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底辺男の向夏録  作者: 青色蛍光ペン
5/10

5:やさぐれた思想家

夏の高校生の帰宅路、と聞くと何を思い浮かべるだろうか。大体の人たちは、夕日に照らされてオレンジ色の道路や壁、電柱。その中を2人か3人、またはそれ以上で談笑しながらゆっくりと歩く図を想像するだろうか。しかしそれは部活動などで青春を謳歌している人間に限る。現に、木山は今学校から帰っている途中なのだが、帰宅路の想像図とは真逆のシチュエーションに立たされている。6限目の後の短いホームルームが終わった直後に学校から出たため日はまだ高く、上からの直射日光が非常に熱い。もちろん1人である。


「…あっつ」


ぽつりと呟くが当然である。もはや真夏と言っても過言ではない7月10日、未だに上着を着ているのは学校の中で木山1人だ。教室のクーラーが若干寒く感じる時があるから、という理由もあるが、本命としては半袖の服が自分には似合わないと木山は思い込んでいるのだ。しかし、独り言とは反対に、木山は額に汗ひとつかいていない。暑いものは暑いが、慣れてしまっているのだろうか。

特に何かを考えることもなく、携帯電話を触ることもなく、ただただ歩き続けていると後ろから「おーい!」と叫ぶ声が聞こえる。しかし木山は振り向かない。これと似たような経験は何十回とあったが、振り向いてみると知らない人で、しかも自分のすぐ後ろを歩いている人間に用事があった、というケースが10割を占める。つまり全てだ。経験に則って叫び声を無視して淡々と歩き続ける木山だったが、背中を叩かれて初めて振り返る。そこに立っていた人物はある意味因縁のある人間だった。


「…確か上月、みたいな名前だったっけな」


「上月で…、あって、る…!」


なんだかよく分からないが、上月は全力疾走で木山の元に来たらしい。と木山がどうでもいい感想を感じている所で上月が息を整えながら再び口を開く。


「ちょっと、聞きたいことが、あってな…」


「聞きたいこと、ねぇ」


オウム返しをする木山に息を整えた上月は木山の目を真っ直ぐ見据えて話す。


「あの事件の続きの話を聞きたいんだ」


科学部の連中の考え、氷川の意味深な言い回しや短冊の内容。それらの事を考えるとやはり木山に直接話を聞くのが1番だと上月は判断したのだ。しかし、上月のクラスの担任のホームルームは異常に長い。だが、今日は比較的早くホームルームが終わったのでふと窓から校門を見てみると未だに上着を着込んでいる人間、すなわち木山が校門から出て行く姿が見えたのだ。そして上月は階段を駆け下り、全力疾走で木山が校門から出て曲がった方向へと向かったのだ。木山が息を切らしていたのはそのためである。


「断る」


上月の頑張りも虚しく、木山はきっぱりと断ってしまう。当然である。別に楽しくもない過去を掘り下げられるのは普通はあまり気持ちのいいものではない。しかし、断られる事は分かっていたらしく、すぐに上月は言葉を続ける。


「ならこれだけ聞かせてくれ。…上月と氷川は両想いなのか?」


それを聞いて木山は足を止める。


「…何か聞いたのか。というかなんで俺が氷川の事を好きなこと前提なんだよ」


「土曜日に氷川とばったりショッピングモールで会ったんだ。あと、多分木山が氷川の事を好きって気付いてないのは黒木ぐらいだと思うぞ」


オカルト研究部の黒木拓真くろき たくまはとにかく目の前で起こった現象とその原因を追究し、人の心の中なんて二の次三の次にするような印象を受けた。多分もう1人のオカルト研究部の永井春香ながい はるかは木山が氷川の事を好きだと気付いていただろう。


「まぁ、なら別に隠す事もない、か。…確かに俺は氷川の事が好きなのかもしれない」


意外にも、木山はあっさりと答えてくれた。実際に氷川が絡んでいると隠し事をしても意味がないとでも判断したのだろうか。


「…でも、俺は氷川の事を好きになってはいけない」


しかし、次はさっきの言葉とは正反対の事を話し始める。


「どういう事だよ。氷川がお前の事好きって分かってるんだからそのまま付き合っちゃえば良くないか?」


「…そんな簡単な話じゃねぇよ…!」


木山の口調が鋭くなる。よく分からず首を傾げる上月に木山はさらに言葉を続ける。


「本当に氷川が俺の事を好きだったとして、確かにこのまま付き合うと氷川も俺も幸せかもしれない」


「いやだから、氷川は本当にお前の事を…」


「話は最後まで聞け。確かにこのまま行けば2人とも幸せになれる。だがそれは一時的な話だ。3日後、1週間後、1ヶ月後、半年後。そんな長い時間氷川を幸せにさせ続けられるほどの器は俺にはない」


「でもお前は十分優しいと思うぞ?」


「あの冬の一件だけでそう判断してるなら上月、お前は随分お気楽な人間なんだな」


お気楽な人間と言われてカチンと来る。これはどう考えても木山が考えすぎだろう。だがここはぐっと堪えて上月は言葉を選んでいく。


「それでも優しい面がある事は確かだろ。氷川にとってはそれだけで十分なはずだ」


「優しい面があったとしても、俺の1番悪いところは俺が1番よく分かっている。それを踏まえた上で、俺は氷川の隣に立てる価値はない。そう判断したんだ」


「じゃあ氷川はどうするんだよ」


「ずっとこのまま放置するつもりだ。付き合って、それで氷川が後悔するよりはずっとマシだ」


木山には固い意志があるらしい。しかし木山の考え方だと、氷川に限らず、相手がどんな人間だろうと同じように対応するだろう。そこまで考えて初めて氷川の短冊に書かれた文章の意味を理解する。


『木山君が誰かを好きになれますように』


そして話しているうちに、その願いは少なくとも上月の手では叶えてやれない事も察する。どんなに意志が固かろうと、何かしらのきっかけがあれば人は変わるかもしれない。だが、少なくとも上月にはそんなきっかけは作ってやれない。


「俺は自分に相手の隣に立つ価値があるのかを判断できる。そして判断した上で話してるんだ。…もう俺に関わるのはやめろ」


冷たく言い放ち、木山は歩き始める。上月はそれを追いかけようとするが、一歩踏み出したところで立ち止まる。追いかけても無駄だと判断したのだ。

木山は確かに氷川の事が好きだ。だが、それを全肯定してしまうとそれは必然的に氷川と付き合うことに繋がる。そして木山の考えだと、氷川と木山が付き合う事は絶対に避けたい事らしい。だから、心の中では氷川の事が好きなのだが、あくまでも氷川とはただの友人として接する。上月が木山と氷川を見て友人としか見えなかったのは、木山がそう見せていたからだったのだろう。周りの人間も、そして自分すらを騙すように。

そして氷川の言葉の意味も理解する。両想いだけど木山が人のことを好きになる事ができない。氷川の半分諦めたような表情と口調から、多分何回か氷川からも話を持ちかけたことが今なら分かる。


「どうしようもないだろ、これ…」


これが科学部の連中が聞きたがっていた「その後の関係」である。多分彼女らが想像していたものとは違うどうしようもない現状を報告する気にはなれず、今日はそのまま帰ろうかと一歩足を出したところで後ろから声をかけられる。


「風馬〜! 部活行こう!」


振り向くと、そこには青葉と天滝の姿があった。


「さっきのってもしかして木山か?」


青葉の問いかけに無言で頷く。会話までは聞こえてなかったと思うが、最後の方を見られていたのだろう。多分青葉も上着を着ているという特徴だけで判断したのだろう。


「って事は、氷川さんとの事も聞いたの?」


目を輝かせる天滝に、複雑な気持ちになる。確かに隠していても仕方がない事ではあるが、話すのは話すので気が重たい。しかし、黙り込む上月に天滝が詰め寄る。


「ねぇ、どうだった? 聞かせて! 聞かせてよ!」


「わ、分かった! 話すから!」


ぐいぐいと顔を寄せてくる天滝に思わず押し負けてしまう。またこれだ。とは言っても隠しても仕方がないので学校に戻りながら先ほどの会話をかいつまんで話す。


「…だから、木山と氷川は別に付き合ってはいないし、木山には付き合う気もない」


「なんだよその変な思想。まぁ木山ってそういう奴だからなぁ」


会ってもないのに何を言っとるんだこいつは。


「ま、まぁ木山君も別に意地悪でやってる訳じゃないんだし、ね?」


なんでこっちに同意を求めるんだ。いちいち言い返していてもキリがないので無言で歩いていると学校に着く。そういえばそろそろ期末テスト1週間前になる。木山の件に関しては多分今のところはどうしようもなさそうなので、勉強に集中だ。

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