雷鳴堂元門下生、全員集合!【後編】
「コレ、第二次真珠湾攻撃じゃないですか」
一九七〇年、新旧ニッポン軍という前代未聞の軍、前代未聞の攻撃を仕掛けた。あまりの現実味の無さから、【ユートピア】と世界から名付けられ、新聞やテレビで報道された。
またこれは小学校の教科書にも載るくらいの重要な事項だ。
「そう、この時付けられた作戦名が【七〇三三作戦】なんだ。不思議だよね、後付けされた名前は皆知ってるのに、軍人が付けた立派で明瞭かつ勇ましい名前は皆知らないなんて」
百合原さんは苦笑いした後、少し暗い顔をする。
言おうとしていることは分からない訳でもない。
軍人が付けた名前を捻じ曲げるような感じがしたからだろう。
俺は中学時代、歴史に関しては得意な分野だったが、この作戦名はカスリも聞いたことがなかった。それくらい知名度が無い。
「……まぁ、それはそれとして。来たみたいだよ!」
いつの間にか、青髪の男と金髪の女が目の前に座っていた。
「スゴい熱中して読んでたな。いお」
「……ハッ」
二年S組。
長谷部幽矢。
頭を稲妻の如く轟かせ、横にギザギザのラインをいれている。小さい時から道場にいた先輩であり、ライバル。俺は『いお』と呼ばれ、『ゆうや』と呼んでいる。
三年H組。
大空雪由音。
ダラシない金髪を揺らし、ダラシなく椅子に座っているのが彼女。氷属性の両親から産まれたのに雷属性を摘出してしまった非常に稀な存在である。
一見ヤンキーに見え、近付き難く思うかもしれないが、実は仲間想いで素直な面もある。
「で、百合原。なんでこんな所に呼んだんだ」
「……え、ゆうや。知らされてないの?」
気安く呼び捨てできる先輩はゆうやだけだ。
百合原さんも呼び捨てしていいのだが、自分なりのプライドが許されない……いや、そうでもないのだが、いやここを追及すると少し難しい問題になる。
「ああ。まぁな」
そう放言を放ち、俺たち三人の顔は百合原さんの方へ向ける。
「よくぞ聞いてくれた!今回呼んだ理由はーーーー」
「ちょっと智枝うるさい」
百合原さんの声を遮るようにしてとある少しだけ張った男の声が聞こえた。
「ああ、つかちゃん!ごめんごめん」
「だからそれがうるさいんだよ」
彼の正体は図書館の前で少しだけ話した茶髪イケメンだった。
二年R組
境谷司。
昨年の首席で、ファンクラブができるほどのイケメンだ。
「わりーな、司。すぐ出て行くわ」
ゆうやはズルズルと百合原さんの襟の後ろを引っ張りながら、図書室を出て行く。
ーーーー七階、食堂。
この時間はフリースペースとして席が開放され、店ではおやつが販売されている。もちろん無料だ。
やはり上級生が賑わいを作っており、パッと見では新入生はいない。
俺は三人と去年のエオズ入学式以来で雷鳴堂で起こったこと。入学早々友達が出来たこと。食堂の飯が不味かったことを話した。
「なら良かった!『エオズ生活問題なし』だね!」
しかし前振りを振りすぎたせいか、大空先輩は大きなあくびを見せて本題に入れ、といった強い眼差しが三人の神経に突き刺さる。
「…………で。本題なんだけど、あたしが呼び出した理由は【EOZグランプリ】でチームを組んで欲しいからです!」
EOZグランプリ。
毎年六月に開催される秀才の一番を決める大会だ。
ルールは毎年変更されるので詳しいことは言えないが、チーム戦で一年、二年、三年が必ず一人以上入らなくてはならない。
その中で一番高いポイントを集めたグループが勝ちだ。
「いやだ」
「あれれぇ、幽矢?去年何位だっけ」
「………………べべ」
ゆうやは元H組で、チーム勧誘は多かったが、乗り気にならず、結局前日に二年三年それぞれ一人ずつの余り物のチームに入り、見事に最下位に入賞した。
「百合原さんはどうだったんですか?」
嫌味を言われたゆうやは「ちっ……」と百合原さんを睨みつけ、威嚇していた。
「私は九七組中四三位だった!ギリギリ半分だけど、それでも報酬は貰えるから」
『報酬』というのは、上位一組が四単位。三組が三単位。五組が二単位。そしてそこから半分(四八位)までが一単位。そして下位十組が五単位マイナス。
上位を目指すより『下位にならない』ことが大切だ。
「大空先輩は?」
「私は一年の時が九十二組中九十位。二年の時が九七組中八位だった」
ピリピリしてながらもすんなりと答えてくれた。
「凄いよね!結構話題になってたんだよ!」
大空先輩もゆうやと同じく、降格クラス生徒。
一年の時、R組で入学するも二年生でH組へ移った。
「すごいですね!八位って!」
つまり上位十%だ。やはり実力はある。
降格による悔しさがバネになったのか、分からないがそれでも誇るべきものだ。
「……そんなに褒められると照れる」
伸びた前髪をクルクルと巻きながら、ボソッと呟く。やだこれカワイイ。
「はい、というわけで幽矢以外全員賛成で多数決決まり!」
「ちょちょ、この二人まだなんも言ってねーぞ!?」
暗黙の了解ともいかず、ゆうやが突っ込む。
「俺は別にどっちでも」
「ワタシもだ」
『どっちでも』という意見を双方に〇.五点、それ以外を一点で表すと二対二の引き分けだ。
結局じゃんけんで百合原さんが勝った。
全員入団ということに決まり、百合原さんは満足そうににかっ、と笑い、ゆうやは不満そうに口を紡いだ。
「……智枝。これだったら、電話でも報告できるだろ。これだけなのか?」
大空先輩が低い声で尋ねる。
「うん。まあ、全員集合も悪くないかなって」
「まったく……これくらいのことで呼ぶな。私だって暇じゃないんだ」
ため息をつきながら、やれやれと呟く。
「でも雪由音先輩、基本暇じゃーー」
「黙れべべヤ」
鋭い視線をゆうやに向ける。
時は夕暮れよりも少し前。
一段落つき、俺たちは寮に戻ることになった。
ゆうやと大空先輩は少し用事があると言い、一号館の玄関で別れた。
寮まで百合原さんと一緒に帰ることになった。
「あの戦記どうだった?」
「んー、まだ序章しか読んでないし、あそこまでの内容なら教科書だけでもいいような……」
思ったことをそのまま口に出す。
「確かに序章文読んだだけじゃ、分からないよね。暇があれば続きを読んでみると良いよ!オススメは第六章の【散り際】。やっぱり戦記だから、細かく濃密に書かれてあって、特にその章は鮮血が沸るような、勇敢な軍人の姿……あ、六章だから中攻隊の空軍か!」
戦記、いや【何か】を楽しそうに語る彼女の姿、俺は初めて見た。それだけ熱中できるものができたならば、それがどんなモノでも受け入れるべきだ。
「……それでね、伊尾也くん。ここでクエスチョン!」
ジャジャン、とセルフ効果音を付けて、俺に指を指す。
そして、少し落ち着いた声でこう問いかける。
「戦記に載るって、名誉なことだと思う?」
俺は少し黙った。
舌を噛み、目を閉じる。
「……名誉なことだと思います。書物に載れば、それが不名誉なことでも名誉だと勘違いしてくれるから、結果的に名誉な人でも不名誉な人でも、みんな名誉になると思います」
「………」
ワザと俺らしくないアンサーを出す。
予想外の答えが返ってきたからなのか、百合原さんは黙ってしまった。
「……伊尾屋くん。変なモノ食べた?」
俺は渋い顔で、百合原さんを見つめる。
それとは正反対に百合原さんはくりくりとした目で俺の顔を伺う。
「…………ハハ、冗談ですよ。名誉かどうかなんて、それぞれの行いがどうかによって決まります」
解が無いモノに百合原さんは答えを求めたことに少しだけ違和感を抱いた。
後者が一般論だが、俺は前者の答えの方が正解に近いと思った。ま、人の感性次第なのかもしれないが。
「……わたしはね。名誉なことではないと思うの」
それこそ俺は驚いた。
一人の戦記好きならその答えはあり得ないとだけ、俺は感じていた。
「わたしは戦争が嫌い。人が死ぬところなんて見たくない」
戦争反対派。
現代ニッポンでは少なそうに見えて意外と多い。
むしろ肯定派なんて一%前後で、それこそ少ない。
今の時代において戦争は太平洋戦争後の【会社】のようなものだ。
「特に戦記に載るような人物は皆人殺し。オカシイよね。罪もない人間を殺して、『名誉』という言葉に相応しくない人が名誉なんて取っちゃって」
その言葉に俺は同意する。
確かにそう言ってしまえばそうだ。
人殺しをしない人が戦記に載るワケがない。
人殺しは肯定されるべき意見じゃないし、一般的な視点から見ても、もちろん否定されるものだ。
「ま、そもそも戦記に載る人が『名誉』なんて限りませんから。そこら辺、意識し過ぎると混乱しますよ」
「……そうだね」
彼女の疑問、そして彼女の答えから今度は俺が疑問を抱いた。
「百合原さん。戦記好きなんですよね。戦記に載る人か嫌いなのになんで戦記が好きなんですか?」
当然、この疑問が生まれる。
「……=と≠の違い、かな」
「ああ、『戦記に載った人の勇敢な姿と戦記に載った人の名誉』は等しくない、ということですか?」
百合原さんのイコール、ノットイコール、というヒントで大体の予想をつける。
「ま、そんな感じ。その二つは似ているようで似てないもの、なんだ」
この二つは究極に似ているかもしれないが、似ていない。
勇敢さと名誉はノットイコール。
それが彼女なりの持論だ。
特に俺はそれに突っ込むことなく、聞き流していた。
「…………今日はありがとね。来てくれて」
「いえ、とんでもないです。百合原さん」
「だから!智枝でいいって!」
明るい笑顔を取り戻し、いつものように笑う。
「あ、電話情報交換しようよ!」
「電話……情報……?」
百合原さんは俺の制服の大きいポケットに手を突っ込んでタブレットを取り出す。
百合原さんもマイタブレットを取り出し、器用なパパッと設定を終わらせる。
「はい!これでいつでも連絡できるから!あ、幽矢くんと大空先輩のも!」
「早いですね……」
タブレットを受け取り、ポケットにしまう。
「じゃ、わたし11号館だから!またね!」
「じゃあ、また!」
そう言いながら彼女は、小走りに駆け出し、11号館へつづく通路へ進む。
しかし、今日は難儀な質問を投げかけられた。
戦記なんて戦争が嫌いでも読めるし、むしろ戦記が好きと言う人の方が多い。
これはごくごく単純なことで当たり前のことである。
そこに関しては百合原さんは正しい。
じゃあ俺が一番初めに出した解は間違っていたのだろうか。
少なくとも、百合原さんは否定をした。
不名誉なことでも名誉に見える。
これは【百合原さんの解】に通ずるものではないか。
だってオカシイではないか。
ニッポン文明党?なんだそれ?ただのヤバい連中じゃないか?
そんな彼らが今日まで政治の実権を握り、ニッポンという国を動かしている。
しかし書物では英雄と取り上げられて、『名誉』という仮面を被せ、【こんなにニッポンを動かした】とアピールするのである。
世間はこれを名誉という言葉に釣られて、悪い行いを良い行いだと思い込み、書物は彼らを洗脳している。
百合原さんが言った『名誉と勇敢さ』。
これはまさにそれの典型的な例である。
『名誉』という言葉で『勇敢』といつの間にか洗脳されている。これこそが百合原智枝なのだ。
「……まったく、頭が痛くなる議論だな」
つまりは【錯覚】。
見えているようで見えていない。
ふと見方を変えれば、すぐ分かってしまうような問題。
こんな複雑で単純なことに気づけない百合原さん、いや俺も含めてほとんどのニッポン国民は。
本当の意味で、【オオバカモノ】だ。




