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底辺男の向夏録  作者: 青色蛍光ペン
9/10

9:揺れる感情は陽炎の如く

どこかぎこちない合宿ももうすぐ終わりを告げる。腕時計を見ると針は午後5時を指している。祭り、とまでは言わないがそこそこ賑わう旅館近くの公園へ続く通り。左右を見渡すと道の脇でいくつもの屋台が客を呼んでいる。そして上月の隣では天滝が落ち着かない様子で歩いている。青葉は射的に全財産を注ぎ込むとかなんとか言って最初の方に寄った射的の屋台で別れ、相良は調達物があると言ってどこかへ行ってしまった。


「…なんか、食べたいものとかあるか」


「そうだなぁ、じゃあ、私ドーナツ食べたい!」


上月がぎこちなく話しかけるといつも通りに天滝は答えてくれる。上月の事を気遣っているのは分かる。しかしここまで御膳立てされると流石にやりづらい。恐らく天滝は待っているのだ。青葉も、そして相良も。


「いやドーナツなんか屋台で売ってねぇよ。そこのベビーカステラで我慢しとけ」


たまたま隣にあったベビーカステラの屋台を指さして呆れたように呟くと、可愛らしいベビーカステラには似合わないガタイの良いおっさんが鉄板越しに話しかけてくる。


「兄ちゃん、我慢だなんて冷てぇ事言うなよ。うちのカステラはこの大通りで開く屋台の中でもトップクラスで人気なんだぜぃ? 兄ちゃんらカップルか? ちょっとサービスしてやるから、1人分だけでも買ってってくれや」


「いや俺ら別にカップルなんかじゃ…」


「やったぁ! 付き合っててよかったね、風馬! おじさん、カステラ買いまーす!」


上月の否定は天滝の声でかき消される。仕方ないな、と小さく息を吐き、上月は財布の中から200円を取り出し、おっさんの手に載せる。


「なんだ兄ちゃん、冴えない顔してんなぁ。こんなべっぴんさん連れ歩いてんだからもっと楽しそうにしなよ。…ほれ、これはおまけだ」


上月が代金を支払ったその手を掴み、手のひらに小さめの袋を載せる。先ほど言ってたおまけはこれのことだろう。少し中身を覗くと少なくとも6個ほどおまけされている。


「…ありがとうございます」


おっさんの勘違いはとりあえず置いておいて素直に礼を言い、天滝と一緒にまた道の真ん中に戻る。


「ねぇ風馬、これすっごい美味しいよ!」


おっさんとのやり取り中にかなりの量のベビーカステラが天滝によって食されている。そんなにか、と半信半疑でおまけの袋の中のカステラを口に放り込む。焼き立てで温かくてふわふわした食感を感じた直後に優しい甘さが口の中に広がっていく。


「おぉ、本当に美味しいなこれ…」


「でしょ? 私のおかげでおまけもしてもらえたしね」


「…そうだ、さっきのは何だ」


天滝の言葉で思い出す。おまけ目当てで勝手にカップルにされたのだ。こんな状況故に正直かなり気まずい。


「…なんだろ、ね? 私にも分からない。確かにカステラのおまけも欲しかったんだよ。でも、多分それが全部じゃないと思うな」


曖昧に答えながら天滝は自分が持っている袋からカステラを1つ取り出して上月の口元に持っていく。たじろぐ上月を尻目に天滝は頬を染めて言葉を続ける。


「…もしかしたら、こう言うことしてみたいのかもね?」


唇に付いてしまいそうな距離にまで近づけられたカステラを見ながらたらりと汗が頬を伝う。まさか天滝の方から来るとは。恐らくこのカステラを「いいよ、俺はこっちがあるからお前はそっちの全部食って良いからな」と断れば天滝の決意は虚しく崩れ去ることになる。しかし…。


「…少し、時間をくれないか?」


上月はカステラを食べもしなければ断りもしなかった。上月の口から出たのは平和的解決策と言う名のただの遅延、時間稼ぎ。なぜなのかは上月自身にも分からない。自分は天滝の事が好きだったはずなのに。こちらから仕掛ける勇気が無かった所を天滝が勇気を出して来てくれたと言うのに。


「な、何の話か分かんないや。じゃ、私がこれ貰っちゃうね!」


上月の言葉を聞いて少しの間固まっていた天滝だが、笑顔に戻って差し出したカステラを引っ込めて自分でパクりと食べてしまう。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


あの後、特に何事も無かったかのように上月と天滝は屋台を巡り、外も暗くなったからと部屋へ戻った。旅館で夕食が出ないため屋台を最大限に満喫した2人だが、お互いの笑顔はどこかぎこちなかった。


「いやー、疲れたしお腹いっぱいだし楽しかったね!」


「…本当に疲れた」


上月の疲れの半分は精神的なもので占められていると言っても過言ではない。とりあえず青葉と相良のために買った焼きそばやらお好み焼きやらを机に置き、畳に寝そべる。


「青葉と相良先輩はどうした」


「…あれ、風馬が知ってるんじゃないの?」


「どう言う事だ」


天滝の言葉に身体を起こす。天滝と青葉と相良はグルじゃなかったということか?


「てっきり、みんな風馬に協力してるんじゃないかと思ってたんだけど…」


やはりそう言うことか、と上月は頭を抱える。天滝が2人に協力を頼んだのではなく、これは青葉と相良が勝手にやっているお節介という事らしい。つまり上月も天滝も2人きりになるとは思ってもいなかったという事だ。


「風馬が知らないって事は2人ともどっかに出かけてるのかなぁ」


そんなわけないだろ馬鹿、と言いたくなる気持ちを堪えて「そ、そうだな」と小声で相槌を打つ。と同時に上月の携帯電話がメールの着信を告げる。無言でメールを開くとそこには、『今君たちの部屋から見える海で花火をやっている。今更降りてきても間に合わないから上から見ていたまえ』という文字が。もちろん相良からのメールである。ちらりと天滝の方を向くと天滝も携帯電話を眺めている。

数秒後、何の前触れもなく2人同時に立ち上がり、窓際へと向かう。窓は大して大きくないため、上月と天滝の距離は肩がくっついてしまいそうなぐらいに近い。そして2人の目線の先では色とりどりの火花を吹き出す手持ち花火を持った青葉と相良の姿が映る。


「…花火、綺麗だね」


ぽつりと天滝が呟く。それに反応して天滝の方を向くと、天滝は既に上月の目を捉えていた。


「あの花火が消えちゃう前に、さっきの答え…、教えて欲しいな」


心臓が早鐘を打つかの如く鳴り響いている。下手をすれば天滝に聞こえるのではないだろうかと疑う勢いで刻まれる鼓動を感じながら上月はゆっくりと口を開く。答えなんて既に決まっていた。どうしても答えなければならない状況。それだけ揃えてしまえば後はそれに身を委ねるだけなのだ。


「あ………」


ああ、もちろん。その一言で答えようとした上月だが、心臓の鼓動がピタリと治り、頭の中を閃光が走り抜ける。


『…でも、俺は氷川の事を好きになってはいけない』


『俺は氷川の隣に立てる価値はない。そう判断したんだ』


『俺は自分に相手の隣に立つ価値があるのかを判断できる。そして判断した上で話してるんだ』


いつかの木山の言葉である。木山は自分の事をとことん分析した上で、氷川の目先の幸せよりも氷川の将来の幸せを尊重していた。


(俺は、どうなんだ?)


自分の事を分かっているつもりでも、それは慢心だ。自分をとことん分析している木山ならまだしも、そんな事微塵もしたことが無い上月ならば尚更だ。そんな自分が果たして天滝を幸せにできるのだろうか? 自分の知らない自分は天滝を傷つけやしないだろうか?


(でも、俺は天滝の事が多分、いや、確実に好きだ)


だが、ここで受け入れてしまうともし後で問題が起こった時に天滝は今振られるよりも何倍も悲しい思いをしなければならないのでは無いのだろうか。本当に天滝の事が好きなんだったら…。


(本当に、答えは既に決まっていたんだな…)


上月は一旦口を閉じ、しっかりと天滝と目を合わせる。そしてもう一度ゆっくりと口を開いて言葉を発する。


「…悪い。俺は天滝と付き合う事は、できない」

こんな場面ではありますが、底辺男の向夏録前半戦はこれにて終了です。続編はゆっくりと執筆しておりますのでゆったりとお待ちください。明日6.5話を投稿しますのでそちらも読んでいただけると嬉しいです。評価などしていただけるとモチベーション、今後の課題などに繋がりますのでぜひ評価の方もよろしくお願いいたします!

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