10日目 死神さんとの記念日
気がつけば日付が変わっていた。
暗い部屋の中、電気スタンドに照らされた机に向かって細かい作業を行っている。慣れない工作に、小さな部品が多くてつい目を近付けてしまう。明りがあるとはいえ、このままでは目を悪くしてしまう。それでも、寝る前に完成させなければならない。
眠さで重くなる瞼を手でこすり、眠気を振り払う。後は細い金のチェーンに留め具を嵌めれば完成だ……というところで、意識が遠のいていった。
※
翌日、眠りこけていたことに気づいて勢いよく上体を起こす。辺りを見回して死神さんの姿を探す。幸運なことに、彼女はまだ部屋に来ていないらしい。彼女と出会えなかったは、少し不幸でもあった。
未だ完成していないソレを鞄につめて、登校の準備をする。授業中に作ればなんとか完成させることはできるだろう。
※
学校から帰ってきて、家の扉を開ける。鞄を担いだまま部屋へと入っていく。
「おかえり、少年」
テレビを見ながらソファにもたれかかってくつろいでいる死神さんがこちらに顔を向けてくる。黒ローブを着ていることに違いはないが、フードはかぶっておらず、青白い顔と痛んだ長い白髪は露わになっている。
いつのまにかすっかりと馴染んでいた。少し前までは一人しかいなかった寂しい部屋が嘘のように感じられる。
「ただいま、死神さん」
軽く挨拶を交わす程度にまで彼女は心を開いてくれている、ような気がする。死の宣告をしにきたときは一方的で、わざわざ堅苦しい物言いをしていた。それが、この始末である。
あらためて彼女の顔をじっと観察する。端整な顔立ちは美人に違いないが、黒一色のローブしか身につけていない様はどうにも華やかさに欠ける。もちろん、身だしなみが行き届いていないということもあるのだが。
「? どうしたのですか、少年。顔をじっと見て――ハッ! もしや、また可愛いとか言ってかからかうつもりですね! 今日はその手にはのりませんよ」
こちらに対して威嚇するかのように身構えてくる。もう少しで恥ずかしい台詞が出るところだったが、先手をうたれてしまった。
「今日は何の日か知ってますか?」
唐突に台詞を変える。今日はこちらが本題である。
「へ? 今日は祝日でもないですし、ただの水曜日だった気がするのですが……学校の創立記念日だったりしたのですか?」
「チッチッチ……」
舌を鳴らして、指を振る。
死神さんは首を傾げて、何があったのかと思い出しているようだ。
「ちょっと首を貸してもらえますか?」
「え? 首を貸すとか……少年は私の首を刈るつもりなんですね? ここにきてまさかの裏切り。まさか逆襲に来るなんて……」
「どうやったらそんな思考になるんだよ。ちょっと大っぴらに言えないことがあるので、顔を近付けてくれないか」
彼女は警戒しつつも、こちらに近づいてくる。こちらの思惑通り首が無防備に伸びきっている。
「それ!」
隙を見つけて、目的のものを彼女の首に巻いた。
「ギャー! 本当に首を刈りに来ましたね! それとも、私を締め落とすつもりですか!?」
後ろに下がって、慌てて暴れる死神さんから少し離れる。思ったよりこちらの思惑通りにいいリアクションをしてくれた。
「よく見てください。これは死神さんへのプレゼントです」
「へあ?」
おとなしくなった死神さんは首を確認するように手を這わせた。すると、首にかけたものを掴んでくれた。
「こ。これは……ネックレス、ですか?」
「そうだよ」
彼女の首から垂れているのは、細い金色のチェーンに綺麗な青色をした宝石がぶら下がっている。実に簡易で質素なものだが、自分にしてはそこそこ上手に作れたと思う。
少し前から準備をして、今日の授業中に完成させたものだ。
「材質も金メッキの真鍮とアクリル製の宝石を使って、死神さんにダメージが入らないよう気をつけたんだ」
「……少年」
プレゼントしたネックレスをまじまじと見つめる彼女の様を見ていると、気恥ずかしくなってくる。
「素材ですか。私は死神ですから、大抵のものは大丈夫ですよ。吸血鬼みたいに銀はだめとかないです」
「……十字架も考えたんだけど」
「それは、宗教的な意味合いでエヌジーですね」
宗教に関わるとろくなことがありません、と彼女はしみじみと言葉をもらした。以前、何かトラブルでもあったのかもしれない。
「でも、いいのですか? こんな素敵なものを……でも、どうして突然に?」
彼女の疑問はもっともだ。なぜ、プレゼントを贈ったのかその理由を口にする。
「今日は死神さんと出会って、一〇日目です。記念に何かをしてあげたくて」
「え! 出会ってもう一〇日だったんですね!? いやー、こういう記念日は女性が言い出すものでは……」
「どちらでもいいだろ。付き合い始めたんだから、どちらから言い出しても」
この一連の話の後、死神さんはせわしなく悶えている。その様子がおもしろくてつい頬が緩んでしまう。ネックレスを作って良かったと思えた。
「しょ、少年……私は何も用意していなかったのですが……どうしましょう?」
「何もしなくていいよ。喜んでもらえればそれでいい」
彼女としては不服のようで、こちらをジト目で見つめてくる。そんな姿も愛おしい。
「ネックレス、似合ってますよ。死神さんも女性なんだから、多少は着飾っても罰は当たらないでしょ」
青白い彼女の肌が、一瞬で真っ赤に染まる。いつもは言葉だけだったが、プレゼントという実体をともなった物体での賛美には免疫がないのだろう。その様を見れただけでも、お腹いっぱいの満足だった。
「こ、これは何かお返しをしなければいけませんね。少年は何か欲しいものはありますか?」
「これといって無いかな。死神さんが恋人として隣にいてくれればそれだけでいいよ」
この言葉がとどめにになったようで、黒いローブで頭を覆い顔を見せないようにしてしまう。体が少し振るえていることから、恥ずかしさを堪えているのがよくわかる。
その反応だけでもいいんだよな。