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21日目 死神さんは見てみたい

「少年ばかり見てるなんて不公平です」


 日曜が始まったばかりの午前。

 朝食を済ませて一息ついてから、ソファに体を預けて漫画を読んでいたときのことだ。いつもより早い時間に来た死神さんの第一声がそれである。


 何を指して見ているのかがいまいちわからない。疑問の視線を向けると、死神さんの顔が近づいてきた。その距離は近く、少し顔を前に出すだけで唇が当たってしまいそうだった。


「昨日、見てましたよね?」

「うん?」


 何を見ていたのか、心当たりがない。そういえば、夜の特番で地上波初放送の映画がやっていた。期待していたのだが、時間の無駄だと思えてしまうような内容だった。


「私の! 寝顔です!」

「ああ……そういえば、昨日はご就寝でしたね」


 寝ていた死神さんを起こさないように静かにしていたことを思い出す。確かに可愛らしい寝顔だった。また見たいと思わせる魅力に溢れていた。


「ご就寝じゃありません。以前にもここで寝てたことがありましたけど、その時も見たんですよね」


 以前、確か死神さんの鎌に触れて冥界に落ちそうになった時のことだろう。あの時はじっくりと観察することができなかったのが、今では悔やまれる。


「寝顔を見られたから、死神さんも僕の寝顔を見たい……と」

「その通りです」


 死神さんが鼻息荒く言うものだから、顔に息が当たって気持ち悪い。

 ひとまず彼女の肩を掴んで押し出した。自分があまりにも興奮していたことに気づいたのか、彼女は落ち着くように深呼吸をしている。


「だったら、夜に寝ている間に見ればよかったのでは?」

「そんなのつまらないです。それに、昼寝して、無防備を晒しているときに見なければ意味がありません」


 無茶苦茶なことを言い出した。これはめんどくさくなると感じて、長期戦の覚悟を決めた。


「じゃあ、僕も昼寝をしたらいいのか?」

「ただの昼寝ではつまらないです。だから、私には秘策があります」


 彼女はこちらを押し退けてソファに座ってくる。狭いと思いながらも、彼女のためのスペースを空けてあげた。

 ドカっと座った彼女は、自身の太ももをパンパンと叩いてきた。それが何の意味かがまったくわからない。


「ふふふ、わかりませんか?」


 どうやらこちらの顔が怪訝なものになっていたようで、彼女は勝ち誇った顔を向けてくる。その顔がどうにもこちらを苛立たせる。


「これぞ、秘奥義ひざ枕です!」


 つい、体の動きが止まってしまう。今時そんなベタなことは、ラブコメくらいしかやらない……と、思った後に気付いた。死神さんの恋愛知識のすべては、漫画によって身につけられたものだった。


「さぁ、どうぞ、思う存分、枕にしてください」


 痛くなってきた頭をさすりながら、死神さんを見ると、先ほどよりイラッとするどや顔を晒してきた。


 いつも服に隠れていた太ももに視線を向ける。これを枕にして眠るのかと、少し興奮してきた。痩せ気味の死神さんの太ももはどんな心地がするのだろうか。意外とふっくらとしていて寝心地がいいかもしれないし、見た目通り、骨ばっているのかもしれない。


「じゃあ、失礼して……」

「待って!」


 体を横にして寝転がろうとすると、死神さんは両手でこちらの頭を支えてくる。このままでは、ひざ枕をさせてもらえない。


「どうしたんだ?」

「これ……意外と恥ずかしいですね」


 自分から言い出したにもかかわらず、心の準備ができていないのは死神さんの方だった。

 そんな彼女の自由意思を無視するかのように倒れ込んで、両手に支えられた体に体重をかけていく。少しの間、抵抗されたが、最後には諦めたように力を抜いた。ついに頭が彼女の太ももに軟着陸したのだ。


「ど、どうですか?」


 どう答えようか迷った。

 死神さんの細身は見た目通りというか、肉付きは悪くて骨でごつごつしていた。正直なところ、寝心地は悪い。ソファに倒れ込んだほうが、よっぽど柔らかくて眠りやすい。


「うん、気持ちいい」


 ひざ枕とは、寝心地にあらず。ローブ越しに感じる暖かさと、太ももに触れているのだという禁忌を犯したかのような背徳感。この感覚はひざ枕独自のもので、何ものにも代えがたい気持ちの昂りがあった。


「あ、これ、結構足が痛いですね。もうどいてもらえませんか?」

「嫌だ。もっとひざ枕してくれよ」


 寝相を変えて、後頭部が膝に来るようにすると、死神さんの顔を真下から見ることができる。豊満な胸によって少し見えづらいが、充分に表情までわかる。

 少し苦しそうな顔だったので、心惜しいが頭を上げようと力を込める。だが、頭は上がらない。


「何をしているんですか。このまま眠ってもらいます」


 どうやら押さえつけられているようだった。先ほどまでの主張がいきなりひっくり返ったが、こちらの寝顔を見るまでは諦めないらしい。ならば、出来ることはただ一つ。早く眠ることだ。


「頭を撫でて欲しい。よく眠れるような気がする」

「そ、そうですか?」


 死神さんの手が恐る恐るといった感じで頭に触れた。それから、手がゆっくりと動き始める。もどかしいような撫で様だったが、存外と気持ちいい。小さな子供にでもなった気分だ。


「これでいいですか?」

「そうそう、こんな感じ」


 頭を撫でる死神さんの顔は、まるで生命を慈しむような優しさを帯びている。死神だというのに、何だか変な気分である。


「ねんねんころりよおころりよ」


 急に歌い出した。


「何の歌?」


 記憶にない歌だ。でも、どこか懐かしい。


「子守歌です。少年は聞いたことないかもしれませんね。ですが、小さいころ、まだ物心つく前、お母さんが歌っていたかもしれません」


 耳にとどく柔らかな歌声に、撫でられる感触を味わいながら、ゆっくりと目を閉じる。実は寝不足で眠気を我慢していた。これなら、安らかに眠れるような気がする。


「おやすみなさい」


 彼女の小さな歌声が耳に届く。それから、温い沼に沈んでいくようにゆっくりと意識が途切れていった……。

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