猫まんま村
あぁ、スローライフしたい
さっきまで台所に居た俺は全裸で森の中に居た。
何を言ってるか解らないと思うし、ギャグだろ?って思われても仕方ないと思う。うん…でもな…実際同じ目に合ってみてくれよ…
「ナニコレ…ナニコレ…」
怖かった、人は理解を越えた存在や現象を恐怖する生き物だ。うん…これは理解出来ない。俺は吹き抜ける風を体中で感じ、足の下にひんやりとした土を感じていた。
風呂上りで火照った体には心地よい…うん、そうだ。温泉とか無いかな?あったら落ち着くためにもうひと風呂浴びるとしよう。うん
スタスタスタ
先ほどの恐怖と混乱が嘘のように、俺は足取りも軽く森の中を進む。理解出来ない事は考えても仕方が無いし、大切な物を見失ってはいけない。
しばらく進むと農道のような場所に出た。とりあえず道なりに進んでみる…と…ここで俺は、はじめて異世界に来たのだと理解した。
目の前に第一異世界人、二足歩行の猫…所謂猫の獣人が居たのだ。
「っえ?」
「っえ?」
流石に獣人なんて実写で出会った事が無いので、雄か雌か、子供かおっさんかも判らなかったが…なんとなくおっさん染みた所作で猫獣人は切り株でキノコを齧っていた。
彼は…うん、すっごい驚いた…先の虚無っぽい顔してる。うん…解るよ。人も獣人も、驚きを越えた先…理解を越えた先は無なんだ…うん、良かった。僕らは種族は違うけど、今は同じ事を感じているね…フフ
「…あのー」
「お…おぉう!?」
勇気を出してこちらから声を掛けてみる。よかった、やっぱりおっさんみたいな声だ!気持ちだけでなく、同じおっさん同士なら…共通点は既に二つ。
これはフレンドリーに気さくにゆこう!
「この辺りに、温泉って無いですかね?」」
これが、後の大親友、異世界最初の友人…猫男との最初の出会いだった。
◆ ◇ ◆ ◇
それから3日
「もぉ~お兄ちゃんったら、ちゃんと働いてよね!」
「うぅ…わかったよぉ…、今度街に行ってみるよ。」
猫男の妹、猫子はこんな駄目だおっさん猫とは似ても似つかない…普通に猫耳美少女だった。腰まで伸ばしたうねる黄色い髪が特徴の猫耳猫口の美少女…異世界に来てよかった。
「お兄ちゃん!山開きは1月も先でしょ?それまでは何をしてるつもりなのよ!」
「いや…ほらね、正男が困ってるみたいだから色々世話したり教えてあげようかなってさ」
あの山中で、最初に出会ったのが猫男でよかった。
彼は温泉の場所を聞いた俺を不審に思わず、まさかの本当に猫族の秘湯に連れて行ってくれたのだ…。警戒心無さすぎてこっちが心配になるほどだったが…うん
裸で共に温泉に入り、行き場所が無いなら猫男宅に泊めてもらえる算段までトントン拍子、さてそろそろ行こうかと言った矢先に。猫男の一張羅は手癖の悪い河童に盗まれていた。
「ハハハハハハ!猫男も服取られてるじゃん!」
「うわー…まぁ、しゃーないかぁ」
俺は嘘を吐き、温泉巡りの最中に服を取られたと言っていたのだが、奇しくも猫男の不幸で信じて貰えた。
俺達は同じ驚きに出会い、同じおっさんで、同じ全裸で山を降りた。
…あの事件は不幸中の幸いだったな、あれで俺達は親友と言えるほどの仲になれた。
「猫男、俺も一月まるまるタダ飯ぐらいじゃ気が引けるよ…何か無いのか?猫子ちゃん…村でおれが出来そうな事って無い?」
「うーん、いいですよ…うー…人族の方を使うと、その…後で何か言われると村が危なくなっちゃうんで」
「あー、ごめん…そっかぁ」
異世界あるあるだ、人と亜人の軋轢、なんや難しい関係性…山で出会った全裸のおっさんを世話してくれてるのは、猫男の適当さだけが要因ではないらしい…、猫子ちゃんは駄目な兄と違ってしっかりしているように見える…ハァ
「猫おっさんと河童と来たから…うん、残念な世界に転生したと思ったけど…美少女が居てよかった」
彼女との会話は、この不安な生活中でのオアシスだ。
「しゃーないな、正男…魚釣りにいこうぜ?これなら遊びみたいなもんだから大丈夫だろ?」
「ぐぬぅ…お兄ちゃんの癖に、絶妙な妥協点!」
こうして、俺は亜人種、猫族の村 まんま村での生活をはじめた。
一月したら人里への道が開かれるそうで…うん、短い間かもだが…この兄妹との時を大切にしたいと思っている。