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底辺男の向夏録  作者: 青色蛍光ペン
7/10

7:夏は静かに動き始める

今年の夏休みは8月丸々と9月の1日だけ、というかなりざっくりしたものである。そして現在8月20日。科学部は海の近くにある旅館に合宿に来ている。なお合宿とは言うがそれは建前であり、ただの旅行である。


「着いた〜!」


バスから降りて5分間灼熱地獄のような道路を歩き、科学部一行はようやく相良が予約してくれていた旅館にたどり着く。青いビーチ、とまで綺麗なものではないが旅館の裏には海が広がっており、この季節なら泳ぐ事も許可されている。そして旅館から歩いて10分ほどの場所にある公園では夜になると屋台が出るらしい。観光スポットこそ無いが、2泊3日楽しむには十分なラインナップである。


「ネットの写真で見るよりやっぱでかいなぁ…」


敷地の入り口で立ち止まって感嘆の声を上げる青葉の隣を上月は無言無表情で通り過ぎる。その背中には上月のリュックが、右手には天滝の荷物が入ったキャリーケースの取っ手、左手には相良の荷物が入って大きなリュックが持たれている。もはや重いと文句を言う体力すら無い上月は無言で旅館に入り、ロビーのベンチにへたり込む。


「いやー、やはり男手があると助かるな」


息を切らす上月の隣に座って肩にぽん、と手を置いて話しかける相良。明らかに荷物運びは相良が適任であると思うのだが、荷物持ちは男性の仕事という古くからの日本文化がそれを許さない。男女は平等であるべきであるとここまで強く思った事はない。

上月が文句を言う隙すら与えずに相良は立ち上がり、受付に向かう。


「荷物ありがとね」


相良の後ろ姿を眺めていると隣に天滝がやってきて上月の足元の自分の荷物を手に取って同じベンチに座る。


「帰りは持たないからな」


「それは相良先輩次第、かな」


「待て待て、帰りは私の荷物を持ってもらうからな」


「持つのは確定かよ」


なんてどうでもいい会話をしているうちにチェックインが終わり、みんなで相良に付いていく。303号室が相良達の部屋らしい。


「私たちの部屋はここだ」


「…あの、すみません。俺の部屋は無いんですか?」


「何を言っている。上月も同じ部屋だ」


さも当然のように言い放たれる言葉に上月は思わず手に持った自分の荷物を取り落とす。


「え、いやあの、なんで?」


「少し資金の問題があってな。ここでは1人ごとの料金じゃなくて1部屋あたりの料金システムらしいんだ。…まぁその代わり少し割高にはなるが。つまり、2部屋予約するとそれなりに値が張ってしまうということだ」


つい敬語も忘れて問い返す上月に対して、相良はまるでそれを聞かれるのが分かっていたかのようにすらすらと説明する。なぜ当日まで黙っていたのかは知らないが、多分前もって話していたとしてもなんの対策もできないから話す意味がなかった、みたいな言葉が返ってきそうなので黙っておく。


「それに、上月は天滝と泊まりで勉強会をやったのだろう? 見ての通り天滝は生きている。つまり上月は安全というわけだ」


「生きてるって、俺は殺人鬼じゃないですよ。…それに天滝も幼なじみだからできる事であって、相良先輩がよくてもなんというかその、青葉が大丈夫じゃないかもしれないって話ですよ」


「ん? 私なら大丈夫だぜ? 楽しそうだし」


異常者ばかりである。


「女性側に抵抗があるのならば考えを変えねばならないが、女性陣が全員オーケーだと言ってるのだから良いんだ。な? 上月」


どうやら上月もとい男性の意見は完全に無視の方針らしい。やはり男女は平等であるべきである。それでも上月は反論を試みるが、相良の「ならば君が部屋の代金を払いたまえ」という言葉に黙らざるを得なくなる。

結局そのまま4人は入り、荷物の整理を行う。というのは名目上での話であり、普通にくつろいでいるだけである。午後2時、という微妙すぎる時間なのでやる事が無いのだ。

相良は屋台の下見に向かい、天滝は土産屋に向かってしまう。残された上月と青葉はしばらく無言で各自時間を潰していたが、10分ほどでそれも飽きてしまい、2人でトランプで遊ぶことになった。30秒ほどの議論の末にババ抜きをする事になった。


「そういや、なんで青葉は科学部なんかに入ったんだ?」


青葉の手札からどれを取るか悩みながら上月は問いかける。1年の時に天滝に無理やり科学部に連れてこられた時には、既に青葉は科学部の部員として活動していたのだ。どう見ても運動部に所属してそうな見た目の彼女がなぜ科学部という地味な部活に入っているのかずっと疑問に感じていたが、なんとなく今までその理由を尋ねたことは無かったのだ。


「んー、そうだな。私、運動得意だから割といろんな運動部から勧誘来るんだよな」


「まぁそうだろうな」


「私、期待されるのって嫌いなんだ」


上月が青葉の手札からカードを抜き取ると同時に彼女は少し暗い声でぽつりと呟く。何か嫌な過去でも思い出させてしまったのだろうか。


「私こう見えて緊張に弱くってさ。ここぞと言う時にいつも上手くいかない。部活の大会とかでみんなに期待されて、そのプレッシャーに耐えきれなくて本来の力出せなくて、試合終わってからみんなの『期待を裏切られた』みたいな顔を見るのが辛くて仕方がない」


最後の1枚になった青葉は話しながら上月の2枚の手札の中からカードを抜き取る。青葉はそのカードがジョーカーのカードだと気づき、それを上月に見せて「ほらな」と笑う。何かを諦めたような顔に上月は思わず謝ってしまう。


「なんか悪いな。変なこと思い出させたみたいで…」


「いいんだいいんだ。ほら、さっさと引けよ」


上月が謝るのに対して特に気にしない様子で青葉は自分の手札を差し出す。特に何も考えずに上月がカードを引き、ペアが完成してそのままババ抜きは終了となった。


「思ったより早く終わったな。もう一戦やるか?」


テーブルに散らかったカードを集めながら提案すると、青葉は窓の外を見ながらぽつりと呟く。


「海、行きたいかも」


「え、海…?」


「何ビビってんだよ。別に泳がねーし。ちょっと散歩するだけだろ」



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


数分後、青葉と上月は海辺を歩いていた。お世辞にも綺麗とは言えない海だが、他にほとんど人が居なく貸し切り状態である。後に聞いた話だが、車で30分ほど走ったところに綺麗な海があるらしく、みんなそっちに行ってしまうらしい。


「なんだ、全然人が居ないな」


上月の独り言は心地よい波の音に吸い込まれていく。人が全然居ない分波の音がクリアに聴こえる気がする。


「私はこの方が好きだけどなぁ。静かだし」


クラスでは割と賑やかなイメージのある青葉だが、本当はあまり賑やかなのは得意ではないのだろうか。だから運動部から逃げるようにして科学部に入ったし、この静かな海が好きだという言葉が出てくるのだろう。


「それに、告白…、とかされるならかなりいい場所、かもな…」


「…いや何言ってんだよ」


そして青葉の頭はやはり思ったよりメルヘンな作りになっているらしい。よく分からずに振り返って聞き返す上月の目を真っ直ぐ見据えて青葉は口を開く。


「天滝、多分上月のこと好きだぞ」


「…そんなわけないだろ」


「いや、ちゃんと天滝の口から聞いたんだ。間違いはない」


「ならなんで今それを言うんだ? 今俺がそれを聞いたところで何になる」


とぼけるような答えを返す上月だが、内心分かっているし、多分青葉も分かっているのだろう。


「…別に。ただ天滝がそう言ってたから伝えただけだ。後はお前次第だからな」


誤魔化すような上月の言葉に怒るわけでも急かす事もなく、ただそう伝えて青葉は黙り込む。


「俺次第…か」


呟いてみたものの、波の音しか返ってくることはなかった。結局その後は普段通りの青葉で、水には入らないとか言っていたが結局裸足になって波打ち際ではしゃいでいた。上月もいつも通りにしていたが、内心いつも通りにいられるはずもなかった。

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