抜けていて何をどう答えたらいいのかまるでわからない。彼女が言い出すのを待つしかなかった。


「少年は私と一緒にて、本当に楽しいですか?」


 なるほど、彼女は自信がないらしい。自分が一緒にいてもつまらないだろうと思いこんでいる。

 これは失敗だ。彼女と一緒にいた時の気持ちが伝わっていない。


「楽しいよ。死神さんと一緒にいるのはすごく楽しい。ずっととなりにいて欲しいくらい楽しい」


 黒いローブがもぞもぞと蠢く。顔が見えないからわからないが、照れているに違いない。その顔が見られないのが、とても残念だ。


「う、嘘を言わないでください。だいたい、出会ったばかりの死神と一緒にいて楽しいと思える理由がわかりません。こういうのって、もっと、時間をかけるもので、私たちはほぼ初対面ですし……」

「時間は関係ない。これは一目惚れだから!」


 言い切ってやった。自分の気持ちを。


「そ、そんなの、ただ外見が気に入ったというだけじゃないですか、顔だけで好きとかよくわかりません」

「いいか、よく聞け、人間は見た目が一〇割だ」

「じゅ、一〇割! 全てじゃないですか」


 そう、人がまず最初に惚れる理由は外見だ。

 優しいから、紳士的だから、運動ができるから、そう思えるのは容姿が自分の中にある基準点より高い場合のみだ。

 見た目が悪いと、生理的に受け付けないとかいう理由で、人間として認識してもらえないのだ。

 そう、人間と認めてもらえるステージに立って、ようやく対等なのだ。


「誰でも、可愛い子がいい! 美人がいい! 好みの子がいい! そのハードルを越えた先に始めて、恋が始まるんだ」

「そ、それは、ちょっとうがった考えだと思いますよ。真理に近づきすぎです」


 おもむろに死神さんのローブをめくって、顔を露出させてやった。相変わらず不健康的で自分好みだ。

 彼女の顔を両手で固定して、強引にこちらに顔を向けてやる。パニックになって、目玉の中がぐるぐると回っているが、それがまた可愛い。


「それにな、男は常に彼女が欲しいと思っている。とある教材を使い始めると女の子に好かれるという内容の漫画を読もうものなら、その教材を購入するに決まってる。そんな、単純なものなんだよ」

「え、ええっー? え? えー?」


 彼女はまっとうに考えることができない状態で、正常な受け答えができていない。

 ここはたたみ掛ける場所だ。こちらも、徹夜明けのようなテンションに上がってきている。いつもは恥ずかしくて、言えないことも口にできる気がする。


「つまり、僕は死神さんのことが好きなんだよ。恋人になりたいんだよ! ずっと一緒にいて欲しい」

「えええーー?」


 とんでもないことを口走った。

 ちょっと冷静になると、両手で顔を覆って恥ずかしがる自分を隠したい。だけど、彼女の顔を固定するために、両手はふさがっている。もう、顔を突き合わせ続けるしかない。


「わかったか? 僕の本当の気持ちが――」

「きゃーッ!」


 腹部に猛烈な痛みを受けて突き飛ばされる。案外と威力が高い突きをくらい、お腹を押さえて身体をくの字に曲げて膝をついた。


「な、何を恥ずかしいことを言ってるんですか? 聞いてるこっちが恥ずかしくて死にそうです」


 何もそこまで言わなくても。


「私は死神です。その、人間の色恋はやはり、わからないというか。好き合うということ自体は知ってますが、意識に差があるんです」


 精一杯の告白があっさりと断られたことに、ダメージを受けて膝をつきそうだった。というか、すでに膝をついていた。


「きっと、死神も人間と変わらないと思う。死神さんは恋の素晴らしさをまだ知らないだけなんだ」


 彼女に言い聞かせるように言うが、実はダメージを受けた自分を立ち直らせるためのものだった。

 彼女が本気になれないのは、奥手で自分の心のうちを表に出せないからだ。だから、どうしたらいいのかわからずに戸惑っているだけなのだ。


「……少年は、どうやって恋の素晴らしさを知ったのですか?」


 それは、人間の本能だとしか言いようがない。勝手に雌に発情しているだけだ。だけど、それを知るにはとっておきの教材がある。


「恋愛漫画だ」

「れ、恋愛漫画……ですか?」

「もしかして、漫画を知らない?」

「いや、漫画くらい知ってます。馬鹿にしないでください」


 異性が出会い、相手を気になり、心が引かれて、恋に落ちる。この過程を簡単に知るには、もってこいだと思う。小説は時間がかかるから、漫画という媒体が手軽で最適だ。


「そこの本棚にあるから、読んでみてよ」

「……ここで、少年の前で読むのですか? ちょっと、恥ずかしいといいますか……」

「僕が学校に行っている時にでも読んでみて。それでも伝わらなかったら、また別の方法を考える」

「諦めないんですね」


 彼女は拘束から解放された顔を再びローブの中に隠してしまった。


「じゃあ、時間があったら、読んでみます。あまり期待しないでください」


 それだけ言うと、死神さんは消えてしまった。

 一方的に逃げることができるのはずるいと思いながら、彼女が消えた場所を眺めつづけた。

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