3日目 死神さんが学校に来た
死の宣告から三日目、今日はまだ死神さんと出会っていない。
軽く溜息を吐きながら、弁当を食べるために、学校の中庭へとやってきた。
中庭と呼んではいるが、校舎の隙間にある芝生と植木のある小さなスペースである。当然、誰も近寄らないので、人気がほとんどない。
中庭に設置されたベンチに座って弁当を広げる。教室ではクラスメートたちが、友人と机を付き合わせて楽しく昼食を取っていることだろう。そこに、自分の居場所はない。友人はいないし、友だちと笑い合うクラスメートの姿を見るのも辛い。必然的にひとりきりになれる場所に移動して昼食を食べることになる。
朝に自分で作った弁当に箸をつける。しかし、その箸は進まなかった。いつもひとりで弁当を作ってひとりで食べる。そこに、楽しみも驚きも喜びも見出すことができない。ただ、栄養を摂取するだけのつまらない食事。きっと、寿命が尽きるまで同じことを繰り返すのだろう。
「どうしたのです? 友だちと一緒に食べないのですか?」
ベンチの隣に黒ローブの女性が座っていた。
大きな鎌を肩に担いだ、ぼさぼさの白髪をしていて、病気を患っているかのような青白い肌をした女性。毎日会う約束をした死神さんだった。
相変わらず視線を合わせないように、前方を見たまま声をかけてくれていた。その横顔はどこかつまらなさそうな印象を受ける。現状に不満を持っているようだ。
「ひとりで食べるのが好きなんだ」
嘘をついた。見栄を張ったのだ。彼女にひとりぼっちであることを知られたくなかった。『つまらない人間』だと思われたくなかった。
「そうですか、邪魔をしてしまったようですね」
気づけばベンチから立ちあがろうとする彼女のローブの裾を掴んでいた。
「今日は誰かと一緒に食べたい気分になった」
自分がローブを掴んでいるのに気付いたのか、彼女は再びベンチに腰をおろした。さきほどまでとは違う横顔は、口角をあげて少し喜んでいるようにも見える。
「せっかくだから、何か食べないか? お世辞にも上等な弁当とは言えないが、そこそこに美味しいはずだ」
彼女はこちらの視線を気にしながら、弁当の中身を覗き込んでくる。まるで、自分の心を見られているような気がして体がむずむずする。
「じゃあ、このたこさんウィンナーがいいです」
今朝、弁当の中身に華やかさが足りないと、ウィンナーに包丁を入れて焼き上げたものだった。それは、本当に出来心で、こんなことはめったにしない。彼女と出会うようになって心境が少し変わったのかもしれない。
「じゃあ、口を開けてくれ。食べさせてあげるよ」
「えっ!」
彼女は驚いてこちらの顔を見てくるが、すぐに顔をそむけてしまう。少しだけど視線が合った、初めて会った時と変わらない、隈が濃い悪い目つき。
すぐに不満な顔つきになるが、こちらに向けて口を開いた。そんな彼女がかわいくて、つい笑いが口からもれた。
「わ、笑うのは失礼です。こちらも、恥ずかしかったですし……」
日の光を浴びていないと思うほど、青白い頬に朱が差した。見ただけで、何を考えているかがわかる。
「悪かったよ。ほら、もう一度口を開けて」
「あ、あーん」
再度彼女はこちらに向けて口を開けた。意外と小さな口にたこさんウィンナーを入れてやった。もぐもぐと口を動かして食べ始めると、すぐに飲みこむように喉が動いた。
「ウィンナーの味がしました」
「そりゃ、ウィンナーだしな」
つっけんどんな態度だったが、それが逆に微笑ましかった。その顔を見ているともっと食べて欲しいと、思ってしまう。
「他も食べてみるか?」
弁当の中で最も鮮やかな黄色をしている卵焼きを箸でつまむ。それを死神さんの方に向けた。
「嫌です。死神は卵を食べないんです。自分で食べたらいいじゃないですか」
「いや、自分の弁当をだれかに食べてもらうのって、意外と嬉しくて」
彼女は困った様子で眉に皺を寄せていたが、諦めたように口を開けてくれた。
「どうぞ、どうぞ」
卵焼きを口の中に入れると、咀嚼して飲みこんだとこを眺める。
「ま、まあまあ、美味しいんじゃないですか」
目を泳がせながら、そう言ってくれた。どうも恥ずかしがっているようだが、嘘をついている様子はなかった。そんな彼女の仕草ひとつひとつがこちらの心をくすぐってくる。
「死神は卵を食べないんじゃないのか?」
「私は特別なエリートの死神なので、卵くらい食べられます」
「そういうことにしとくよ。もうひとつどう?」
彼女は「はぁ」と息を吐く。何かを考えているようだったが、顔をこちらに向けてきた。
「これが最後ですからね」
口をあーんと開いてきた。そこにもう一度たこさんウィンナーを入れてやる。もぐもぐと咀嚼している様子が、子供のように見えてきた。
「はい、これで終わりです。もうすぐ、昼休みが終わるので、早く食べたらいいですよ」
スマホの画面を見ると、確かに残り時間は少ない。
「急いで食べないと」
自分の弁当を口の中にかっ込む。
いつものように、つまらないものではなく、味が豊かに感じた。人と一緒に食べるということが、これほどまで弁当を変えてしまうとは思わなかった。
弁当を食べ終わるまで、死神さんはベンチの隣に座っていてくれた。それが、まるで恋人のようでとても嬉しかった。