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赤ずきんさん

作者: ジャムスケ

童話の「赤ずきんちゃん」のような内容ではありません。

 私は、前を歩くその人物に話しかけてみることにした。

 都市伝説なんてものは、未就学児だった頃から信じていない。だって嘘だもの。

 だから、いざ目の前に、いわゆる、いかにも、「いかにも都市伝説」な人物がいたとしても、恐怖や驚きはなかった。一番強いのは、興味だ。まあ興味と言っても、なんていうか、こう、うおー、あたしやばい! これやばい! すごく、すごく触りたい! このミニチュアダックスフンドォ! なんて、いかにも……「いかにも」な興味じゃなくて。あら、「右」って漢字は一画目が払いで、「左」って漢字は左の棒から書くの。まあ。ハイカラ。

 そういう感じ。何がハイカラかって聞かれても言えないけど。ていうかまだ私20代前半なんだけど。ハイカラって、ちょっと時代を後戻りしすぎかも。

 いやいや……。いやいや。大丈夫。ボキャブラリーが豊富ってこと。そう、そういうこと。

「ちょっとあんた」

 自分の語彙の多さににやにやしていたときに、急に話しかけられたもんだから。思わず「んほ」なんて返事しちゃったじゃない。もう。ファックユー。

「さっきからなんなのよ」

「え、私ですか? 何ですか?」

「何ですかじゃないわよ。その埴輪みたいな顔で何言ってんのよ。うるさいじゃない」

 はにわ……なぜ私の小学校以来のあだ名を知っているのだろう。この辺は都市伝説パワーだろうか。

「う……るさい?」

「さっきからぶつぶつぶつぶつ、右の漢字がどうとかハイカラがどうとか」

「え」

 なんということだろう。見知らぬ人にこんな恥部を見られるなんて。いっそのこと、恥部を見せつける変態にあったほうが、こんな体験するよりまだましだ。いやまて。もしこの「いかにも都市伝説ピープル」(一人だけどピープルにしておこう。今後は一般ピープルに対抗していかにもピープル、イカピーと略しよう)が恥部をさらけ出したとしたらどうだろう。いいじゃないか。ええじゃないか。これで半々、一対一、イコール。帳消しだ。

「あ、すいません。ついついテンションがあがると口に出ちゃって」

「もう……」

「あの」

「なによ」

「あなた、あの、赤ずきんちゃんですか」

「えっ?」

「それとも埴輪ですか。もしくは私の忘れかけた同級生ですか」

「はあ?」

「ずばりこの三択ではどれですか」

 これは素晴らしい。我ながら、思考回路が故障している人物を演じつつ、相手の正体を暴こうとしているなんて。なんて策士なの。浮き輪を用意しないと。溺れちゃうわ、自分の策に。

「うふふう。あなた、わかってるじゃない。あたしは赤ずきんちゃん。大人になった赤ずきんちゃんよ」

「やっぱり」

「うふふ。あなた、あなたの周りでは私、どんな風に思われているのかしら?」

「はい。赤ずきんちゃんが大人になっていく過程で、隠されていた闘争本能が目覚めて、最初は狼を殺してばかりいたけど、それに飽き足らず人間を殺すようになったって。赤ずきんさん、って聞きました。通り名は」

「そうねえ。なかなかわかってるじゃない。助かる方法は知らないの?」

「助かる方法は、その場で同じ年の異性に電話をすることだ、って聞きました。愛の力に弱いって」

「うふ、うふ、うふふふ。いいリサーチ能力ねえ。じゃあ、誰かに電話しないといけないんじゃない? それも、早めにね」

 やはりその人が、いわゆる「赤ずきんさん」だった。赤ずきんさんはこちらを振り向くと、着ている茶色のコートの中から鋭いハサミと包丁を取り出し、両手に持った。ちょっとだけ、恥部をばさっとさらけ出してくれたらお相子なのに、と残念に思った。

 私は携帯を取り出したが、助かる唯一の方法である電話をかけようとしたときに、愕然とした。

「すいません……」

「何よ。赤ずきんさんは待つのが嫌いなの。早くしないとおなかを裂いて内臓を食べちゃうわよ?」

「電話できる人、いないです」

「えっ? 一人も?」

「……はい」

「学生のときの友達とか、小さい頃からの友達とか。彼氏とか」

「彼氏も男友達も、いたことないんです。女友達もいません。赤ずきんさんの情報もネットで見ただけです」

「ええ?」

「いつもお昼は一人でお弁当を食べてました。体育の授業も、ペアが決まらなくて困りました。いじめられていたわけではないけど、でもみんなどこかよそよそしかったです」

「あら……そう」

「母は私を産んだと同時に他界しました。父は私が二歳のときに、他に女をつくって家を出て行きました。それから私は一人暮らしです」

「まあ……」

「昔から少しませていた私なので、二歳でも十分に家事はできました。六歳になる前には、家事に加えて敬語、メタボにならないためのカロリー計算、パソコンの組み立てくらいはできていました。そんな私なので、友達ができなかったのかもしれません」

「そんな……ずいぶん大変な人生だったのねえ」

「はい。まさか私も、初対面の人にこんなに恥部を見せるとは思いませんでした」

「いいのよ。私は誰にも言わないし」

 赤ずきんさんは持っていた刃物をさっとコートの中へと戻した。再び変態的なことが頭をよぎったが、やはりそれは実現しなかった。

「辛かったけど、もう慣れました。一応働けているし、体を壊さない限りあと60年くらいは生きていけそうです」

「がんばったのねえ。やだ、ちょっと泣けてきちゃったわ」

 ごめんねえ、と赤ずきんさんは言い、コートの中からヴィトンのバッグを取り出した。その中からヴィトンのスカーフを取り出し、潤んだ瞳へと近づけた。目尻にちょんちょんとスカーフをあて、水分を拭った。現代のイカピーはなかなかブルジョワな生活をしているらしい。

「お姉さんの話も聞いてくれるかしら」

 目尻を拭いつつ赤ずきんさんは言った。私は、なぜ目尻を拭うとき人は口まであけるのだろうと思いつつ、頷いた。

「みんな、赤ずきんちゃん、なんて美談ばっかり話してるけどね、もう古いのよ。あんなの。思い出やお話は年を取らないけど、主人公の私は年を取るのよ。それに、他の児童向けの話に比べて何よ、私の話。私の話だけ妙にバイオレンスじゃないの。信じられない。王子様にキスされて生き返るとかそういう話じゃないのよ。なんで動物虐待してるのよ。しかもやっぱりシンデレラとかに比べたら、明らかに身分は低いじゃない。男の匂いもぜんぜんしない話だし、まさに貧乏くじって感じよ。狼が出る話ってなによ。私か三匹のこぶたくらいじゃない。私は豚と同じレベルなのよ。ああ知ってる? 豚って意外と臭いのよ。ああこれは関係ないわね」

 はあ、と赤ずきんさんは上を向いて、涙を乾燥させた。私はスカーフはいくら位したんだろうと考えつつ、話に耳を傾けた。

「それからだって大変よ。学校にいったって、私の武勇伝は広まっちゃってるもの。奴には手を出すな、って、番長ですら私の前では軽く頭を下げたり、気が弱い男の子なんて、いじめられないように自ら賄賂を渡してきたりするのよ。カツアゲよ。むしろ私がカツを売られてるのよ。そんなものいらないっていうのに。そんな生活が短大まで続いたわ。お金は印税があるから困らないんだけど、それにしてもむなしいものよ。どんな環境にいっても世にも奇妙な女みたいな目で見られて。本当に、恐ろしい時代よ。ネットで個人情報なんて漏れまくりだから、私は本名を一回もさらしたことないのに、あいつが赤ずきんだ! なんて言われて。キャップをかぶってても赤ずきんなんて。ありえないわ。今の会社は……ああ、私今会社員なの。おばあさんのコネで証券会社に勤めてるんだけど。今の会社に入るときは偽名を使ったわ。顔もよくないし愛嬌もないから、おばあさんがいて本当によかったわ。おばあさん、七つの会社を経営していて、年商八十二億なの。そう思うと狼を裂いておばあさんを助けておいてよかったと思うわ。不思議なパラドックスよね」

 あら、私ったら何の話しているのかしら。赤ずきんさんはそんなことを言い、その後、はああ、とため息をついた。

「あなたには何か通じるところがある、って感じちゃったのね、私」

「そうですか」

「ええ。あなたは今まで辛かったかもしれないけど、どこで何があるかわからないわ。私の人気が絶頂だったのは幼少期だったけど、あなたはまだこれから。これからいいことが待ってるわ」

「そうですか」

「でも、ひとつお願い。私みたいな人……そう、幸せそうな人を見たら、お願いだから殺して。いえ、殺すまでしなくてもいいかもしれないけど、その幸せを妨げてあげて。幸せは不幸せな期間や出来事があるからより実感できるのよ」

「はあ」

「お願いね」

 赤ずきんさんはそういうと、私に背を向け走っていった。ダッシュしていた。よく見るとヒールを履いていた。私もおばあさんに雇って欲しくなった。

 まあよくわからなかったが都市伝説は本物のようだ。そしてなかなか面白い話を聞けたと思う。どちらかといえば向こうのほうが恥部をさらけ出したと思う。勝った。作戦勝ちだ。たぶん。

 さて、面白い体験ができた、家に帰ってPSPでもしようと考えていたのだが、家まで歩いているとどうも赤ずきんさんの最後の言葉が気にかかる。幸せは不幸せがあるから生きるのか。まるで道徳の授業だ。さすが童話の主人公といったところか。

 納得できる。これまで人からあまり何かしてもらった経験はないが、いつか私も「誰かを不幸にすることで」幸せを感じさせてあげようと思う。

 そうだなあ……やはりやるなら完全オリジナル。

 赤ずきんさん……赤。まるいもの。血を見たりするのは苦手。

 必死に考えて一つだけ頭に浮かんできた方法があった。

「りんごに毒を塗って食べさせる」

 うん。これだ。いつかきれいなお姫様にでも食べさせてしまおう。

 こんな私でも、人のためになれるなんて。赤ずきんさん、ありがとう。

 もう真夜中だ。私は家へと歩みを進めた。


思い立ったが吉日ということで書いてみました。

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