第80話 レストランにて
俺達は他の冒険者達に混じってレストランの席に腰掛けると、しばし放心状態で椅子に座っていた。
「きゃー♪ これで当分は冷蔵庫の保冷には困らないわね!」
「本当良かったわー」
「見てよ、この雪の精なんてすごく生きがいいわよぉ~」
厨房の方からは、嬉しそうに弾んだ声が聞こえてくる・・・
「尊まんまとやられたねー」
「ああ、恐るべし女性陣だな」
千年と聖加の姿をした要の二人が、俺に追い打ちをかけてくる。
「まぁ、人様の役には立てたし・・・皆無事だったし、新しい石も拾って魔法も手に入ったじゃないか」
俺はバツが悪いのを隠すようにメニューを手に取ると、本日の宴の食事を物色した。
しかし、はたとメニューをめくる手を止めて
「千年は風邪の具合が悪いようだから、どうする?温かいメニューにするか?スープとか?」
と、聞いてみた。
「そうね・・・確かに風邪引いたっぽいけど・・・村に降りてきたら普通に暑いからねぇ・・・なんでもいいよ」
「夏風邪か・・・面倒だな」
「そうね要、誰かさんのせいで面倒な事になっちゃったわ」
「そういつまでも言うなって」
俺はメニューを千年へと向けながら、せっせと水の入ったコップを千年の手に届くところに渡したりと精一杯の誠意を見せてみた。
千年はメニューを受け取ると、クシャミをしつつも楽しそうに食事を物色し始めた。
やれやれ。
すると、俺達の目の前にまだ何も頼んでいないにも関わらず、コトリとコップが3つ置かれた。ふと見上げると給仕のお姉さんが、お盆で顔を半分隠すようにして俺達の横に立っている。
置かれたコップからは暖かそうな湯気と、さわやかなレモンの香りがただよっている。
「あの~これ良かったらお店からのサービスです。今回は本当にありがとうございました」
「ハチミツとレモングラスのお茶です。その・・・千年さんのお風邪にもいいかと・・・」
そう言うと、お給仕のお姉さんはちょっと頬を赤らめ、千年をチラリと見てペコリとお辞儀をすると小走りで厨房へと戻って行った。
俺と要はその様子を見て、千年を見た。
不意をくらったのか千年も真っ赤になっている。
「良かったな、千年」
要が微笑みながら千年の肩をポンと叩いた。
えー・・・俺も頑張ったんですけどー・・・えー・・・
俺達は、レストランで食事を終えると大人しく帰路についた。雪山と村との寒暖差で体がベトベトして気持ちが悪い。あー早く帰って風呂入りてー
まぁその前に・・・
「なぁ、千年は俺ん家ちょっと寄って行かない?その風邪じーちゃんから診てもらった方がよくないか」
「んーそうだねー・・・でも、もう遅いから明日にでも診察受けるよ。それにこの世界の薬は・・・なんかちょっとねー」
「ま、そだな。明日にはきっと元の世界に戻っているだろうから、明日診察受けに来るといい」
鳥のような被り物をして、やたら元気なじーちゃんの姿を思い出しつつ俺は千年にそう言うと、千年はウンウンと頷き、クシュンとクシャミをして照れたような笑顔を見せた。
あ、そう言えば・・・俺は後ろから歩いてきている聖加の姿をした要の方を振り返ると、要はいつも着ているローブを風邪を引いた千年に貸しているため、真っ赤なミニのチャイナ姿でぎこちない足取りで歩いている。
「要は大丈夫か?その・・・お前も薄着だったから」
「ああ、心配は無用だ。俺は普段から寺で鍛えているからな。でも何かあった時には遠慮なく寄らせてもらおう」
と、要も笑顔で答えた。
そして要と俺達は帰る方向が反対のため、要とはギルド近くで別れを告げて別々に帰った。
はぁ、今回は偶然とは言え巨大白猿から青い石もゲットできたし・・・明日にはリアルの世界に戻れるだろう。にしても・・・この異世界は面白いけど疲れるぜ。
「今戻ったぞ」
要は襖をすらりと開け、だいぶ日も落ちて薄暗くなった室内に入ると、返ってくる返事も無いのを承知で声を掛けた。
そこには本物の聖加が夏用の涼やかな布団をかけられ、スヤスヤと良く眠っている。
「今日もしっかり働いてきたぞ・・・」
要は布団をかけなおしながら聖加に優しく声を掛けた。
「う・・・ううん・・・」
聖加は眠ったまま少し苦しそうに顔をしかめた。そしてそのまま顔を横に向けたので整っていた前髪がハラリと乱れる。
要は少し心配そうにして、聖加の乱れた前髪を整えようと額に手をやったが、要の手は何かを感じ取り聖加の額の上でハタと止まった。
少し不気味なくらい赤い夕暮れが部屋の奥まで入り込み、二人の聖加の姿を暗い影絵のように照らしている。
そして・・・外ではヒグラシの鳴き声が木々に染み込むかのように、より一層響いていた。