16日目 死神さんの年齢を探れ
家に帰ると死神さんがいることが当たり前になってきた。
学校を終えて家に入ると「ただいま」に「おかえりなさい」が返ってくる。いつもある日常になったとしても嬉しいことだ。
テレビのある部屋にやってくると、ソファにもたれかかってテレビを眺めながら煎餅を齧っている死神さんの姿があった。初めて家に上がったときは緊張で身を硬くしていたというのに、今ではそれを微塵も感じない。それ自体には特に問題を感じていない。むしろくつろいでくれることは嬉しいことだ。
問題は、妙に高齢だと思わせる行動が多いことだ。今も煎餅を齧る姿に若さを感じない。悪く言うと、三十代後半の自らが女性であることを忘れたかのような振る舞いをしている。それに、たまに自分の知らない言葉を聞くことがある。感覚的に時代がずれているような気がする。
そこで気になるのが、死神さんの年齢だった。人間と死神では年齢の概念が違うかもしれないが、どうしても知りたいと思ってしまう。それが失礼なことだと分かった上で、だ。
床に鞄を置いて、さりげなく尋ねてみる。
「死神さんって、いくつなんですか?」
「私ですか? 私はろくじゅ――ッは! な、何を聞いてくるんですか。少年にはデリカシーが足りません。もっと女心を理解した方がいいです!」
惜しい。くつろいで気が抜けている所で、ぽろりとこぼすことを期待していた。
それにしても、『ろくじゅ』に続く数字を言葉通りに考えると、六十代なのだろうか。もし、そうであればかなりの若作りである。見た目が抜群なので気にすることではないが、気になる。
「急にどうしたのですか、少年」
「いや、死神さんの年齢が知りたくて、つい」
嘘偽りなく、本当のことを言った。別に隠す必要のないことだ。正々堂々としていればいい。
「どうしてそんなことが知りたいのですか? 年齢なんて知らなくてもいいじゃないですか」
「……好きな人のことは、何でも知りたい」
「な、な――」
死神さんが咄嗟に手で顔を隠すが、既に照れている顔を拝ませてもらった。可愛い人だ。
「ダメですか?」
「ダメではないのですが……少年が聞いたら、幻滅してしまうのではないですか?」
文面通りだとすれば、死神さんの年齢は幻滅される程の年増といことだろう。本当に六十代だとしたら、人によってはがっかりすることだろう。
「僕は死神さんが何歳でも受け入れますよ」
「ほ、本当ですか?」
死神さんはもじもじとして、言い淀んでいる。その姿も可愛らしいのでじっと見つめながら返答を待った。
「六七……」
それはあまりにも小さく、風に吹かれたらまったく聞こえない程の声だったが、確かにそう聞こえた。
「言っておきますが、私は下積みの時間が長かったからであって、実年齢とは違いますから」
慌てて言い訳する死神さんが愛おしい。
「下積みって、生まれながらの死神じゃないんですか?」
死神に対して『生まれながら』という言葉は不適切ではないかと思ったが、それ以外にいい言葉が思いつかなかった。
「発生したときから死神であることは違いありませんが、正式に死神として働くには下積みが必要なんです」
「料亭の暖簾分けに修業が必要……みたいなものですか?」
「少年の言っている意味がよく解りませんが、おそらくは間違いないと思います」
人の生死にかかわる重大な役割ですから、と彼女は恥ずかしそうに言った。確かに充分な経験が必要だと思い知る。
「ですから、死神年齢は一七歳です」
「え? でも、普通に考えると六七歳じゃないか?」
「いいから、私の死神年齢は一七歳です!」
有無を言わさぬ迫力があった。女性にとって年齢とは若い方が格好がつくのだろうか。別に六七歳を堂々と名乗ってもいいだろうに。
「つまり、下積み時代の五〇年は年齢に含まないと?」
「その通りです」
力強く肯定してきた。しかし、一七歳を名乗るには、少々古臭いというか、年齢不相応というか、あまり似つかわしくない。それに、見た目も、一七歳より大人びている。くたびれたOL姿が実に似合っているからだ。
「僕は六七歳でもかまいませんよ」
「あーーー! だから年齢は言いたくなかったんですよ。どう考えても気を遣われますから」
死神さんは頭を抱えて一人で悶えている。
年齢を一七と名乗りたいのはわかった。だけど、気になることがある。それは、出会って間もない頃に聞いた話だ。
「死神さん、以前尋ねたのですが、死神的ジュースってなんでしたっけ。コーラじゃなかったと思うけど」
「ええ、タブ○リアですよ。それがどうしたのですか?」
タブ○リアなんて聞いたこともないジュースが、実在したのかどうか知らない
やはり、同世代を名乗るのは難しいのではないだろうか。