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底辺男の向夏録  作者: 青色蛍光ペン
8/10

8:相良先輩

目を開けると暗闇が広がっていた。暗闇に目が慣れて来ると見慣れない天井が目に入る。そこで自分が合宿に来ている事を思い出す。確か夕食後みんなで大富豪とかをやっていて、時間も時間だし寝ようか、と話が纏まった所までは覚えている。そんなところで記憶が途切れているということは、どうやら上月はかなりの速度で眠りについてしまったらしい。海岸での青葉との会話がふと頭をよぎる。どうやら体力、精神共々疲れ切っていたらしい。寝るか、と再び目を閉じるが、目が冴えてしまったのかなかなか睡魔が訪れない。水でも飲むか、と身体を起こす。


「上月、起きたのかい?」


不意に声をかけられて窓際に目を向けると、窓際に置いてある小さなテーブルに掛けて氷の入ったグラスをカラカラと鳴らす相良の姿が目に入る。なんだか夜景に目をやりながら酒を飲む大人の女性のようだ、といった表現が頭に浮かんでくる。


「こうしていると夜景をバックに酒を嗜む良い大人に見えるだろ? まぁお茶なんだがな。…君も寝れないのならこっちに来たまえ」


考えていた事を言い当てられてしまったが、調子に乗らせると面倒なので無言で相良の向かい側の席に座る。すると氷の入ったグラスが上月の前に置かれ、冷たいお茶を注がれる。


「屋台の下見に行ったんだが、結構色々な店が開かれるみたいだ。明日の夕食は屋台で済ませると旅館の人に言っといたから心ゆくまで楽しみたまえ」


「そんなに多いんですか」


「ああ、カステラ、たこ焼き、焼きそば、射的、りんご飴…」


「なんかちょっとした祭りみたいですね」


どうやら本当に様々な屋台が開かれるようだ。相良が説明しながら取り出したリストにはざっと20以上の屋台の名前があった。


「ここの旅館だけではなくて海で遊んで帰る人にも向けた屋台らしいからな。毎日祭りみたいなものらしい。…そう言えば海に行ってきたんだろう? どうだった」


「どうだったって、普通に海でしたよ」


ぶっちゃけそれ以外の感想が出てこなかった。綺麗ではないが半貸切状態でだだっ広い空間で波の音が静かに鳴り響く空間だった。


「ふむ、なるほど。打ち上げなければやれるか…」


相良が何やらぼそりと独り言を呟いたような気がしたがよく聞こえなかったので置いておき、水滴がつき始めたグラスを手に取り、お茶を口に含む。なんのお茶なのかは分からないが冷たい感触と香ばしい香りが心地いい。


「時に上月、天滝はどうだい?」


不意にあまり良くない方向に話題が向いて顔をしかめる。青葉に続いて相良もか、とため息をつきたくなる。いや、もしかするとこの2人、いや3人は…。


「上月、聞いているのか?」


少し上の空になっていたらしい。はっ、と意識が戻って相良の顔を見る。少し心配そうな表情をしているのが申し訳なくなる。


「いや、なんでもないです。天滝は…、まぁいい奴ですよ」


とりあえず何か返答しなければと適当に言葉を紡ぐ。しかしその答えが気に食わなかったのか、相良はため息を吐きながら自分の分のお茶が入ったグラスを手に取る。しばらく前から座っていたのかお茶は氷で薄まっており、街灯の灯りを受けて宝石のように輝いている。


「そうじゃない。全く2人ともしょうがない。早く付き合いたまえと私は言ってるんだ」


「いや言ってないですよそんな事」


思わず突っ込んでしまうが、やはりそう言う事か、と納得する。この合宿は上月が天滝に告白するための御膳立てなのだろう。


「君たちが両思いなのはもう火を見るよりも明らかだ。いつまでもそんなぎくしゃくされているといつまで経っても科学部は真の意味での一致団結はできないだろう」


「そんな事言われましても…」


「そんな事とはなんだそんな事とは。私はあと1年もしないうちにこの学校を卒業するんだ。心残りは残したく無いんだ」


「あ…」


そこまで言われて初めて気付く。興味本位で茶々を入れてきてると思い込んでしまっていたが、相良には相良なりの信念があって関わってくれているのだろう。申し訳ない気分になって顔を下に向ける上月だが、相良はグラスをテーブルに置いて俯く上月の顔に右手を持ってきて、そのまま左頬にガラスで冷えた手を当てて来る。


「だが、私が求めている事にどれだけの勇気が必要なのかは分かっているつもりだ。だから無理にとは言わないさ。ただ、これは君たちだけの問題では無いと言う事を知って欲しいんだ」


「先輩、あの、手めっちゃ冷たいんですけど…」


「あ、あぁすまないね」


先輩として上月に向かい合ってくれる時の優しい顔で語っていた相良だが、上月の言葉に慌てて手を引き、いつもの変人先輩の表情に戻る。


「まぁなんだ、色々言ったが、とりあえず2人とも牽制せずにさっさとくっついてくれたまえ」


「無理にとは言わないとか言ってませんでしたっけ?」


「全く上月は厳しいな。あんなもの建前に決まってるだろう」


こんな展開に落ち着いたが、2人が真剣な気持ちで上月と天滝に向き合ってくれている事は伝わった。…恐らく青葉は面白半分なのだろうが。だがこれは上月と天滝だけの問題では無いのだ。そう考えると決心が強くなる一方、急激に身体が強張る。


「…大丈夫だ、彼女は君を拒絶しない。君も彼女も素直なままでいいんだ。もう一度問おう、君は天滝楪の事をどう思っているんだい?」


相楽の言葉に身体の緊張が解けていく。素直なままでいい。拒絶されない。そう考えると思いはただ一つだけだ。


「俺は天滝の事が、…好きです」


「よーし、よく言った! こいつは私からの奢りだ」


上月の言葉に満足気に頷き、相良は訳の分からない事を言いながら上月のグラスにお茶を注いでくる。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



「聞いていたかね?」


あの後上月と相良は10分ほどどうでもいい雑談を繰り広げ、良い感じに眠気が再来したと言って上月は布団に戻ってしまった。そしてそこからさらに20分ほどが経過していた。誰かに話しかけながら相良が時計に目をやると深夜の2時を指していた。


「もちろん、…聞いてましたよ」


相良の独り言を聞き、布団から青葉が起き上がる。


「先輩にかかれば全部お見通しってやつですか? まるでエスパーみたいだな」


「エスパー、か、なれるものならなってみたいさ。エスパーならばもっと良い方法で3人を導けただろうに」


「あはは、やっぱり先輩はエスパーだ…」


笑いながら青葉は相良が座る机とは逆に部屋の隅へ向かって壁にもたれるようにして畳に座る。


「あんな純粋に、真剣に上月の事を考える天滝を見て何か影響でもされたかい?」


「まじめにいきようと、おもいましたー」


「真面目に答えたまえ」


ふざけて答える青葉に鋭い言葉を投げかける相良。青葉がそちらを向くと相楽の目は真っ直ぐに青葉の目を捉えている。


「…影響されるに決まってますよ。あんなの聞かされると」


青葉の言葉を合図に外で少し風が吹き、窓の外の風鈴の音が僅かに部屋に入ってくる。夜はこれから更けていく。

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