表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/30

20日目 死神さんのお昼寝

 土曜日。

 授業は午前中だけという半日授業の日。登下校のことを考えると、実に無駄な労力を使っていると思わざるを得ない。授業が終わるのが早い、明日は日曜日で学校は休みという中途半端な解放感で授業に集中できるわけもなく、気が付けばすべての授業が終わっていた。


 いつもより早い時間に家に到着する。

 玄関扉を開けて「ただいま」と挨拶してから家の中にはいる。最近は「おかえりなさい」という返事がくることが多いのだが、今日は不在のようだ。


 テレビのある部屋にやってくると、ソファで横になって寝息を立てている死神さんがいた。こんな光景を最近見たことはあったが、彼女の鎌で生死の境を彷徨ってしまったので間近で寝顔を見ることはできなかった。

 じっくりと彼女の顔を眺める。青磁のような薄い青色の肌に、目元は深い隈によって黒く縁取られている。こうして見ると、死相がが出ている。呼吸による胸の上下がなければ、ただの死体と言っても信じない者はいないだろう。


 死んだような顔でも、彼女の美しさは変わらない。むしろ、目つきの悪さを感じなくる分、さらに綺麗に見える。いろいろと残念な部分はあるのだが、総合すると均整がとれている。それは奇跡に近かった。


 もっと化粧したりしてお洒落をした方がいいのかもしれないが、それは彼女の魅力を奪ってしまう。静かにさえしていれば誰もが心を奪われることだろう。

 ただし、これは自分の主観であって、実際はそうでもないかもしれない。美しさというものは実にあやふやなものだ。


「うん……」


 細い口から寝息がもれる。何か夢を見ているのかもしれない。


「んー……少年のエッチ・スケッチ・ワンタッチ……」


 耳を疑った。今、何と言ったのか、意味がまるでわからなかった。かろうじて、エッチという部分は理解できた。自分が助べえだとなじられたのだろう。だが、それに続く言葉の意味がまるでわからない。


 スケッチ……普通に考えれば絵を描くことだろう。

 ワンタッチ……テレビCMでたまに耳にする、指先ひとつで解決するという、楽をイメージしやすくした言葉だ。

 この三つが繋がる意味がわからない。言葉の最後に『チ』がつくことくらいしかわからない。いったい、この言葉はどこから出てきたのだろうか。


 死神さんの年齢から考えて、とても古臭いような言葉に思える。それと同時に、一周まわって最近作られた新しい言葉のような気がしなくもない。この言葉は一体、何を表現したいのだろう。


 死神さんの寝言で混乱した頭をスッキリさせるために、キッチンへと向かう。こういうときは、紅茶でも飲んでリフレッシュするのがいいだろう。


 茶葉の置いてある棚の前にやってくると、とある瓶が視界に入る。ぱっと見ただけでわかった。

 これは、以前、死神さんが為三さんの通夜でパクってきたインスタントコーヒーだ。飲んだときの口に広がる最悪な味は今でも憶えている。

 あのときは処分しようと思っていたのだが、ごみの分別にうるさい昨今では瓶の処分は実に面倒だ。だから、棚にしまっていつか捨てようと思っていたのだ。


 茶葉を取り出すはずだったのだが、気が付いたら茶色いモノが入った瓶を手に持っていた。死神さんと苦い記憶を共有した、まさに思い出の一品である。だからか、無性に飲みたくなった。

 コップに茶色い何かを入れて、お湯を注ぐ。これだけで完成する、実にお手軽なものだ。手順は簡単、ごみも出ない。ある意味では究極の飲み物だ。そう、究極に味も悪い。

 カップに溜まっている黒い液体を口に含むと、この世の地獄ともいえる味が口中に広がる。やっぱり無理だと判断して、残りのコーヒーは流しに消えた。


「ううん……く、臭い……」


 彼女のもとに戻ると、悪夢を見ているように顔が歪んでいる。さきほどまでの安らかさは失われ、苦しそうに悶えている。やはり、安易な気持ちでコーヒーには手を出すものではない。


 苦しそうな彼女の顔にかかる白い髪をそっと掬った。整った顔が良く見えるようになり、さらに髪を梳いた。ダメージを受けている髪はすぐに指にひっかかってうまくできない。梳くのをやめて、なでることにした。

 この髪は死神さんを残念にしている要素だったが、自分はそれが好きだった。完璧より瑕がついていた方が、さらなる可能性を感じる。だから、白髪は彼女の魅力を引き立てるアクセントになっているのだ。


 髪をなでていると、苦痛に歪む彼女の顔が次第に穏やかなものになっていく。なでられるのが気持ちいいのか、まるでねだるように頭を差し出してくる。そんな彼女が愛おしくてたまらなかった。


「少年!」


 唐突な叫びがあがり、何かが覆い被さってくる。何事かと身構えると、死神さんが抱きついてきたらしい。暖かい腕と、豊満な胸にはさまれるのは、この世のものとは思えないほどの幸せに満ちていた。

 彼女がどんな夢を見ているのかはわからないが、いい夢であることには違いない。抱きついてきた彼女をゆっくりとソファに寝かせる。抱く力は弱く簡単に解くことができた。


 まだ夢の中にいるらしく、もごもごと口を動かしている。そんな彼女をじっと見つめる。いい夢ならもっと見せてあげたい。彼女が起きるまでの時間、傍らで見守った。


 目を覚ましたら、どんな言葉でからかってやろうと、今から考えることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ