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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

故郷の村が滅んだらしいが本当は「戻ってこい」と言われたかったし「もう遅い」なんてこともきっとなかった。

作者: 抵抗する拳
掲載日:2021/02/27

 ナカン商会会長ナカン・ヨシゾウは部下から上がった報告書に目を通すと顔を上げ手を払った。この仕草は報告書に何も問題なかったときの合図だ。ナカンの机を挟んで直立していた部下は、それに安堵した表情を見せれると頭を下げ、踵を返して部屋を出ていった。


 窓を叩きつける雨音をバッグにナカンは深く座り直すと背もたれに重心を移し、中空を見据える。フッーと息を吐き出し机の上にあった魔導タバコをくゆらせた。近年の環境保護、健康志向によって開発された煙の出ない魔導式のタバコだがその分、値が張る高級品だ。ナカンはタバコが好きではなかったが仕事の付き合い上、嗜むことにしていた。何より今話題の魔導タバコを吸うのは一種のステータスでもある。


 今朝上がった報告書の情報欄に故郷の村が載っていた。

 『オークの群れ襲撃によりカヤキ村消滅』


 ナカン商会は全国各地に支店を持つ大商会だ。そのため情報収集とその拡散力においては目覚ましいものがあり、国の暗部とも関わりがある。大小様々な情報を集めるのは変化の著しい現代を生き抜くための鉄則――それをどう扱うかに手腕が問われるが――その吸い上げた情報を確認するのがナカンの日課だった。


――あの日もこんな土砂降りだったな。ナカンは遠い昔の記憶に思いを馳せる。


 ナカンは、カヤキ村の富農の第一子として生まれた。何の変哲もない片田舎だったが寒い気候でしか育たない作物が特産として売れ、我が家は他の村民の子たちに比べて豊かだった。ナカンの父親は都市の周辺部へ特産品を売りに行くのに、どうせなら息子の見聞を広めさせようとよくナカンを同行させた。

 そこはナカンの知らない世界だった。雪のない道、見たこともない巨大な建造物、そして何より人の数、行き交う人の群れに流されまいと必死に父親の手を握り締めたことを今でも覚えている。


 世界の広さを知ったナカンは体が大きくなるに連れ、こんな田舎の農家を継ぐのではなく自分も都市へ出て一山当てたいと思うようになった。時代は技術成長の真っ只中、このキョクトゥ国もユナイション大帝国の庇護下に入ってからは、その卓越した魔導技術と生産力の恩恵を被り、急速な技術発展による国土の改造が活発化した。至るところで街道が作られ魔導列車は元より、個人の魔導車までも普及し始めたのだ。

 人々は貧しい田舎から次々に都市部へ移り、その流れを加速させる。その波はカヤキ村にも波及しナカンが15の成人を迎える頃には都市へ進出する術を得ていた。

 しかし当然両親は反対する。ナカンはこの家の長男、下には2人いたがどちらも妹だ。


 父は怒った。「お前を中央へ連れて行ったのは、夢物語を語らせるためではない」と。

「そんなの、やってみないと分からないじゃないか」

「お前のような若者がこの国にどれだけいると思う? その内、何人が成功者になれる?」

「それは大勢いるだろうけど……、正直いって俺は人より賢いしきっと上手くやれると思う」

「ウチは恵まれている方だから勉学にも多少の融通は利く、普通の子供は本にも余り触れられないからな。お前はこの村を基準にして周囲を計っているが、それは大きな間違いだ」


 そんなことはないと反論したかったが、自分が他の子よりも裕福なことは自覚していたから押し黙った。

「いいか、お前がそういう風に思うのは苦労を知らないからだ。己が今ここにいるのは誰のお陰だ? 自分独りの力か?」

「親父は育ててやったから大人しく実家を継げって言いたいんだな」

「――そうじゃない。人は皆、誰かに支えられて生きている。今のお前が都市へ行ったところで何も成せはしないだろう。お前にとってはつまらない田舎かもしれないが、そこにも幸せはある。ただ見落としているだけだ」

「フンッ、分かったよ。親父が古臭い価値観に染まってるせいで俺の人生は真っ暗だ。もう出ていく」

「おい、待て!」


 そう啖呵を切ると纏めていた荷物を持って家を飛び出した。外はシンシンと雨が振り続けていて体温を奪う。真っ暗闇の中、まばゆい光を放ちながら音を立てて進む魔導列車はナカンの希望そのものだった。


 ところがそこから苦難の連続だった。都市での生活は大変で住み込みの仕事を見つけ朝から晩まで働き詰めても僅かなお金しか手元に残らない。ちょっと考えれば分かることだ。ここは田舎者の集結地点、何の知識も伝手もない人間が大量に溢れる買い手市場、そんな中で成功を収めるには余程の運か、才覚がなければ有り得ないのだ。差し詰め自分は売れ残り廃棄寸前で買い叩かれた作物かと苦笑する。嘗て、父と出向いた取引先で商品が傷んでると値切らされた記憶がナカンに蘇った。


 それでも今更、実家には帰れない。ナカンは何とかこの生活から抜け出そうと考える。手は一つ、肩書を得ること。魔導大学校を卒業しその資格を以って商会に雇ってもらうのだ。魔導大学校の入学に必要なのは魔導に対する知識と入学金、知識の方は都市の図書館で何とかなる。しかし入学金は如何ともし難い。ナカンは恥を忍び今の窮状を認めると実家の母へ手紙を送った。


 1ヶ月後、母からは手紙と生活費が送られてきた。手紙には母の弟が都市の学校で教師として働いていること、その弟にナカンの面倒を見てやって欲しいと頼んだことが住所と共に記されていた。ナカンは手紙を涙で濡らし故郷の母に感謝した。


 ナカンは叔父の元に身を寄せ働く合間を縫って必死に魔導について学び、造形を深めた。魔導大学校も学費が一番安いところを受験し見事受かったが、その学校生活はナカンにとって不愉快極まりないものとなる。学友の殆どは都市生まれのお坊ちゃんで何の苦労もなく、親の脛をかじって入学した凡夫共だった。授業終わりに飲み歩くのは当たり前、そのくせ階級闘争がどうだとか、今の社会は不平等だとか、世界はこうなってるなどとしたり顔で語っている。そしてナカンのような苦学生に対し、侮蔑の表情を浮かべるのだ。

 ナカンは心の中でいつかこいつらより偉くなって見返してやる。今に見てろよと吐き捨てた。


 卒業後、ナカンは大手の商会で魔道具の整備員として採用される。今までの単純労働と違った知的労働にナカンはあの地獄から抜け出したと歓喜した。5年を過ぎたところで海外支店を立ち上げるにあたり、今までの仕事ぶりが評価されたナカンも同行して欲しいと打診があった。勿論、二つ返事で引き受けた。それは国家主導の貿易産業が絡んだ巨大な計画事業で、ナカンは魔道具部門の責任者として計画に参加することを許される。その事業を無事、成功に収めた商会は躍進しナカンも出世街道を突き進むことになる。


 それでもある程度まで出世すると行き詰まった。一定のラインからは仕事能力ではなく、政治力がものをいうのだ。ナカンは力を得るために暗い関係に手を染めライバル候補を次々に追い落としていった。ときに政治家へ賄賂を送り、ときに裏ルートで秘匿情報や非合法な物を流し見返りを得る。人に言えないことなど両手で数え切れない程やった。部下の成果を奪い、上司を裏切り、派閥を渡り歩きナカンは着々と権力を増大させていった。


 幹部まで上り詰めたナカンは古巣の商会から独立し、自らが組織する情報部隊を編成することで更にその影響力を確保することに成功する。これまで築き上げた人脈をフルに活かして今や、知らぬ人はいない大商会までに育て上げたのだった。


 死にそうになりながら汗水たらして働いていた青年時代が嘘のように、今や多くの人間を顎で使うようになった。使えない人間は即座に切り捨て優秀な人間だけを集める手法で商会を大きくしたが、部下はナカンの顔色を伺うばかりで首を縦に振ることしか出来ない。ナカンが退いた商会のその後を考えると頭を抱えたくなる思いだ。


ナカンは思う。自分は何をしてきたのだろうか。地位、名誉、女、有り余るほどの金、ここまで突っ走ってきたが、ふと振り返るとそこには何もなかった。私には帰るべき場所がどこにもない。いや、自分でなくしてしまったのだ。あんなに嫌っていた田舎の故郷が今はひどく懐かしい。妹たちは大きくなっただろうか、子供も生まれたのだろうか。それもこれも全ては虚無だ。


 遥か昔、魔導大学校を卒業して直ぐの頃、親父から一通だけ手紙が届いた。恐らく叔父から連絡がいっていたのだろうと思う。どうやら腰を悪くしたらしいが、母と妹たちの4人で何とかやってるとナカンへの激励の言葉と共に書いてあった。


 ――あぁ、あのとき戻ってこいと書かれていたら今更遅えよと鼻で笑いながらも、私は故郷を忘れずに帰ることが出来たんだろうか。世間で言う成功を収めてからも故郷へ足を向けなかったのは、後ろ暗い人生に胸を張れなかったからだ。当時の自分は持たざる者の僻みで力を求めた。その感情はいつしか権力欲に変わり全てを手に入れたはずの今、私には何もない。そう何も成すことが出来なかった。


私はずっと帰りたかった。一匹狼を気取りつつも人との繋がりを求めていた。それでも独りでここまで到達したという驕りが枷となって縛り付ける。今なら親父の言っていた言葉の意味が分かる。私はこの国に生まれ、あの故郷に生まれ、あの家に生まれたからこそ、ここまで来れたのだ。

 都市へ行けたのも道を整備した誰かのお陰、魔導列車の線路を引いてくれた誰かのお陰、父、母、叔父、妹たち、そしてこの国に生きる多くの人々によって私は生かされていた。


 そんな当たり前に、今頃気づいても――もう遅い。


 ナカンは魔導タバコを口から外すと机の引き出しからある物を取り出した。闇ルートで仕入れている(ブツ)の一つだ。それを右手で握り締めながらナカンは思う。


 もう遅いかもしれないけど……育ててくれて有難う父さん、母さん。


 ――ナカンの手元には、消えた魔導タバコだけが残っていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  正しく消えゆく記憶は煙の如くに。  手にした物が何を意するものかに読み手も思いを馳せる……  蔑む嘘ばかりを流し捲くった壺派のファシズム以前は、煙草のイメージといえばこのような渋さ際立…
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