1:何の変哲もない科学部の日常
人間、必ず1つは長所や得意なものを持っているものである。走るのが速い、肝が据わっている、テストでほとんど勉強しなくてもいい点を取れる、人付き合いが上手い、顔が良い、などだ。努力もせずに才能を語るなと誰かが言っていた気がするが、少なくともこれらは努力で手に入れるのは難しい類のものだろう。努力で手に入らないからこそそれが長所となり、優劣となり、人の個性になる。しかし、放課後の廊下をゆっくりと歩く男、上月風馬にはなんの長所もない。上月が自分で「俺にはなんの長所もない」と言っているだけではあるが、実際彼は何1つとして人に褒められることや他の人より優れていることを持っていない。運動も勉強も苦手で顔も並程度、かと言ってゲームが上手いわけでも、文学に精通しているわけでもない。
そんな上月は、科学部に所属している。1年生の最初の部活選択で科学部を選び、入部したのは良いが、メンバーに多少問題がある。
6月3日、二階にある科学部の部室の扉に手をかけ、ガラガラと扉を開く。科学部の部室、とは言っても、一応「実験室」と呼ばれる教室だ。ぶっちゃけ理科室との違いはよく分からないが、昔は授業でちょっとした解剖やそこそこ危険な実験などをここの教室でやっていたようだ。実験室、いや、科学部の部室と化したこの教室の面積はかなり狭く、理科室にあるような水道付きのテーブルが2つと黒板、後は薬品や機器が置かれている小さな準備室があるだけだ。そのテーブルに座っている女子3名が上月に気付いて振り向く。
「あ、風馬。やっと来たんだね」
名前で呼んできたのは上月の幼なじみの天滝楪だ。きれいな黒のロングヘアーで、昔から割と上月と仲がいい。上月がここの部活に入ったのも、天滝に半ば強引に引きずり込まれたからである。
「おせーよ。サボったのかと思ったぜ」
男口調なのは青葉夏希。黒に限りなく近い茶色のショートヘアだ。運動神経抜群で、体育祭のクラス選抜リレーに推薦される立ち位置、と言えば分かりやすいだろうか。なぜ科学部に所属しているのかは疑問である。
「まぁまぁ、来てくれただけ良いじゃないか。ほら、上月も早く座りたまえ」
最後に口を開いたのは相良まつり。腰の少し下まで赤い髪を伸ばしており、背が高い3年B組の先輩で、放課後になった途端に白衣を纏う変人である。この女子3人と男子1人という気まずさ全開のメンバーで科学部は成り立っている。ここ四季高校では学年が上がる毎に行われるクラス替えが存在せず、理系はA、B組。文系はC、D組という風に分けられている。そして成績が比較的良い生徒はそれぞれA組とC組に入れられる。上月、天滝、青葉は2年A組、そして相良は3年B組。つまり、今ここにいるメンバーは全員理系で、相良以外は優秀とされるクラスの生徒という精鋭軍団なのである。普段はこのメンバーで集まって喋ってたり、テスト期間になれば軽い勉強会が開かれていたりする。
しかし、上月はここ1ヶ月ほど部活に来ないことが多かった。と言うのも、上月はある男の調査のためにオカルト研究部に顔を出していたのだ。ここの学校のオカルト研究部には黒木という名の男、通称ネクラマンサーと呼ばれる生徒が所属している。黒木はとても頭が切れる男で、学校で起こる怪奇現象について日々考察を行なっていると聞いている。上月はその黒木に木山蓮という男子生徒が取った奇怪な行動についての考察を頼んでいたのだ。その考察の材料を集めたり、考察を手伝ったりするせいでちょくちょく科学部に来れないことがあったのだ。しかし木山の一件は無事解決し、上月はこうして科学部に顔を出せているのだ。
言われるがままに席に着くと、早速青葉が話をふっかけて来る。
「で、木山はなんで川野に告白したんだ?」
木山の一件とは、いつもB組の教室の隅で1人でライトノベルを読んでいるような木山が突然A組の中でも人気の高い美女である川野咲に告白した、という件である。この事件の直後は結構な騒ぎになっていたが、既に事態は木山の一目惚れということで収まっている。しかし、どうもそれが納得いかなかった上月はオカルト研究部に相談して真相を明かそうとしたのだ。
「んー、そうだな。一応俺らの秘密ってことにはなってるんだが…」
まぁ科学部の連中に限って話を広めたりはしないだろう。そう考えた上月は、「他の奴には言うなよ」と前置きし、川野はB組の高橋颯斗が好きだということ、そして木山が同じく高橋のことが好きなB組の氷川雪菜に高橋に告白して上手く行く方法を相談され、川野を高橋から引き離すために川野に告白した、ということを話す。それを聞き、まず相良が口を開く。
「なるほど。で、木山と氷川って人のその後の関係は?」
「その後の関係?」
「ああ、そうだ。話を聞いてる感じ、木山って人は他の人と関わるのが面倒なのだろう? それなのに氷川のために無謀な告白までするなんて、それはもう絶対木山は氷川の事が好きってことだろう?」
「あー、確かに。絶対木山君氷川さんの事好きだよそれ」
後ろで頷く天滝の言葉を聞きながら、上月は顎に手を当てて考え始める。やっぱりみんな話を聞くとそう考えてしまうのか。確かに上月も絶対そうだろうとは思った。だが、木山と氷川が話しているのを見ると、それはあり得ないだろうと思ってしまう。あの二人を見ていても普通の友達、という感じしか感じられないのだ。木山から氷川への好意的なものを微塵も感じられないのだ。
「いや、多分それは無いな。氷川と木山を見ていても、全然そんな気はしないし」
きっぱりと否定すると、今度は黙って話を聞いていた青葉が口を開く。
「その木山ってやつはいつもポーカーフェイスみたいに無表情なんだろ? 外面だけじゃ心までは分からないって。直接聞いて来いよ」
「えぇ…、普通に嫌なんだけど」
嫌がりながらも、実際に聞いてみるのが1番手っ取り早そうではある。どれだけ気になっていても、この問題だけは本人の口から真相を聞かないと解決できなそうである。ぶっちゃけ木山の事は少し苦手ではあるが、近いうちにコンタクトを取ってみるか、と考えていると、天滝が思い出したかのように大声を上げる。
「あぁっ! 忘れてた!」
「なんだなんだ、急に大声あげて」
隣に座っていたためかびくりと反応した青葉に「あぁ、ごめんごめん」と謝りつつ、天滝は相良の方を真っすぐ見つめて口を開く。
「話変わるんですけど、夏休みの合宿どこ行きますか!?」
「おい本当に関係ない話だな。どの部分で今それを思い出したんだよ」
上月は咄嗟に突っ込みを入れるが、それを無視して相良は少し悩んだ後に口を開く。
「そうだな…、バスで結構走るが、海の近くの旅館にでも行かないか?」
「おお、旅館。いいっすね!」
親指を立てて賛成する青葉。だからなんでその話になったんだよ、と上月はもはや言葉には出さずに心の中で突っ込む。そもそもまだ6月3日だ。夏休みまではかなり長い。
「私も賛成です! 風馬はどう?」
まだ賛成していない上月に天滝が近寄っていき、上月の顔を覗き込むようにして尋ねる。上月はこの天滝の癖が苦手だ。小学生の時はあまり気にならなかったが、この目をじっと見つめてくる感じや、なによりも顔の近さが最近苦手に感じるようになってきた。上月は耐えきれずに目を逸らし、小さく「まぁ、いいんじゃねーの」と呟く。その答えに満足したのか天滝は顔を離し、黒板に向かってパタパタと走って行き、合宿は旅館!とチョークで落書きをする。そのタイミングで下校のチャイムが鳴ったため、その日は解散となった。
かなり時間が開きましたが、木山君から始まった物語の夏編です。登場人物を増やすと人間関係がややこしくなって難しいですが書いていてとても面白いですね(笑)
1日1話朝投稿を目処に連載していきますのでよろしくお願いします!