23日目 死神さんは納得できない
今日は集めている漫画『ラズベリーキス』の発売日だ。最新巻であり最終巻でもある。長く続いた大恋愛に終わりが来たのだ。
自分が読んだ後に、最新巻を楽しみにしていた死神さんに手渡した。彼女は本を持ったまま食い入るように読みふける。いつにもなく真剣な面持ちで読み進めていく。読み終わるまでその様子を見守った。
死神さんは読み終わった漫画をパタンと閉じる。その表情は思ったよりも冷静で、内容に感動したようには見えない。
「どうだった?」
「はい。とても面白かったです。すべてが丸く収まって大団円で幕を閉じています。はっきり言って、最高の終わりだと思います」
自分も死神さんと同じ感想だった。文句のつけようがないラブコメと言ってもいい。物語の始まりのきっかけとなった二人が紆余曲折あって、自分達の気持ちを伝え合い見事両想いで晴れて恋人になる。王道であり正道。裏切られた、驚きの展開は、途中に少しあったが概ね望みうる結末だ。
「……それにしては、あまり嬉しそうじゃないな」
「そうですね。もうこれ以上二人の物語を見ることができないという、一抹の寂しさはあります」
よくある話だ。確かに今まで見てきた作品が終わるというのは、さみしさを感じるものだ。それが大好きであればあるほど、そのさみしさは大きくなる。その気持ちは痛いほどわかる。実際、自分もそんな気持ちになっている。
しかし、彼女の悲しそうな顔はそれだけではない、そう感じた。
「クソのようなゴキブリ野郎は、相応の悲惨な目にあって溜飲は下がりました。途中で参加した主人公を好きな女性も、二人の仲を認めて最後は笑顔を見せてくれました……」
とつとつと言葉を紡ぐ。晴れやかではなかった彼女の顔はさらに陰りを増していく。
「……本当に、いい作品でした」
本心で言っているのだろうが、魚の骨がつっかえたようなスッキリしない言い方。
「何をそんなに気にしてるんだ?」
「出会った順番、一緒にいた時間……それが重要なのはわかります。主人公と結ばれたヒロインは両方持っていました」
死神さんの言いたいことが、少しわかってきた。
「主人公に好意を持っていた二人目のヒロインは、最初から勝ちの目はなかったのでしょうか」
彼女は主人公たちと三角関係を築いたもう一人のヒロインに自分を重ねている、そんな気がする。彼女が言いたかったのは――
「途中から参加したヒロインは負けるしかなかったのですか? やっぱり、出会ってからの時間というのは覆らないのですね」
これは、驕りかもしれないが、自分と死神さんが出会ってからのことを言っているのかもしれない。今は良好な関係を築けている、自分と死神さん。だけど、二人が出会ってからまだ三週間程度しか経っていない。その出会ってから間もないという事実が、彼女を不安にさせているのだろう。
「大丈夫! 僕にとって死神さんが一番だから! 負けヒロインになることなんてないし!」
「……本当ですか?」
漫画を読み終えたばかりでまだ引きずっているようだ。
「いきなり、幼馴染とか登場しませんか? 実は昔二人は付き合っていてよりを戻そうとか言って、私を置いていくのですね。これがNTRというものなのでしょうか」
「いや、きっとそれは特殊な事例であってNTRとは違うんじゃないかな!?」
恋愛知識を漫画で得ているために、死神さんの妄想が爆発している。いったい、どこでNTRを知ったのかわからないが、あまり漫画だけに頼っているのはよくないのかもしれない。しかし、恋愛知識なんて何で身につけるべきなのだろうか、自分も漫画か映画、たまに小説ぐらいなものである。
「とにかく、幼馴染は現れないし、恋仲だったこともない。恋人とか一度もいたことがないから安心して欲しい」
「それはそれでどうかと思います」
「ちくしょー!」
どうやって死神さんの機嫌をとろうかと頭を悩ますが、なかなかうまくいかない。どう説明するべきなのだろうか。
「僕が好きなのは死神さんだけで、それは金輪際変わることはない。不滅の愛を誓おう」
「……次は学校にいる女友達ですね?」
「もう、そこから離れてくれない!?」
言葉だけでは通じない。安心させてあげられない。言葉が駄目なら態度で示せ。
情緒不安定になってガタガタ揺れる死神さんを強引に抱きしめる。意外と小さな体がすっぽりと胸に収まる。
「これでも安心できない? 僕が好きなのは死神さんただ一人。この命、かけてもいい」
「でも、あと一週間で死ぬんですよ?」
「それでも、さ」
「私、負けヒロインじゃないんですね」
「そうだよ」
それに、漫画の結ばれなかったヒロインも、二人が結ばれるのを認めている。もし、死神さんが負けヒロインになっても、きっと悲しいだけじゃないはずだ。そもそも、負けヒロインという考え方がいけないのかもしれない。次の恋がきっと待っている。だから、誰もがヒロインなのだ。
「死神さんは僕にとってヒロインだよ」
死神さんが胸に顔を埋めてくる。彼女も落ち着いてきたみたいだ。彼女の傷んだ白髪を撫でていると、ちーんという音が聞こえてきた。後で服は洗っておこう。
「……私が少年を好きでなかったとしても?」
「それでも変わらない。自分が負け主人公だとしても、死神さんを選ぶよ」
負けなのに選ぶのかと、自分で言っていてわけがわからなかった。でも、心の内は言葉通りだ。
「また一巻から読みたいです」
何か思うところがあるようだ。彼女に漫画を渡してやる。
死神さんは抱かれたまま漫画を読み始めた。彼女を抱いているこの姿勢は地味に辛いのだが、気に入られているようなのでこのまま動かないようにした。
「今度は死神さんがメインヒロインだ」
「むぅ……」
死神さんがこの姿勢を続けるのは、顔を見られたくないからかもしれない。そうではなく、ただの自意識過剰かもしれない。
死神さんと一緒にいられる時間は残り少ない。あと一週間で死んでしまうのだ。それまで、彼女を愛していたい。そう考えなが抱きしめた。




