1日目 初めまして死神さん
夕飯を済ませて、ゆったりとソファにもたれかかってテレビを見ていると、黒い何かが視界を遮ってきた。
「まことに残念ですが、死の宣告です。あなたは三〇日後に死亡します」
テレビの続きが見えない。そんなことよりも、視界を遮ってきた人物の方が気になる。黒いローブを纏って背の丈以上の大きな鎌を携えているその姿は死神を連想させる。
「まことに残念ですが、死の宣告です。あなたは三〇日後に死亡します」
呆然としていると、もう一度同じことを言ってくれた。気が動転していたが、聞き逃したりしてはいない。わざわざ言い直してくれるあたり、親切な人なのかもしれない。
「あの、聞いてます?」
先ほどから聞こえている声が気になる。黒いローブを被っており顔がよく見えないが、若い女性の声に違いなかった。死神は女性なのかと気になって来て、つい、手が伸びた。
「わっ! な、何するんです!?」
おもむろに顔を隠していたローブをめくってみた。
手入れの行き届いていない長い白髪、顔色は病的にまで悪く青白い。目は寝不足からか、目つきが悪く、隈がはっきりと見えていた。それでも、顔は整っており美しい。見た感じだと自分よりも年上で、近所の綺麗なお姉さんという言葉が似合う。
彼女はすぐにローブで顔を隠すと、こちらを警戒していた。
「いきなり、そんなことをしてくるのは、マナー違反です」
顔を見る前だと気にならない台詞だったが、美人さんがこんなことを言ってるかと思うと、可愛く見えてしまう。それでも、礼を欠いたことには違いない。謝るべきだろう。
「ごめん。女の子の可愛い声が聞こえたから、つい顔が見たくて」
「なっ! そ、それは、男だったらやっていなかったと?」
「男だったら見なかった」
断言すると、こちらに怯えたように鎌を向けてけん制してくる。おかしなことは言っていないはずなのに、どうしてこんな態度を取られるのか、これがわからない。
「大丈夫。綺麗だったから、何も恥じることは無いんじゃないかな」
「そ、それは、私は綺麗で可愛いというのですか?」
何かこちらが言った言葉に別のものが付け加えられているけど、概ね間違っていない。ここでふとある事柄を思いついた。
「うん。そんな可愛いお姉さんにお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
「お、お願いですか? いいですよ。若くして死んでしまうのはかわいそうなので、最後の願い事くらい叶えてあげましょう。でも、寿命に関することは駄目ですから」
彼女は少し胸を張った。
死神はこちらの言い分を聞いてくれる義理堅いところがあると、昔の漫画で読んだことがあったが、どうやらその通りだったようだ。ダメ元でも言ってみるものだ。
「彼女になってくれないかな?」
「ええ、彼女ですか。いいですよ……って、彼女ぉッ!」
ノリ突っ込みに近いいい反応をしてくれた。ローブで顔が隠れていて、その表情を見られないことが残念だった。
「そ、そういうのは、好き合った人がやるものでしょ。私たちは出会って1分も経っていません。付き合うとか……ごにょ……ごにょ……」
黒いローブ姿でもじもじする姿は、ちょっとかわいいとは言い難い。
「え? ダメですか? 一目惚れってやつです。いけませんか?」
さっきの言葉は嘘、偽りのものじゃない。ちらりとしか見えなかったけど、とても好みのタイプだった。自分でも性癖が曲がっているとは思うけど、社会に疲れたOLっぽい雰囲気がとてもよかった。お付き合いしたい。
「えー……と、ダメではないんですけど、好きな人とか、片思いの人とか、いないのですか?」
「女の人と付き合ったことはないし、恋人もいない悲しい人生でした。死ぬ前に一度でいいから、お付き合いしたかったなぁ……」
彼女はかなり動揺しており、鎌を持ったまま、きょろきょろしている。
このまま押せばいける。そんな気がした。
「彼女欲しかったなぁ……」
「わ、わかりました。一度、願いを叶えると言ったのです。叶えなければ死神の名折れ。いいですよ、彼女になってあげます」
計画通り。つい、邪悪な笑みが表に出そうになる。この死神さん、かなりちょろい。
「彼女なら、顔を見せてください」
動揺している彼女のローブをめくり、顔を表に出させる。目が泳ぎ、青白い肌に朱が差して、口をパクパクさせていた。パニック状態だということが目に見えてわかる。
視線を合わせようと、彼女の顔を覗きこむが、顔を逸らされてしまう。恥じらう姿もまた、おもむきがあっていい。
「可愛いですよ」
「あああああああああああああ!!」
こちらの言葉で彼女の思考回路がショートしたようだ。ここは弄ることを止めて、落ち着くのを待つことにした。
数分後、彼女は再びローブで顔を隠して、落ち着きを取り戻した。
「か、彼女というのは……ハードルが高いです。ま、まずは、一日一回、少年に会いに来ます。そこから、関係を深めましょう……」
彼女の声は小さくなり、最後の辺りは殆ど聞こえなかった。もう限界に近いことがはっきりとわかる。付き合うことは無理だったけど、また会う約束ができたのだ。今日はこれで良しとしよう。
「わかった。次に会うときは、彼女になってください」
また、ローブをめくって顔を露出させた。
「ぎゃぁぁぁぁぁッ!」
傍から見ても、面白い人だ。こんな人が、本当に彼女になってくれたら、楽しそうだ。
「ま、また明日、来ますので! 今日は、これで、失礼します」
ローブを被ってから、彼女は徐々に透明になり、いずれ姿を消してしまう。
部屋にひとり取り残されて、寿命が後三〇日しかないという宣告を思い出した。先ほどまで死神さんがいたので、気にならなかったけど、身体が震えるほど怖い。孤独になって、このまま死んでいくかと思うととても寂しく感じた。
もし、死神さんと一緒に過ごすことができたのなら、この寂しさを埋めることができるのではないだろうか。そうなれば、今までの人生で最も楽しい三〇日になるような気がした。