アイスクリームはいかが?
夏。カーテンを閉めてクーラーの電源を入れても、窓のガラスを熔かすような陽射しには敵わない。最近は建物も増えて、おひさまの熱をみんなで仲良く反射し合っているから尚更暑い。空を窺うと、雲も熱に溶かされてしまって、空虚な青空が広がっている。
引っ切り無しに鳴く蝉の声に紛れて、愉快な音楽が聞こえてきた。音も建造物に反射して——反射しすぎて余分に響いていたので、音楽はよく聴き取れなかったが、音楽と同時に何か喋っている声はなんとか聴き取れた。
「アイスクリームはいかが?」
子どものような声でそれをリピートしているようだったが、響きすぎて少し気味悪くも感じた。けれどもクーラーの中途半端に効いたこの薄暗い部屋でひとり映画観賞しているのもなんだか精神的にも物理的にも息苦しく思えてきたのでアイスクリーム屋さんを追いかけてみることにした。
パジャマだった私は急いで着替えて靴を履いた。まだ声が聞こえる。扉を開けると、モワッとした熱気を感じ、むしろ部屋より息苦しかったが、アイスクリーム屋さんの声はどこか惹きつけられる何かがあったので追いかけるのをやめなかった。しかし熱気とともに襲い来る蝉の叫びが想像以上のもので、少し眩んだが、それと同時にアイスクリーム屋さんの声が蝉の声に呑まれるようにしてその姿を消した。
「あれ……? 部屋にいるときは聞こえてたんだけどなぁ……」
私はその声が聞こえなくなった瞬間に一気に追跡意欲がなくなり、さっさと部屋に戻った。
「アイスクリームは、いかが?」
鮮明に聞こえた。私はその不思議な感覚によって身体を縛られるようにして固まってしまった。気が付けば、外から聞こえて来た蝉の声も部屋の冷気に吸い込まれてしまったように聞こえなくなっていた。クーラーが効きすぎている。そう思ったときにようやく動き出した途端、
「アイスクリーム、は、いかが?」
静寂の中
「アイス、クリーム、は、いかが?」
耳元で囁かれるように
……。
鮮やかに、聞こえた。
私は動けなかった。しかし、心臓は音を立てて動き続けた。部屋中に心臓の音が響き渡った。
「お願い……静かにして……」
私は燥いた眼を潤すように瞼をそっと閉じた。すると、あの音楽が聞こえて来た。小さな音が、だんだんと近づいてきているように大きな音になっていく。私は耳を塞いで座り込む。このままだと鼓膜が破れる、そう思ったとき、意を決して叫んだ。
「静かにして……!」
するとピタリと音楽は止み、静寂が訪れた。何も聞こえない、そう思うと目をゆっくりと開いた。小さな青白い足があった。白い服を着て、溶けたアイスクリームを持っていた。溶けたアイスクリームは滴り落ちて床を濡らす。濡れた床は痣のように黒ずみ、そこから黴のようなものが広がっていく。腐ったような悪臭が鼻をつく。
「アイスクリーム……溶けちゃった……」
あの後、私はどうしたのか忘れてしまったが、今でもあの声は静寂の中に何度も蘇ってくる。
アイスクリームのように冷たい夏の思い出。