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濁流⑤

 閼宗高校戦は、先鋒に司と弘恵が抜かれ、雅代が引き分けるという展開から始まった。閼宗高の次鋒と清美との試合は清美の圧勝に終わったが、流れは中堅戦で変わった。

 閼宗高の中堅は、全く勝負に出なかった。コテを打つそぶりを見せてくっついたり、長々と鍔迫り合いをしたりと、あからさまな引き分け狙いだった。勇子の目からは、清美としてもかなりやりにくそうにしているのが分かった。途中で閼宗高の中堅に反則が与えられるも、巧妙に清美に勝負させないように試合をしていた。結局、清美は引き分けた。


(まだ私が引き分けたら負ける。勝つぞ!)


 勇子はそう心に誓い、観覧席の浩二をちらりと見てから、試合場に向かう。出てきた清美とは言葉を交わさなかった。その代わりに、お互いの体をすれ違い様に触れ合った。

 一礼して試合場に入る。閼宗高の副将と大将のことは、勇子は知っていた。副将は大伴。大将は徳川。前者は勇子の一個上の小学生全国三位。後者は勇子と同学年で、全中個人ベスト8。どちらも有名選手だ。しかし、知名度では勝負は決まらない。ここまで引っ張ってくれた仲間のためにも、勇子は負けるわけにはいかなかった。


「はじめ」


 審判の号令がかかり、お互いに蹲踞から立ち上がる。優子が先に仕掛ける。大きく入り、まっすぐな跳び込みメンを打つ。これは防がれるが、先をかけることができたという点で、こちらが最初の主導権を握ることができた。引き分けられない都合上、これは大きい。

 その後、鍔迫り合いになる。ここは要注意だった。九州剣道は引き技が上手い。一瞬でも気を抜いたら打たれる。勇子は慎重に大伴の竹刀を抑えながら離れ、構え直す。今度は大伴から詰めてきた。大伴が一歩詰めるたび、勇子は一歩下がる。三回それが続いたが、四回目で、勇子は一歩ではなく半歩下がり、一気に逆噴射をかけるように飛び出した。


「メーン!」


 大伴は何も出来なかった。勇子のメンは綺麗に大伴の脳天を捉える。そのまま勇子は大伴の脇をすり抜け、残心を取る。


「メンあり」


 主審が告げたのが聞こえてから、勇子は開始線に戻る。その間、大伴が監督の方に寄りながら開始線に戻るのを確認した。何か作戦を授けられたらしい。しかし、勇子は自分の剣道は曲げない。自分には清美のように多彩な剣道はできないのだ。


「二本目!」


 主審のコールと同時に、勇子は相手の竹刀を表から裏から触りながら大きく出る。そして、メンを打つ動きから、コテに出た。勇子は自分の竹刀が、上げられた大伴の小手に吸い付くような感じがした。そのまま、ボコッという音を立てて、コテが入った。


「コテあり」


 全国レベルの選手にストレートの二本勝ちができた。勇子はその事実に浮かれそうになったが、すぐに気を取り直した。まだ次がある。大将の徳川に勝てなければ、チームは負けてしまう。しかし、大将戦に持ち込めたことは気が軽くなる要因だった。副将の時点では引き分けたら負けだったが、もう時間を気にすることなく戦える。

 徳川が現れると、タイミングを合わせて再び試合場に入る。試合が始まると、そこからは無我夢中だった。徳川の剣道は勇子とほぼ同タイプだった。真っ直ぐな正統派の剣道でぐいぐい攻めてくる。同じタイプなだけに手の内が見えるが、それは相手も同じようだった。次第に互いの手数が少なくなってきた。徳川は勇子を焦らす作戦に出たようである。これは、どちらも迂闊に出られなくなった。勇子としても徳川を焦らしている。それは徳川にも伝わっているはずで、それはどちらも打たないという姿勢に表れていた。程なく試合時間が終了し、延長戦に入る。

 開始線に戻る間、ふと勇子の脳裏に作戦がよぎった。延長開始直後なら、徳川に隙が出来るのではと。無論、それを読み切っている可能性もある。しかし、勝負に出る価値はあると思った。


「延長、はじめ」


 主審の号令がかかる。それと同時に勇子は一歩前に出るが、徳川も出てきた。しかし、それで動揺はしない。勇子が考えていたことと同じことを徳川が考えていたとしても不思議ではない。こうなってしまえば出たとこ勝負だ、と勇子は意を決した。徳川の竹刀を軽く抑える。徳川が反発するのを感じるが、メンに跳んだ。しかし、同時に徳川もメンに来た。徳川のメンを捉えたという手応えと、メンを打たれたという感覚は全くの同時だった。お互い決めつけて残心をとる。メンあり、との主審の声が聞こえた。目にした旗は、勇子の赤にひとつ、徳川の白にふたつ。六ツ寺の朱雀旗は、ここで終わった。


        ***


 せっかく最終日まで残ったのだから、と決勝戦まで観戦することになった。選手は既に制服に着替えて、観覧席から試合を眺めている。清美だけは優秀選手賞を受賞するため、剣道着姿のままだ。

 勇子は欄干に腕を乗せて試合を見ている。浩二はその側に立った。


「悔しい?」


 尋ねてから勇子の顔を見たが、穏やかだった。以前の負けた様子からは想像もできない表情だ。その目の奥には、やはり炎が宿っているのを感じた。


「悔しいよ、そりゃ。でも、合気の相メンで負けたんだ。だったらしょうがないかなって」


「お前の口から負けてしょうがないなんて言葉が出るとはな」


「切り替えないとね。次は勝つし」


 勇子は歯を見せて笑った。東海大会の時から、すっかり成長できたようだ。

 浩二が感心していると、勇子がふと後ろを向いた。浩二も勇子と同じ方を向くと、そこにいたのは京だった。昨日とは違って、制服姿で、元気は感じられなかった。


「京ちゃん」


 勇子がその名を呼ぶと、ゆっくりと京は近づいて来た。京は勇子の隣まで来ると、回れ右をして背中から欄干にもたれかかった。


「見たよ、さっきの試合。お疲れ様」


「ありがとう。そっちの学校の方にいなくていいの?」


「ミーティング終わったからね。あとは帰るまでは自由時間さ」


 京は力無く笑った。それから、ボーッと突っ立っていた清美に目を向けた。清美も京に気が付いたが、相変わらず抜けた顔をしていた。京は一転して挑戦的な笑みを浮かべて、ビシッと清美を指差して宣言した。


「白河さん。上市学園一同からの伝言。次は負けんよ!」


「ああ、うん。また試合しようね」


 清美は脊髄反射で返したような、感情のこもっていない返事をした。京は唖然としていた。それからすぐ京は勇子と雑談を交わしていたが、先の清美の反応が引っかかっているようだった。浩二は勇子から離れて、清美に話しかけた。


「流石にもうちょっと乗ってやれよ」


「いや、いきなりだったし。それに、嘘はつきたくないからね」


 清美が早口気味に抗議の声を上げる。清美の心を理解している今では、浩二はその反応も仕方がないと思えるが、とはいえあまりに露骨な反応だった。


「勝負にこだわる人の考え方は一生理解できそうにない」


 清美はため息混じりに呟いた。その呟きを聞いた浩二も、清美にはそれを理解して欲しくないと思った。

 会場は未だ熱気に包まれている。清美の周りだけが、常温だった。

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