28日目 死神さんの潜入作戦
日曜を終えてベッドに入る直前、軽くストレッチをして体をほぐす。いつもはこんなことはせずに、すぐさまベッドへインするのだが、今日は一つ気がかりがある。
「じー……」
死神さんが物陰からこちらを覗いている。彼女はこちらが気づいていることを知らないようで、静かに見つめてくる。何が目的なのか、いまいち判断ができない。何かをたくらんでいることは間違いないが、まるで心当たりがない。
目を合わせないように、死神さんに背中を向けてストレッチを続ける。彼女はまだこちらを見つめている。かなり体がほぐれてきて、これ以上すると不審に思われるだろう。
電灯を消してからベッドに潜り込む。そして、目を閉じてじっと動かないようにした。
……
…………
………………
「少年、寝てますか?」
少し間を空けてから死神さんが呟いた。どんな理由でこちらに声をかけてきたのかわからない。
「もう寝た」
サッというもの音が聞こえた。暗くて見えないが、死神さんは再び物陰に隠れたのだろう。どうやら、こちらが眠るのを待っているようだ。
何が目的なのか、それがわからない。以前、寝顔が見たいというから、目の前で寝て見せたことがある。今回の目的はなんだろうか、考えられるのは悪戯だろう。マジックで顔に落書きでもするのだろうか。
目を閉じてじっと死神さんの動向を探っていると、小さな足音が聞こえてきた。
「もう寝ましたよね?」
死神さんが気になって目がギンギンに冴えているが、返事をせずに眠ったように振舞う。
声をかけて確認することは悪い手ではないが、狸寝入りされたときの対策がおろそかだ。寝ていることを完全に把握するのは難しいのかもしれない。なるべく近づかず、気取られないようにする良い方法が思い浮かばない。
そんなことを考えていると、ベッドの真横に死神さんが立っている気配がした。これから何をされるのかと、身構えて眉がぴくぴくと動いてしまう。
「ではでは、失礼しますよ……」
掛け布団がもぞもぞと蠢くのがわかる。これは、布団の中に潜り込んできているようだ。何が目的なのかわからぬままにじっと待っていると、そのうち蠢きがおさまる。
反応がなくなって何が起こるのか身構えていたが、一向に何かが起こる気配がない。目を開けて、そっと死神さんの方に顔を動かす。すると、視界いっぱいに彼女の白い顔があった。
「うわぁッ!」
予想外のことに、叫んで飛び起きてしまった。死神さんも叫び声を聞いて体をむくりと起こした。すぐさま、電灯を点けて何事か確認する。
「もう、うるさいですよ、少年」
「本当にな! うるさくてごめんね!」
黒いパジャマを着た死神さんがすぐ隣にいた。彼女は眩しいのか目を細めている。
「何してるんです?」
「えーと……」
死神さんはベッドから降りると、再び物陰に隠れた。理由は彼女の口から言い出しにくいことのようだ。ならば、こちらから答えを提示してみよう。
「もしかして、添い寝ですか?」
少し距離をとったところにいる死神さんがこくりと頷く。
「そんな破廉恥なこと、言えるわけないじゃないですか!」
「そうかな? そんなに破廉恥なことかな!?」
死神さんの基準がわからない。今までそれと似たことを散々してきたような気がするのだが、それらは破廉恥ではないらしい。コスプレ、デート、ひざ枕、混浴……。並べてみれば、あまり破廉恥ではなかったかもしれない。
「別にいいじゃないですか、しましょうよ、添い寝」
「そ、それは……」
「僕はしたいですよ、死神さんと添い寝。もう寿命が少ないわけですし、できることは全部やりたい」
死神さんが物陰から顔だけ出してきた。少し卑怯な言い方であったことは理解しているが、添い寝くらいしても罰は当たらないだろう。
「さぁ、さぁ」
ベッドに横になって、隣をぽんぽんと叩いてこちらから誘う。死神さんが求められているのなら、破廉恥だとは感じないだろう。
「し、しかたがないですね。少年がそこまで言うのなら添い寝をしてあげなくもないです」
ベッドに歩み寄ってきて座りこんできた。まだ、横になることに抵抗があるようだ。
「ほら、横になって」
促すと、死神さんは恐る恐るといった感じで寝ころんだ。これ幸いと、掛布団で覆って逃げ出しにくくする。
あらためて死神さんの方を見ると、間近に彼女の顔があった。その近さは近日類を見ないほどの距離だった。今まで使っていたベッドがここまで狭いとは思っていなかった。二人で入ると必然的に身を寄せ合うことになる。
「あああ……」
死神さんはパニックに陥る寸前で、目がぐるぐるとまわっていた。このままではまともに眠れないと思い、すぐさま電灯を消して暗闇で部屋を包んだ。
暗くなっても、彼女の顔がはっきりとわかるが、先ほどまでの恥ずかしさはない。暗闇でも白く浮かび上がる死神さんの顔はまるで芸術品のようで心を奪っていく。胸は高鳴り、どうやったら落ち着くのかわからないほど、彼女に夢中だった。
死神さんはまだ目を回しているようだったが、それでも少しは落ち着いていた。
不思議なことに、恥ずかしくあっていても、お互い顔を逸らすことはなかった。心の奥底では、もっと見たいと感じているのだろう。
やがて、距離になれてきたころ、さらなる欲求が心の奥から湧き上がってきた。
「死神さん、抱いてもいいですか?」
「はぁ!? な、何を言っているんですか少年は!? この作品は健全なコンテンツであって、R18ではないんですよ!?」
言ってこちらも羞恥で顔が熱くなってきた。言い方が悪かった。
「抱くって、そっちの意味ではなくて、抱き枕的な”抱く”です」
「ああ、そっちですか――」
安堵しているように見えたが、彼女の動きは固まっていた。どちらにしても”抱く”という行為は彼女にとってハードルが高かったようだ。
「そうか……駄目だったか……」
「――折衷案! 私を抱くのはNGですが、私が抱くのはOKです! ほら、少年はこちらに背中を向けてください」
死神さんの言いたいことが何となくわかった。対面で抱くのは恥ずかしいし、自分が抱かれるのも恥ずかしい。だから、自分から抱くという選択のようだった。こちらとしては、抱くことができなくて残念ではあるが、死神さんに抱かれるのは悪くない落し所だった。
寝返りをうって、死神さんに背中を向ける。すると、たどたどしい手つきで背中に触れてくる。寝間着越しでも接触していることが、体を熱くさせる。ひざ枕や、お風呂とはまた違った興奮がある。一つのベッドで眠るという背徳感じみた意識が胸の鼓動を早くさせた。
さらに、死神さんは手を伸ばして体を抱え込んでくる。ふわりと接触する彼女の胸から早鐘をうつ鼓動が聞こえてくる気がした。こんな状態で眠ることなんてできないだろう。他の人たちはこんなことをしてよく平気で眠れるものだ。そう思っていたが、意外と気持ちよかったようで、早々に意識が途絶えていった。




