第64話 天の川伝説
織姫と彦星、天の川を挟んだ恋人同士のお話し。
実際の織姫星は琴座のベガ、彦星はわし座のアルタイルと言って、その距離約15光年。
光の速さで進んでも15年かかる距離に、実は二つの星はある。
15光年・・・とても年に一度会えるような距離ではない。
いや、今はそんなことを思い出している場合ではないのだ。
ニコルちゃんの突然の告白。
行き違いはあるとは言え、こんな場所でちいさな子供がはっきりと大人達の前で言ったんだ。こちらも男。どうしようどうしようではすまされない。
だからと言って、はいそうですかと言う訳にもいかない。
・・・ふと、頭の中に聖加が浮かんだ。
なにごとにも誠実なあいつなら、この場をどうするのだろう・・・と。
聖加なら、まず相手を傷つけるような事は絶対にしないだろう。そのうえできちんと対処する。・・・この場合どうすればいいのか・・・
俺はニコルちゃんの目線にしゃがんで、ニコルちゃんの瞳に映った天の川を見ながらぼんやりと考えた。
「ニコルちゃん、あの迷子になった日はどうしていたの?」と、ふと今更ながら聞いてみた。
ニコルちゃんは記憶をたどるように、とつとつと
「あの日は、石を集めに川辺に行ってたの。そして大きな楠木の根元で眠たくなちゃって・・・つい寝ちゃったら夜になってて・・・怖かった」
俺は黙ってウンウンと頷きながら聞いていた。
「そうしてたら、私を呼ぶ声が聞こえたんだけど、なんだかお返事する元気もなくて、ただ悲しくて寂しくて泣いていたら・・・尊お兄ちゃんが来てくれて・・・」
「嬉しかったの」
それっきりニコルちゃんは黙ってしまった。
そうか・・・よっぽど怖かったんだな、5歳の頃のことをこんなに覚えているなんて。
しかし、俺も小学生と言え安心させようとして軽はずみなことを言ったもんだ。・・・悪かったな。
俺は黙ってニコルちゃんの頭をポンポンと撫でた。
「一人で夜に迷子になったのが怖かったんだね」「もう夜は嫌いかい?」
するとニコルちゃんは
「ううん・・・あれから石も好きだけど、星も好きになったよ。お兄ちゃんのおかげだよ」
「そうか・・・好きな事が増えて本当に良かった」
俺はそういうとニコルちゃんを守る決心をし、手を引いてパーティー会場へと戻った。
俺達の姿が会場に再び見えた瞬間、ザワついていた会場が一瞬シンと静まり返り。俺は・・・
「皆さんにお話しがあります」と大きな声で言った。
すると、横からニコルちゃんが俺の前にスッと現れて
「皆さんごめんなさいでした」と深々と頭を下げたではないか。
「急に結婚のお話しが出て、・・・私ビックリしちゃって・・・つい、尊お兄ちゃんのお嫁さんになるお話を作ってしまいました。本当にごめんなさい。」
「でも・・・まだ婚約なんて考えられたません。だから今回のお話しは無かったことにさせて頂けませんか?」
と、小学生とは思えないしっかりした言葉で大人達に言ったのである。
その真摯な言葉を受けて、議長も反省したのか。真面目な表情で
「ニコルさん、今回は誠に申し訳ありませんでした。あなたのご意見も伺わずこのような場所で突然婚約の申し込みなどいたしまして。・・・私から言い出しておいて都合のいい話ですが・・・今回の縁談のお話は無かったことにさせて頂きませんか」
そう言うと議長はニコルちゃんと、ニコルちゃんのお父さんに向けて深々とお辞儀をした。
「しかしながら、ますますあなたのことが気に入ってしまいましたよ!」と大きな声でワッハッハッハッと笑い出した。
つられて、誰ともなく会場から拍手が沸き起こった。
とりあえずニコルちゃんの婚約騒動は幕が下りたようだった。
良かった。
宴はその後も何事も無かったかのように続いたが、さすがに疲れてしまった俺達は先に帰ることにした。
ニコルちゃんもお父さんの背中でぐっすりである。おやすみニコルちゃん。
さて、朝である!
今日の朝は・・・おめでとう!リアルの世界での朝である!
昨日は色んな事があったせいか。リアルの世界がとても嬉しい。ま、今日は登校日でもあるし久しぶりに直にクラスメートと話もできる。
学校までは千年のお母さんが車で乗せて行ってくれるので、ちょっと早めに支度をしなければならない。俺はバタバタと制服に着替え一階へと降りて行った。
千年のお母さんにピックアップしてもらい、車の中で千年とテストの話などしていると。リュックではなくランドセルをしょったニコルちゃんと途中出会った。
気になった俺達は、おばさんに車を止めてもらい。ニコルちゃんに「体は大丈夫?」とリアルの世界の日射病の話とも、昨日のダンジョン探索ともとれるようなとれないような声を掛けた。
するとニコルちゃんは。
「この間は、石拾いの時に助けてくれてありがとうございました。」と深々とをお辞儀をした。
千年が「昨日の疲れは大丈夫?」とつい聞いてみると
「昨日?ですか?」と、異世界の事については覚えていないようだった。
覚えてないならそれでいい、俺達はニコルちゃんに気を付けて学校の行くよう告げて、また車を出してもらった。
ニコルちゃんは、俺達の車を少しの間手を振って見送っていた。
そして
「あ、そういえば昨日は天の川が綺麗だったなー、夏の大三角形も本当にきれいで・・・ね、彦星のお兄ちゃん」
と恥ずかしそうにつぶやいた。