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18日目 死神さん赦す

 朝の教室は生徒たちのざわめきに溢れている。宿題をやっただの、面白い動画を見つけただの、雑誌の回し読みをするだの、各々が話に花を咲かせている。

 そんな中、とある女子生徒が座る席の前にまでやってきた。彼女は昨日日直を担当していて、ノート運びを手伝った人物である。つまり、死神さんに嫌疑をかけられるきっかけになった女子生徒だ。あらためて顔を見ると、成る程、確かにべっぴんだ。

 彼女は真面目らしく、クラスメイトと雑談をするでもなく、一時限目の準備をしていた。そんな彼女の机にバンと、音を立てて手のひらを叩きつけた。


「ど、どうしたの!?」


 突然のことに驚いた様子だったが、叩いてきた手の下にある紙に注目した。手をどかすと、紙面に書かれた文字が見えてくる。


「サインが欲しい」

「は?」


 やはりこの展開についていけないと、彼女は呆然としていた。そもそも、クラスメイトからサインを求められることなど、想定外のことだろう。だから、順を追って説明する。


「いいかい。まずは、内容を確認して欲しい。読み終わったらここに名前を書いてくれればそれでいい」


 女子生徒は机に載せられている紙を覗き込んで読み始めた。


『私は彼と付き合っていないこと、及び金輪際付き合うことはないことを証明する』


 要約するとそんな旨が記されている。後は、名前欄に彼女が名前を書いてくれればそれですべては終わりである。


「……確かに付き合ってないけど、何か釈然としないわね。君と付き合うつもりはないけど、まるで私が迫ったような感じで気分悪いわ」


 掴みは最悪だった。


「名前を書いてほしい」

「書いてあげるわよ。ほらこれでいいんでしょ」


 彼女は名前欄に自分の名前を記した。その後、指印してもらおうと朱肉を取り出したが、さすがにやりすぎだろうと感じてポケットに戻した。


「君はもっとデリカシーってものを持った方がいいわ」

「僕もそう思う」

「大体、君と付き合うなんてあり得ないから」

「奇遇だね。一生君と付き合うことなんてないよ」


 そう、彼女とは一生そんなことは有り得ない。

 彼女の口元が怒りに歪んできたので、サインをもらった紙を取り上げて自分の席へと戻った。その後ろから彼女とその友人らしき人物との会話が聞こえた。


「ねぇ、何々? もしかして、二人は仲がよかったりするの?」

「は? 絶対にそんなことはない」

「ちょ……マジ怒りは勘弁して」


 ずいぶんと嫌われたものだ。




 家に帰ってきて「ただいま」と挨拶すると、意外にも「おかえりなさい」と返事があった。昨日の怒りと落ち込みようを鑑みると、ありえないことだった。

 声の方に進むと、いつものようにソファに身体を預けてテレビを眺める死神さんがいた。その姿は昨日とうって変わって穏やかなものだった。

 これは、あまりの怒りによって、開き直っているに違いない。きっと怒り心頭であろう死神さんの目の前に、今朝サインをもらった紙を突きつけた。


「? 少年、これは何ですか?」


 一見してわかるものではない。詳しく説明する必要がある。


「僕が彼女と付き合っていない証明書だ。きちんとサインももらってある」


 視界を遮った証明書を見た彼女は、ぷっ、と吹き出した。


「なんですか少年、わざわざこんなものを書いてもらったのですか?」


 死神さんは肩をぷるぷると震わせて笑いを堪えている。思っていたような反応ではなく、こちらが動揺する番だった。



「死神さん、昨日は怒りと落ち込みがすごかったじゃないか。だから、死神さんのことを真剣に想っていることを示そうと……」


 偽りのない言葉を口にすると、彼女は大声をあげて笑い始めた。どんな心境の変化があったというのだろうか。本当に昨日と同一人物かと疑うほどの豹変っぷりである。


「あー……、面白かったです」


 彼女は笑い過ぎたことで目尻に溜まった涙を指で拭った。


「昨日、家に帰ってひと眠りしたら、頭の中がスッキリしまして、なんであんなことで怒っていたのだろう、と自分でもわからなくなったのです。まぁ、ガチで落ち込んだことは、間違いないですが……」


 彼女は勝手に自己解決してしまったようだ。女子生徒に罵られながらサインをもらったのが無駄になってしまった。でも、それでよかったのかもしれない。機嫌が直ったことは実に喜ばしい。


「こんな紙、必要なかったな」

「いえいえ、嬉しいですよ。少年がそんなに私のことを好きでいてくれたことが」

「当然だ。出会ったときから死神さん一筋だから」


 死神さんはソファに深くもたれかかって、こちらを見上げてくる。


「本当に私でよかったのですか? 少年と出会ったのはただの偶然でした」

「出会いは偶然でも、死神さんを見て、好きになって、付き合ってみて、愛するようになった。もう、死神さん以外は愛せないくらいに」


 胸の内を打ち明けると、死神さんが押し黙る。そして、彼女はぽつりと言葉を漏らした。


「もしも……私が別の死神を好きになって付き合うことになっても?」

「ああ、死神さん以外は考えられない。一生、諦められない」


 偽りざる本心だった。


「もう、あと少しで一生が終わるじゃないですか」

「おっと、そうだったな」


 死神さんの小粋な返しのおかげで、暗い展開になることを回避できた。

 やはり、愛せるのは死神さん以外には有り得ない。そう、思い知った。

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