訪れない朝 【後編】
「まあ、座れや」
目の前にはまるで校長室や社長室のような茶色と金色で彩られた机やら椅子やらが綺麗に並べられていた。
「し、失礼します」
俺は伊予さんが座るであろう椅子からみて、右側の手前の椅子に座った。
「凄い表彰状の数ですね。前より増えてませんか?」
「ん?あぁ、この前ニッポン全国基本型魔術とか応用体術の大会があったから」
「なるほど」
この部屋に来たことは何回もある。
説教だの伝授式だのがあるたびにここに来ている。ちなみに伝授式とは、「空手や合気道とかの帯が上がる時に表彰される」みたいなやつだ。
「で?今回の要件はなんでしょうか?」
「………………君の父親が亡くなったことは知っているかい?」
「…………」
「知っている、か」
当たり前と言えば当たり前だ。
伊予さんは俺が少し顔を歪めたから知っている、と判断したのだろう。
「まだ君の情緒は安定している方だろう。しかし、彩花ちゃんやお母様とかは大丈夫かね?」
俺の心をまるで読んでいるかのようにズバズバと質問する。
「大丈夫、ではありません。
彩花は今部屋に引きこもっていますし、母も内心辛いと思います。僕だって辛いですよ」
辛い。当たり前だ。
どれだけ鋼のメンタルを持ち合わせていても、身内の不幸となれば、その鋼はぬかと化す。人間とはそういうものだろう。
「……悪かった。変な質問をして――――」
「ただ――――」
被ってしまった。
「ただ、自分の父親がいなくても俺、和田伊緒屋はここにいます」
勢いで敬礼した。
俺は。
俺は、小学六年生の時に祖母を亡くした。『お婆ちゃんっ子』だったので、その時はわんわん泣いた。けど身内の人に「大丈夫?」「辛いわよね……」と心配の言葉を掛けられた時、俺はその時だけ、ぐっと涙を堪えて——。
「お婆ちゃんがいなくても俺、和田伊緒屋はここにいます」
その時に自分を励ましながら、心に響かせていた。だから俺は祖母にさよならできた。
だから、今も——。
「…………そうか」
その後、伊予さんは『ニッ』と笑って、俺に近づき、こう言い放った。
「入学式楽しみにしとけよ」
俺は『?』という顔をした後に「はぁ」という一言だけ残し、「じゃ、また!」と言って、さらに奥の部屋に行ってしまった。
ぼんやりと表彰状を見る。数え切れない表彰状。
彼はどれだけの困難を乗り越えたかなんて俺は知らない。けれど、少なくとも俺よりも何百倍何千倍と苦労しているということは知っている。
くるり、と身体を回転させる。
今度は俺らが小さかった時の写真だ。健気な彼らに見惚れる反面、もうこの道場での日常は戻ってこないというどこか物寂しい感じが脳内でグルグルと混ざる。
すると「いくぞ」「おーい」といったような声が聞こえた。天空兄弟だ。稽古の部屋に戻るとそこには私服姿の二人が並んでいた。
「遅いよ!伊尾ちん!おいて行くよ!」
「……へいへい」
気だるけな返事をする。
靴を履き、顔を上げると、彼らが身についている透明のネックレスが玄関から差し込む太陽の光りに照らされ、キラキラと輝いていた。