おはよう世界 第二話
とわが僕の手を握りしめる。
守らなきゃ、そう思った。二度とおはようの言えない妹の為にも、守れなかった家族のためにも。
ポケットに入れた小刀が酷く重く感じる。母に教わった殺し方。母は殺人者なんだと酷く実感する瞬間だった。
「目を突きなさい。」
頭の中で母の声が響いた瞬間、体は勝手に動いていた。
「グニュリ」弾力のある眼球の気持ち悪い感触、耳を塞ぎたくなるようなくぐもった悲鳴。
「次は脚の腱切って。」
そう思ったときには視界が反転していた。吐瀉物のすえた匂いが下水道内に充満する。
僕の意識は暗い闇の中に吸い込まれていった。
腹が痛い。体が鉛のように重く、目を開くことさえできなかった。
さっさと殺してしまおう。危険すぎる。
遠くで苛立った声とすすり泣きが聞こえる。
我に帰った僕はやっとの思いで目を開きとわを探す。
「お兄ちゃん。」
目を真っ赤に腫らしたとわが抱きついてくる。とわに触れようとして初めて、自分の腕が縛られていることに気がついた。
「おーお兄ちゃんのお目覚めか。」
男たちとは違う少年だった。
何話しかけてんのよー。手に包帯を持った女の子が立っていた。
わらわらと人が僕の周りに寄ってくる。
ここにいるやつはみんな、子供なのか、、?
「ほら消毒するからもう暴れないでね。」
女の子が手際よく包帯を巻いてくれた。よく見るととわの足にも包帯が巻かれていた。
「助かった。」
聞きたいことは色々あった、男のこと、なぜここにいるのか、どうすればいいのか。
口を開きかけた時、肩をポンと叩かれた。
「いやーいきなりやられるとは不覚不覚。強いな少年。」
そう言ってどう見ても僕と同じくらいの少年が豪快に笑う。その左目は包帯にまで血が滲んでいた。
「ごめん、な、さい。」
とんでもないことをしてしまった。真っ青になって目を離せない僕に少年はちょっと困った顔をしてからあっけからんと答えた。
「俺、大地って言うんだ。だいって呼べよ。あとさっきの事はもう気にすんな。」
「私は、日向。」
包帯をしまう手を止めて女の子が言う。
「僕は朝日、こっちは妹のとわ。さっきのことは本当にごめんなさい。」
僕の名前を聞いただいの顔は再び険しいものになった。
「そんな名前のやつはこの街にはいないはずだ。」
そう微かに呟いた声が聞こえた。