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26日目 死神さんは登校したい

 朝食はトーストと紅茶で済ませ、歯磨き、洗顔、着替えを終えて玄関扉の前に立つ。扉を開けて外へ出た。まだ高くない太陽に、青一色の空。快晴と呼ぶべき天候が爽やかに染みわたる。


「さあ、少年、出発しましょう」


 隣には黒いセーラー服を着た死神さん。OLを思わせる外見とセーラー服が相まってただのコスプレイヤーに見えてしまうのだが、遠目に見ればあまり気にならないだろう。

 今日は死神さんの提案で一緒に登校することになっている。彼女曰く「一緒に登校というイベントは経験しなくていけません」らしい。自分としても悪い提案ではない。むしろ歓迎すべきことだった。


「早くいきましょう」


 手を引っ張る死神さんに抗って玄関のカギをかける。それから、彼女のするがままに引っ張られていった。


「いやー、少年はいつもここを通って学校に行っているんですね」


 死神さんとともに通学路を歩く。それだけで、いつもの道が輝いて見える。その辺りに捨てられている空き缶。塀の上で欠伸をする猫。植木に水をやるおばちゃん。すべてが輝いていた。


「……」


 気分よく登校しているというのに、隣の死神さんの顔が優れない。

 こんなにもいい青空、素晴らしい町並み、文句のつけようのないアスファルトの道路、何が気に入らないというのだろうか。


「少年、何かないのですか?」

「何かって何です?」

「ほら、ありますよね、登校しながらするストロベリートーク。道路を走る車が水溜りの水をぶかっけてくる。通行人がキスをしているのを見てドキドキする展開……。そういうのです」


 恋愛漫画に毒され過ぎている。ストロベリートークはまだしも、他二つは妄想の域に達している。死神さんが登校に過度な期待をしていたのがわかった。

 本来の登校を知らないから、そう思えるのだろう。登校なんて景色は灰色で、色もなければ、音もない。死刑囚が絞首台を登るようなものだ。


「そういうのはないです」

「そうなのですか? 登校といえば重要イベントのはずでは?」


 異性と一緒だから重要イベントなのではないかと思ったが、現に今がそれである。死神さんが期待するわけだ。


「じゃあ、何か喋ります?」

「そうですね……こういうときって、何を話すんですか?」

「……いや、登校はいつも一人だったから」

「なるほど、そういうことですか」


 言っててさみしくなる。小学のときは集団登校とかしていたが、何を喋っていたのか思い出せない。中学時代からすでに一人だった。こういうときはどうすればいいのだろうか。


「少年、ここはお喋りの殿堂、テレビのネタです」

「いや、一緒に見てただろ」

「……もう、盛り上がってましたね」


 テレビに関する話はすでに済んでいた。昨日は女児を助けた後から死神さんと一緒だった。だから、昨日の話題は使えない。何だか彼女がしょんぼりしてきた。


「あれですよ。死神さんと一緒に登校できることが、僕にとっては一番重要なんだよ。会話とか別になくてもいいから」

「本当ですか? ですが、もっと盛り上がったほうがいいのはないですか?」

「そんなことはないよ。好きな人が隣にいるというだけで、僕は幸せだ」


 好きな人と肩を並べて登校できる。その時点で、これ以上ない幸せなのだ。死神さんに視線を向けると、見上げた彼女と視線が合う。途端、彼女は顔をそらしてしまった。そんな反応が可愛くてしかたがない。


「あれですよ、あれ。少年は急に恥ずかしいことを言ってくるので、その、困ります」

「それぐらいいいじゃないか。もっと顔を見せてくださいよ」

「いーやーだー」


 頭を振って視線を合わせまいとする死神さんに顔を近づけて視線を合わせようとする。そのたびに彼女の白髪が顔に当たるのだが、それを含めて楽しくてしかたがない。


「しょ、少年は、何度私を恥ずかしがせれば気が済むんですか!?」

「何回でも恥ずかしがってくれていい。その度に嬉しいから」

「シャーッ!」


 恥ずかしい言葉で追い打ちをすると、威嚇する猫のような声をあげた。死神さんはいつも不機嫌そうな顔をしているのだが、意外と表情豊かで弄ってあげると面白い。

 歯を剥き出しにして威嚇を続ける死神さんを見ていて、ふと、我に返る。こうして死神さんといちゃいちゃできるのも、あとわずかだ。彼女と一緒にいるこの瞬間瞬間が、とても貴重なのだ。もっと、色々な彼女の顔が見たい。そう思うのは、当然のことだろう。


「? どうしたのですか? 急に顔が真面目になりましたが」

「ここを通るのも、あと数回しかない。その一回が死神さんと一緒に通ることができるのが、嬉しいと思ったんだ」


 死神さんも思い出したようだ。こちらの寿命のことを。彼女と一緒にいられる時間が限られているということを。

 眉を八の字にしてこちらを見上げてくる。自分が蒔いた種とはいえ、彼女のさみしそうな顔は見たくない。別れるときも、笑顔でいたい。


「うおらッ! こちょこちょこちょ!」

「うわ、何をするのですか少年!」


 セーラー服越しに、彼女の体をくすぐる。そんな程度ではくすぐったくもないはずなのだが、彼女の顔に笑顔が戻った。それを見て手を止めると、彼女の手が握りしめてきた。


「しょうがないですね、少年は。私が一生そばについていてあげます」

「一生って、もうすぐ終わるんですが」


 死神さんと手を繋いで歩きなれた道を歩く。そう、それだけでよかったのだ。ストロベリートークも、ラブラブカップルも、水をぶっかけてくる車も、何も必要ない。手を繋いでお互いを感じられればそれでいい。


「死神さんって、笑顔が可愛いですよね。いつも笑っていたらいいのに」

「いつもニコニコしている死神なんて気持ち悪いじゃないですか」

「んー、ピエロみたいなの?」

「あれと一緒にして欲しくないです」


 他愛もない会話をしながら、学校を目指す。このままサボってもよかったが、今回の目的はあくまで一緒に登校することである。


「着きましたね、学校」


 気が付けば、視界に校門が見えた。校門に吸いこまれるように、生徒が歩いていく。友人と一緒の生徒もいれば、一人きりの生徒もいるし、自転車登校している生徒もいる。そして、自分もまた、その中の一人である。


「このまま一緒に授業受ける?」

「止めておきます。今日はここまでです」


 部外者として捕まりたくないですし、と付け加えていた。

 限られた時間をいかに楽しむかということも重要なのだろう。どれだけ濃密な時間を過ごせたか、ということなのだろう。


「また会える?」

「今日は仕事がありますので、少年が帰宅するころには家にもどります」


 家にもどる、いい言葉だ。自分の家を「我が家」のように思ってくれている証だ。


「じゃあ、また後で」

「はい。少年も勉強を頑張ってください」


 勉強……そのことをすっかり忘れていた。思えば、勉強しに学校へ行くのだ。前に死神さんも言っていたけど、死んでしまったら勉強なんて何の役にも立たない。時間を無駄にするような気がするが、今日はあくまでも登校だ。おとなしくこのまま学校へ行こう。

 手を振り、死神さんと別れた。

 校門をくぐるこちらの背中をじっと見つめていてくれた。今から学校が終わるのが待ち遠しい。

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