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底辺男の向夏録  作者: 青色蛍光ペン
3/10

3:昼休みの憂鬱

チャイムと共に4限目の授業が終了する。授業で固まった体を伸ばすためにぐっと伸びをする者もいれば、さっさと弁当箱を取り出す者、購買が混み合う前に昼食を確保しようと教室から駆け足で出ていく者と言う感じで教室が一気にざわつく。そんな中、上月がふと廊下を見るとそこには白衣を身に纏った相良の姿があった。相良はしばらく上月の教室を見渡していたが、相良の方を向いている上月に気付くと笑みを浮かべて手招きをする。


「何してるんすか」


相良のもとへ向かってから疑問を投げかける。わざわざ昼休みに相良がやってくるとは珍しい。過去に何度かあったが、その時は決まって何かしらの頼み事を持ちかけられる場合がほとんどだった。


「ちょっと頼みがあってな」


案の定相良は何かしらの頼み事を持ってきたらしい。青葉と天滝も連れてくるべく無言で教室に戻ろうとする上月だが、逃げようとしていると勘違いされたのか、相良は上月の手を掴んで廊下に引っ張っていこうとする。


「…あの、別に逃げないですよ」


「いや、上月1人で十分だ。そんなに時間がかかる事でもないからな。昼休みが終わるまでに解放することを約束しよう」


そんな事を言いながら連れて来られたのは理科室である。科学部の部室は実験室であり、理科室ではない。そんな理科室の扉を開くと、机の上に大きなダンボールが2つ載っている。なんとなく嫌な予感を感じていると相良がダンボールをポン、と叩いて口を開く。


「科学の先生から頼みがあってな。新しく顕微鏡を12個程購入したらしいんだが、理科室に置き場所が無いらしい。だから科学部の物置に置かせて欲しいって訳だ。だけどこれが結構重くてな、か弱い乙女にこれを2つ運ぶ重労働は厳しい。という訳で上月に協力して貰おうという訳だ」


「まぁ良いですけど、こういうのは教員がやるものなんじゃないんですかね」


「そう言うな。実験室の鍵の管理までさせて貰ってるんだから、これぐらいの手伝いはするべきだと思わないか?」


「別に嫌とは言ってないですよ。とりあえずこれを部室に運べば良いって事ですよね」


相良の回りくどい言い回しを流してダンボールに手をかけて持ち上げる。が、これがなかなか重たい。顕微鏡は1つでも結構な重さを誇る。それが6つ入った段ボールの重さはかなりのものになる。というかなんで相良先輩はそんな簡単に持ち上げちゃってるの、と気を抜いて軽口を叩くと顕微鏡という高額な品物を全部スクラップにしかねない。

ダンボールを持ち上げるだけでも苦労している上月の様子を見て、一旦相良はダンボールを机の上に置き、上月のダンボールの中から顕微鏡を2セット取り出して自分のダンボールの中にしまい込む。


「これで少しは楽になったか?」


「…ありがとうございます」


化け物か。と言いたくなるがここは素直に礼を言っておく。実際かなりダンボールの重さはマシになっている。


「じゃ、早いところ仕事を終わらせに行くぞ」


ダンボールの重さが増したにも関わらず、特に重そうな素振りを見せる事なくダンボールを持ち上げて出口まで歩いていく。やはり化け物か、と頭の中で考えながらも無言でその後を追っていく。

実験室は2階にあるのに対し、理科室は別校舎の1階に存在する。四季高校は普通の教室、図書室、職員室、実験室などは本校舎に存在しており、理科室、音楽室、美術室などの主に移動教室の授業で使う教室と体育館は別校舎にある。そして別校舎と本校舎を繋ぐ廊下は1階にのみ存在する。最初は普通にダンボールを抱えて歩いていた上月だが、階段に差し掛かった途端にペースがガタ落ちする。


「どうした、重いのか?」


不安そうに、というか半分煽るように相良は踊り場から上月に声をかける。相良が顕微鏡を2セット負担してくれたおかげでそこまで重たくはないのだが、それでもある程度の重さのものを抱えてそこそこの距離を歩いて階段を登っているのだ。両腕がプルプルと震える感覚が怖い。これ全部落とせばどれだけの責任が科学部に降りかかるのか想像すると余計に力が抜けていくような感覚を感じる。


「まぁゆっくり来たまえ。私は先に実験室に向かっているぞ」


苦戦する上月を見て、さらりと言い放って相良は先に行ってしまう。冷たいようにも思うが、さっさと荷物を運び込んでから改めて手伝いに戻ってくるという事なのだろう。というかあの細身の体のどこにあんな力が秘められているのか不思議で仕方ない。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


なんだかんだで実験室にたどり着いた上月が目にしたのは椅子に座ってパタパタと下敷きをうちわ代わりにして涼んでいる相良の姿であった。遅くなったが前言撤回、やはり冷たい人間である。


「手伝いに戻って来ると思ってたんですけどね」


嫌味を言いながら実験室に入って奥の物置に無事ダンボールを運び込むことに成功する。放り投げてやりたいところではあるが、相良が運び込んだダンボールの隣にそっと自分のダンボールを置き、次の授業で激しい睡魔に襲われることを覚悟しながら物置から出る。


「お疲れさん、おかげで助かった。礼にこれをやろう」


物置から出るなり相良に声をかけられ、直後相良の手から銀色に光る物体が投げられる。以前青葉から鍵を投げつけられた時とは違い、放物線を描くように放り投げられたそれを受け取るのは難しくなく、両手を受け皿のように使って受け取る。光る物体の正体は100円玉だ。


「ありがとうございます。…でもこういう時の礼って普通はジュースとかそんなのじゃないんですか?」


「ならその金でジュースを買えばいい。足りないのならもう50円足してやってもいいぞ。大体ジュースとは言っても種類が多いものだからな。私は君の好みなんて知らん」


「…まぁ言いたいことはわかりますよ」


これ以上追及する気も起こらずそのまま100円をポケットに突っ込む。そして思い出したかのように相良に問いかける。


「というか、青葉じゃだめだったんですか? 俺全然役に立たなかったじゃないですか」


上月は一般的な男子に比べると力がない。体力テストは真ん中より少し下、と言った感じである。それに比べて青葉は運動部に所属していないにも関わらず10位以内に入っている。男女の差を考えても今回の手伝いは青葉の方が適任だったように思える。


「そんな事はない。君は十分役に立った。私が2往復するよりも圧倒的に早く作業が終わっただろう? それと、少し聞きたいことがあってな」


「聞きたいこと、ですか」


どうやらこちらが今回のメインらしい。上月が承諾する間も無く相良は話を始める。


「…君は科学部を楽しんでいるか?」


「楽しんでいるか、ですか」


「そうだ。単に私の心配のしすぎなら構わないのだが、君がオカルト研に顔を出して部活に来なかった時期があっただろう? 君が科学部に飽きてしまった、あるいは居心地が悪くなったからだと私は考えていたのだが、実際のところはどうなのか気になってな」


「全然そんなことないですよ。青葉は話しやすいし、天滝は…、いつも通りだし、先輩もそうやって色々気にかけてくれますし、ここはいい場所ですよ。飽きる事はないですし、辞めるつもりもないです」


上月の答えに満足したのか、相良は頷きながら立ち上がり、「話は以上だ。また放課後に会おう」と言い残して部室から去っていった。結構な変人に見えるが、ああ見えて優しい一面もあるのだなと感じる瞬間であった。実は上月が部活に入った直後もたまにこうして気にかけてくれる事があった。他の部員が全員女子なので当然だと言えばそれまでだが、何かあれば頼りになる先輩。それが相良には相応しい立ち位置なのだなと心から思う。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


相良からもらった100円を持ち、上月は自動販売機の前に立っていた。100円を入れ、覚悟を決めてボタンを押す。ガコン、と音を立てて出てきたのはいつも相良が飲んでいるブラックコーヒーだ。青葉の時以来少し気になっていたが、自分の金で買って不味かったらどうしよう、と考えていたのだが、ちょうど良い機会だ。


「味じゃなくて香りを楽しむ、だったな…」


プルタブを起こして封を開ける。そして缶に口をつけて少し口の中にコーヒーを含む。


「うっ…、にが」


香りを楽しむ暇もなく強烈な苦さが舌を襲う。やはりブラックコーヒーの良さなんて分からないなとため息をつくが、人の金で買ったものだ。捨てるのはあまりにも失礼なので、覚悟を決めて一気にブラックコーヒーを飲み干す。

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