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底辺男の向夏録  作者: 青色蛍光ペン
2/10

2:彼らに苦さはまだ早い

上月のクラスのホームルームは長い。先生の話がとてつもなく長い。生徒集会の時の校長先生のトークレベルの話を毎日できるのはもはや才能だろう。あれだけ話せれば芸能人が集まって難しそうな話をする番組に出演してもレギュラーになれるだろう。だが、こっちとしては毎日のホームルームでその才能を発揮されるのはたまったものではない。いつもホームルームが終わる頃には他のクラスのホームルームなんてとっくに終わっており、下手すれば運動部のウォーミングアップがほとんど終わるぐらいのタイミングで2年A組の生徒は解放される。もはや毎日が軽い居残りみたいなものだ。

今日もそんな長いホームルームが終わり、上月はカバンを背負って科学部の部室に向かうべく教室を出る。ちらりと後ろを向くと、天滝が先生の元に駆け寄り、ノートを開いて何やら質問しているのが目に入る。しかしそれを待つわけでもなく、上月は真っ直ぐ部室に向かう。


「あ、鍵…」


部室の前に立ち止まり、ポケットに手を突っ込んで呟く。部室、正確には実験室なのだが、ドアの鍵は科学部の部員が管理している。一応実験室は理科室や図書室と同じような立ち位置のはずなのだが、鍵の管理を科学部にさせても大丈夫だと判断されるのを見るに多分数年間実験室は授業などで使われていないのだろう。そして、今日の鍵を持っているのは確か…。


「上月〜、それっ!」


突然名前を呼ばれ、その方向を向くと、掛け声と共に部室の鍵をこちらに放り投げる青葉の姿が目に入る。コントロールが狂ったのかそれとも元から狙っていたのか、鍵は上月の顔目掛けて飛んでくる。


「ちょっ…!? 危ないだろ!」


慌てながらもキャッチに成功するが、一歩間違えれば部室ではなく保健室に行くところだった。青葉はいつもこんな感じだ。なんというか、ノリが男子高校生のもの、という表現をすれば正しいだろうか。少なくとも女子としてのおしとやかさのようなものは微塵もない。


「いいじゃんいいじゃん。ほら、早く扉開けろよ」


いや良くはないだろ、と心の中で反抗しながら鍵を開け、部室の中に入る。上月はいつも自分が座っている椅子に腰掛け、鞄を机の上に置く。一方青葉は部室に入るなりクーラーの電源を入れ、シャツのボタンを1つ外す。そして上月と向かい合う形で椅子に腰掛け、鞄からノートを取り出してパタパタと扇ぎ始める。それを見ながら、さっき先生と話してた天滝について青葉に問いかける。


「そういえば天滝は何してたんだ? 質問?」


「ん? あー、あれな。なんか、数学で分からないところあったから先生に質問だってさ。結構分かんないところ多いらしいから、今日は部活に出れないんだと。あと、相良先輩もなんか色々あるらしくて今日は来れないって」


「へぇー」


気の抜けた返事をしながら上月は机に突っ伏す。あの2人が来ないのであればまぁ今日の部活は半分無くなったも同然だろう。とは言えいつも科学部を名乗れるような活動をしているわけではないのだが。何にせよ今日はここで一眠りしているうちに部活終了の時間になるだろう。


「…おやすみ」


「いや寝るなよ。上月寝ちゃったら私が暇になるだろ」


青葉に揺さぶられて渋々体を起こす。別に俺起きてても暇だろ、と言いたい所ではあるが、多分次また寝ようとすれば拳が飛んで来かねない。青葉はそういう人間だ。


「つっても何するんだよ。どうせやる事無いし今日はみんなで昼寝でもいいんじゃないか?」


上月の言葉に青葉は目を泳がせて話題を探す素振りを一瞬した後に思い出したかのように口を開く。


「それもそうだな…。あ、というか何で1人で黙って教室から出ちゃったんだよ。天滝に声かけてやれば良かったのに」


「いや、なんか先生と話してたし」


「待てば良かっただろ。なんか上月って天滝に対して冷たくね? 幼なじみなんだろ? 天滝も昔は仲良かったって言ってたし」


「それはもう昔の事だろ。幼なじみイコール仲良いってのは漫画や小説の世界だけだ。確かに天滝は幼なじみだけど、それは今も仲良くて当然ってことにはならないんだ」


「ふぅん…、ちなみに昔は何してたんだ?」


「そうだな、よく覚えてはいないけど、外で遊んだりもしたし、ゲームもしたし、色々遊んでたな」


話しながら、上月の脳裏に途切れ途切れの思い出が蘇る。天滝のおままごとにも付き合ったし、逆に上月の仮面ライダーごっこにも付き合わせたっけな。昔は確かに毎日遊ぶぐらいに仲が良かったが、流石に高校生にもなると意識してしまうものがある。


「そんなに遊んでたのにもったいないなぁ。あんな可愛いのと仲良かったのに今はあんな素っ気ない態度取っちゃうとか」


「別に素っ気なくない。天滝がぐいぐい来すぎなだけだろ」


「あー、あのめっちゃ近いやつか。あれ周りの男子は羨ましがってると思うぜ?」


青葉が言ってるのは天滝が上月に何かしらの同意を求める時に顔をやたら近い位置に持ってくるあれのことだろう。いつから始まったのかはもう覚えていないが、多分あれをすると上月がすぐ答えを出すから味を占めているだけである。例えば数ヶ月前の話だが…。


『風馬はキノコかタケノコ、どっちの方が好き?』


『…どっちだとどうなるんだよ』


こういう場面で天滝は決まってぐっと顔を近寄せてじっと上月の目を見つめるのだ。


『どっちが好きなの? どっち?』


『た…、タケノコです』


そして答えを聞くと天滝は満足して顔を離して『私はキノコ』と嬉しそうに答えるのだ。いやなんで嬉しそうなんだよ。あれをされるようになってから上月は押しに弱い性格になってしまったのだ。あれは受け取り方によっては脅迫にもなり得る。


「あれはそういうのじゃない。誘導尋問みたいなもんだろ」


「そうか? 上月以外にはやらないし、普段上月と話してる時もなんか楽しそうにしてるし、絶対あれは上月の事好きだろ」


「ないない。俺のどこに好きになる要素があるんだよ」


「ほらなんというか、幼なじみだし?」


「どんな補正だそれ、幼なじみ最強すぎないか。…というか天滝に限って、というか限らなくてもそんな事絶対にない」


なんだか青葉って意外とメルヘンな頭してるんだな、と言葉にはしないが心の中で考えながらも否定しておく。


「それに上月も自信持てって。別に悪い奴ではないだろ?」


「でも良くもない。運動勉強顔面遊びどれを取っても微妙なんだよ俺は」


それを聞いて青葉ははぁ、と息を吐く。え、なんか今変なこと言った? と上月はさっきの会話を頭の中でリピートする。


「なーんで上月ってそんなにネガティブなんだ? 昔は明るくて元気だったって天滝が言ってたぜ?」


「昔はな…、というかさっきもこんな流れの話しなかったか?」


適当に流しながらも再び昔の思い出が蘇る。確かに昔の上月は今と比べるとかなり明るい元気な性格だったと思う。それでも最初に話しかけてきたのは天滝だった。確かいきなり『友達になって下さい!』みたいな感じで話しかけられた記憶がある。そして上月も『いいよ!』と受け入れるぐらいには社交的だった。


「お、部活やってたんだな」


思い出に浸っていると突然扉が開いて相良が入ってくる。「来れないはずじゃなかったんですか」という上月の言葉に「用事が早めに終わってな」と答えながら青葉の隣の席に腰掛ける。そして白衣のポケットから自販機で買ってきたと思われる缶コーヒーを取り出してカシュッとプルタブを起こして口をつける。


「いつも思うんですけど、よく飲めますね。ブラックコーヒーってなんか苦いだけで良さが全くわからないんすよね」


「ばかもの。私だって味わってなんかない。鼻を抜ける香りが良いんだ」


「そういうもんなんですか」


「ちょっと飲んでみたいです!」


他愛のない話を展開していると、青葉が横から割り込んでくる。相良は他の人と比べるとかなり美味しそうにブラックコーヒーを飲むのだ。多分青葉も前々から気になっていたのだろう。


「ん、ひと口だけだぞ」


そんな青葉に特に躊躇うこともなく相良はコーヒーの缶を手渡す。嬉しそうに青葉は受け取った缶コーヒーに口をつけて缶を傾けるが、その直後口に手を押さえて顔をしかめる。


「にっがい…」


「ははは、私も最初はそんな感じだった。毎日飲んでいると勝手に良さが分かってくるものだ」


「いやぁ…、ちょっと私には無理そうです。…上月も飲むか?」


後味悪そうな顔をしながら青葉は上月に缶を差し出してくる。自分が口をつけたところに男子が口を付けることに違和感を覚えないのだろうか。こいつ自分が女子だという自覚無いんじゃないかという言葉はぐっと押さえ、やんわりと拒否しておく。


「いや、俺はやめとく。あんま中身減らすのも良くないからな」


この日はこれ以上は特に何も起こらず、各自適当に暇を潰したりどうでもいい雑談を繰り広げたりして終了した。結局最後まで天滝は部活に来なかった。

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