第二話 一族の掟と静かの海
誕生会も終盤を迎えた頃、一族の庭のブルーベリーを摘んでいたアデルは母から明かされた事実に驚愕していた。
いや、思考が停止している。アデルの目の前を青い小さな光が心配そうに飛び回っている。
「アデルなら大丈夫!私でも上手くいったのだから!」
ブルーベリーを一粒持ち、口を開いたまま固まったアデルを見て母が励ましているが母の言葉を脳内に留められない。
アデルの父はというと無言である。普段は無口な人なのだ。
アデルはメテオール家の掟は5つのみ知らされていたので、5つのみだと思っていた。が、実際は15個もあったのだ!
頬をつつく感触に僅かに我に帰りそっと一族の掟が書かれた文字が金色に光っている洋紙に目をやるアデル。
【メテオール家の掟その6】
掟その1から5以外の掟は成人前に明かしてはならない。
【メテオール家の掟その7】
一族の庭を永遠に守り
【オール家の掟その8】
成人したら自分で
【ル家の掟その9】
【定その10】
【の11】
【12】
】
「え」
アデルはこういう育ちだか現実主義者の面もある。現代社会に溶け込んで生き、現代社会から植え付けられたその現実主義的な思考が脳内で話しかけてくる。
「現代の世の中では掟を全てまっとうすることは不可能だ。」と。
だが掟は言う。
【メテオール家の掟その5】
それぞれの掟には破った時に発動される罰則が用意してある。それぞれの掟に沿った罰則である。
ムッとした表情で現実的思考は掟に反論する。
「もしもここに書かれた掟を全て守り、掟のとおりに上手くいけば、さぞや素晴しい人生になるだろう。だがあまりに非現実的すぎる。特に掟その10と12は不可能だ。10に関しては私の先祖や両親は奇跡のようなものだろう。私には不可能だ。穢れ指数150でも珍しい世の中で、穢れ指数0?この物質世界のどこにこんな完璧な聖人がいる?いったい何年探し続ければいいのか。1000年探しても見つからないかもしれないぞ。こんな存在、いるはずがない。私の両親や先祖は嘘を付いているに違いない。存在し得ない者を待つくらいなら私は妥協できる。
。。。いや、しかし罰則でこの世を去った先祖がいるのを知っている。なら私は行動せず独身を貫くだろう。」
それに反応しメテオール家の一人娘としてアデルに刻まれた魔女的思考が反論する。
「何をバカなことを言っている。実例はわたしの両親や先祖だ。わたしはメテオール家の子孫。紋章も出た。わたしにとってこの掟は生きる道標であり、絶対だ。わたしはメテオール家の道を行く。何年かかってもかまわない。幸いわたしはずっとこの姿で生きることができる。たくさんの存在がわたしの味方。わたしはお父さんやお母さんみたく幸せになる!!」
「私は忠告したぞ。」
魔女的思考の強い想いに現実的思考が隅に引っ込んでいった。
「そうだ!わたしならできる!みんながついてる!」
アデルの意識が今に戻って来た。
青い光を放つ玉となったブルーベリーの妖精がアデルの頬をつっついている。
アデルは今度は自信に満ちた眼差しをその掟に向ける。
【メテオール家の掟その10】
結婚相手は穢れ指数0でなければならない。
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月齢5.1
三日月と上弦の中間。静かの海が輝き出す夜。
アデルは祖父が300年前にガネーシュヒマールラパで採取したという水晶を右手に握りしめ魔力を石に注いでいた。
アデルはこの水晶の柔らかい優しさの中に厳格さを持ち合わせた波動をすぐに好きになった。
【メテオール家の掟その4】
紋章が輝いたその日から本格的な魔法修行に入ること。
この掟はアデルが今一番気がかりな掟を忘れさせていた。
だって楽しい!わたしは今、ずっと習いたかった鉱物魔法を練習している。今までは魔法の基礎の基礎しか習えなかったのだ。
鉱物魔法の達人である父が今日から鉱物魔法を教えてくれる。
お父さんの持っている神秘的な紫色の杖が月明かりに照らされ微かに輝いている。ソグディアナイトの杖だ。
【メテオール家の掟その8】
成人したら自分で杖を作りなさい。
外見はほぼお母さん似だから、杖はお父さんとお揃いがいい。
わたしもお父さんの家系に伝わる石、ソグディアナイトで杖を作りたい。
それにはソグディア王国の聖なる山の奥に居るとされる大精霊に立派な魔女として認められなくてはならない。
わたしは魔法の基礎の基礎を毎日徹底的に磨いて来た。次のステップもきっと上手くいく。
そして今日、また一歩前進したことがとても嬉しい。
静かの海から発せられる光が好き。体の細胞ひとつひとつが深い瞑想に入るような、そんな感覚。
掟その10もきっとなんとかなるだろう。穢れ指数については昔おじいちゃんが貸してくれた本で読んだことがある。穢れ指数0かあ。自ら穢れに染まった存在を除いて一般人の平均は216。中級の魔法使いの平均は70だったかな?
わたしはまだ人の穢れを数値化して見ることができる魔法を使えないけど、そういう上級魔法があるらしい。そんなことしなくてもわかる人は一目でわかるらしいけど。
わたしは恋愛に憧れている。でもまだ経験がない。好きになるってどんななんだろう?
きっと素晴しいに違いない!
「集中。浮かれるのはまだ早い。」
お父さんは人の思考がどこに向いているかすぐに察知する。いつもみたく集中できない。だってしょうがないじゃん。ワクワクが止まらないよ。
「そんな時こそ今、この場に集中しなさい。未来ばかり見てはいけないよ。未来は幻想にすぎない。」
完全に思考を読まれている。。
「読まれたくなかったら集中しなさい。さあ、アデル、過去も未来もないのだ。あるのは現在、今、この時間だけだ。」
。。。心の中で「はい」と答えたわたしにお父さんは「よろしい」とあたりまえのように答えた。