第35話 聖加の試練
「い、いないってなんだよ?」
「ここには、いない。裏の滝で滝行をしている」
あれ?滝行は要がするものじゃないのか?
だが、俺と千年は聖加が目覚めていることに、ホッとして顔を見合わせた。
要は最初睨んだだけで、後は俺たちとは目も合わせず箒で境内をザッザッとその場の空気までも清めるかの如く、はき続けている。
俺は要の後ろから
「滝行、見せてもらってもいいか?」
と思い切って聞いてみた。千年もビックリしている。
それもそのはず、ここの滝行は本来、寺以外の者が見るものではないということが、村の中では暗黙の了解だからである。
滝行・・・
夏でも山の水は冷たく、ものの15分も足先をつけているだけで、唇まで紫になるほど冷たい。
そして、その場所は神聖な場所であり子供のころ訳のわからない幼児期に、寺の行事を抜け出して、お滝場で沢ガニを取って遊んでいたら、当時の住職に見つかってがっつり怒られたと祖父母から聞いたことがある。
それ以来お滝場には近づいてはいない。まぁ、子供には危険ということもあるとは思うが。
要は俺の言葉を無視して、相変わらず背を向けたまま掃除を続けている。
俺はもう一度、今度は要の箒をつかみ要の顔をまっすぐ見据え
「聖加の滝行を見せてもらっていいか?」
と、少し強い口調で尋ねた。
要は俺たちを一瞥すると、箒を立て掛け「ついてこい」とぶっきらぼうに答えた。
お滝場まではそう遠くはなく、本堂の裏手に回るとすぐにヒンヤリとした川の冷気とせせらぎが聞こえてくる。少しだけ山道を登り大きな岩をぐるりと回るとそこがお滝場だ。
入口に不動明王の石像が立ててあり、太めの線香が立ててある。
この線香がある間はお滝場使用中の合図である。
10年以上ぶりに見たお滝場には、白装束を着た聖加が一人滝に打たれていた。
大きな滝ではないにしてもしぶきは派手に舞い上がり、近づくのですら躊躇するような光景のなか、腰まで水にしゃがんで浸かり、刺すように冷たい滝の水を受ける少女の姿は、人非ざるものにも見えた。
俺は何も知らなかった・・・聖加がこんな事をずっとしていたなんて
まだ高校一年生の女子が、こんな辛い目にあっていたなんて・・・
千年?俺の横にいたはずの千年がツイと一歩前へ歩みだした。その表情はいつものどこかふざけたいつもの千年の表情とは違い、キリッとした巫女の表情になっていた。
使える神仏は違えど、同じお仕えする身として見ているのだろう。俺には分からないその複雑な千年の表情が、どこか鬼気迫るような表情が・・・いつもの千年とは違った千年の別の一面を見せていた。
そういえば、こないだの授業で「「日本国土の約四分の三は山であり。秀麗な山脈、荒々しい山肌、雄大な連なりは畏怖すべき大自然であり、古来神仏の居場所として、その山の中に寺社仏閣が建立され山岳信仰の中核となった。」」とあったが。
俺が今目にしている光景はその一角なのであろうか・・・
そんな事をぼんやりと思っていたら、聖加の背がぐらりと傾き、そのまま後ろへと水面をたたきつけた!
「「聖加!!」」俺と千年が声をそろえて叫び駆け寄ろうとするのを要が遮った。