19日目 死神さんはかまってほしい
学生には避けて通れぬ道がある。それは、居残りだ。
自習の授業、配られたプリントをこなさなければならなかったが、すっかりとねむりこけてしまった。プリントの回収が始まって、かろうじて名前を書くことはできたが、ほぼ白紙のまま回収されてしまった。
放課後、職員室に呼び出された。当然、自習で白紙同然のプリントを提出してしまったからだ。これには、教師も随分と腹を立てて、今日中にプリントを再提出するようにと指示をしてきた。寝ていたこちらも悪いので、甘んじてプリントに取り組むことにしたのだ。
教室にぽつんと一人で残されてプリントの問題を解いていく。実際にやってみると、これが意外と難しい。自習の時は授業時間という制限時間があったので、すべての問題を解く必要はなかった。時間切れという冴えた手段があったのだ。長い時間がある放課後ではその手を使うことはできない。
ひとつずつ確実に問いに回答していくと、かなりの時間を要する。プリントを終わらせるのはまだまだ先になりそうだった。
「少年……何をしているのですか?」
唐突に耳元でささやかれて、ついビクンと体が跳ねてしまう。
「死神さんか……何の用なんです?」
「少年がいつまで経っても帰ってこないから、様子を見に来たのです」
教室の壁かけ時計で現在の時間を確認すると十六時半を過ぎていた。いつもなら、テレビのある部屋で死神さんと談笑している時間だ。彼女なりに心配してくれているようだ。だけど、今はかまっている余裕はない。最終下校時間までにプリントが終わらないと、どんな説教をくらうかわかったものではない。
「今はプリントやってるから、また後でな」
「えー……そんなのつまらないじゃないですか」
つまらないと言われても、これが学生の本分であるから仕方がない。
「先に家に戻ってて。わかるだろ」
死神さんは頬をぷくーと膨らませて、不満があることを隠さない。こんなやり取りをしている間にも時間は刻々と過ぎていく。タイムリミットが近い。彼女と遊んでいる暇はないのだ。
「そんなことを言われても暇なんです。仕事は珍しく早く終わってしまいましたし、いつも見ているテレビ番組も終わっちゃいましたよ」
少し前までは、一緒にいることに否定的だったのに、今は一緒に遊びたいと言ってくる始末。ずいぶんな変わりようだった。それは自分にとってとても嬉しいことではあった。
「じゃあ、しりとりしましょう。この程度ならなにも問題ありません」
頭を振るが、死神さんはお構いなしといった感じで、話を続ける。
「まずは私の番ですね。『しりとり』の『り』から始めます。ここは定番の『りんご』です」
本気でしりとりを続ける気だ。こちらはそれどころではないというのに。
「『ごはん』」
速攻で終わらせた。
「ちょっと待ってください。そんな意地悪をしないでください。今のは無しでお願いします」
「……『ごりら』」
仕方がないので、今度はド定番で返してあげた。
「ら……ですね。『ランボルギーニ』」
定番の『らっぱ』じゃないのかよと、ツッコミたい気持ちを抑えた。それにしりとりで『ランボルギーニ』とか初めて聞いたわ。
「さぁ、少年の番ですよ」
「……『にんじん』」
「ちょっとぉ! もう少し、真面目にやってくださいよ」
こちらは真面目にやっている。提出しなければならないプリントをな。
「『にく』」
「『く』ですね……『クラウン』!」
瞬間、空気が凍りつく。動かしていた手もピタリと止まった。それから、教室内から物音はほとんど消え去り、掛け時計が動く音だけ聞こえた。
死神さんの顔を見ると、いつもは病的なまでに青白い顔が、元気でいっぱいな人のような顔になっている。自分でも恥ずかしいことをしてしまったことに気づいているようだ。
「ははは……今のはただのジョークです。本当は『くるま』といいたかったのです」
そこまで車縛りをする必要はあるのだろうか。
「『マージャン』」
「またぁッ! もっとかまってくださいよ。寂しいじゃないですか」
本音が駄々洩れになってきた。
それにしても、駄々をこねる死神さんは子供のようで可愛い。これがギャップ萌えというやつだろうか。
「……『マスタング』」
「おや、乗り気になってきましたね。こちらも負けていられません! えーと……ぐ、ぐ、ぐ……。あれ? 『ぐ』で始まるのってありましたか?」
死神さんは自分で車縛りにしたというのに、そこまで車に詳しいわけではないらしい。最初からそんな変な縛りをしなくてもよかったのに。
気が付けば、プリントの問題を解いていた手が完全に止まっていた。まずいと、必死にペンを走らせるが、後の祭りである。
この後、こっぴどく説教を受けることになったが、それはまた別のお話。